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N/Nプロジェクト 第13章

〔第13章〕


 ドレッサーの前で慶花がメイクを始めて、かれこれ1時間が経とうとしていた。
 卓越したメイクテクニックを習得していて、普段なら30分もあれば完璧なフルメイクで客を迎えることができるのだが、今日はそうはいかなかった。
 慶花にとっては約2週間ぶりに愛しい「恋人」直也に会うのである。念には念を入れたメイクで迎えたいという「女心」はごく自然なことだった。
 
 ライトなナチュラルメイクは最近の直也の好みだ。ランジェリーもニンフらしい扇情的な物ではなくて白のシルクレースが好きだと言ってくれた。ピンクの花柄のミニワンピースは超ガーリーで、同系色のリボンをヘアに添えた姿を鏡に映すと、恥ずかしさで顔が赤らんでしまう。でも、2週間前に彼が来てくれた時に、「上品なランジェリーに女の子らしい可愛い服が慶花には一番似合っているよ。」と言いながら、優しく髪を撫でてくれたのを思い出すと、嬉しくて恥ずかしさも我慢できる。
(慶花のこと、ニンフとしてではなくて、一人の「女の子」として、ううん、大切な「恋人」として見てくれているんだわ。)と心の中で呟きながら、彼に寄り添って眠った時の幸福感と安心感は忘れられない。
 その深い眠りの前に彼がしてくれた3回のセックスが、例えどんなに乱暴で過激で苦痛を伴うものであったにしても、それは自分のことを愛してくれているからなんだ、と慶花は思った。
 
 慶花はリップグロスを手に取り、ピンクオレンジの口紅の上に重ねた。
 濡れたような艶めかしい輝きが、全体のナチュラルメイクのバランスを崩してしまったように見えるが、直也が喜んでくれるならそれでもいいと思った。


 2週間前、直也は部屋に入って来るなりシャワーも浴びずに、いきなりフェラチオを命令した。慶花はドアの近くで跪き、汗の混じった男臭いペニスに奉仕した。
 いつもと違う状況に興奮度が増したのか、直也の行動は荒々しかった。巨根を無理矢理喉奥まで突っ込まれ、ディープスロートを強要された時は、苦しさで涙がこぼれたが、何とか嘔吐せずにザーメンを燕下することができたのも、直也に嫌われたく一心からだった。
 直也は射精後の余韻に浸りながら言った。
「自然な化粧は好きだが、いつも唇だけはイロっぽくしておけ。俺はイロっぽい唇の女にチ○ポをしゃぶらせるのが好きなんだ。いいか、忘れるなよ。それとも、何人も客を相手にしてると、俺の注文なんて忘れてしまうか?」
 慶花の目に涙が溢れた。直也がわざと意地悪な物言いをしていることは百も承知しているが、それでも何故か悲しくなってくるのだ。
「もう・・・意地悪なんだから・・直也さんはお客ではないのよ。慶花がこんなに愛しているの、わかってくれないの?」
「ハハハ・・わかった、わかった。 お前は本当に可愛いやつだな。お前の涙を見ているとよけいに苛めたくなっちまうんだよ。」
 直也は涙ぐむ慶花の頭を撫でた。それが慶花の最も好きな「ご褒美」であることは、もう「恋人同士」になって半年も経つのだから、当然熟知していることだった。
 慶花は涙を指先で拭うと、直也の顔を上目遣いに見つめた。
 頭を撫でてくれた後、直也は必ずキスをしてくれるはずだ。直也との激しいディープキスは、それだけで慶花を絶頂に導くほど魅力的なものになっていた。
 だが、直也は唇を求めようとはしなかった。
「ハハハ・・止めておくよ。お前の唇にまだザーメンが少しは残ってるだろう。いくら自分の出した物だと言っても、ザーメンとキスするなんてゾッとするぜ。」
 冷静に考えれば、こんな身勝手な言い方はない。キスする前に無理矢理、唇での奉仕を求めたのは直也の方だ。しかも自分のザーメンが残っているかもしれないから、キスする気が起きないと言う。もしも対等関係の恋人同士なら、こんなことを男に言われ怒り出さない女はいないだろう。
 だが慶花は違った。卑屈とも言える媚びた笑みを浮かべながら言った。
「あ、ごめんなさい・・・慶花ってバカね。男の人がザーメンを嫌がるのは当たり前よね。お願い、少しだけ待ってて。」
 慶花は洗面台に急ぎ、口を丁寧に濯ぐと、口紅を直した。もちろんグロスを重ねたのは言うまでもない。
 洗面台の鏡に映る自分の姿を見つめながら、慶花は思った。
(いつからこんなに卑屈になったんだろう。どうして直也の言うことには何でも従ってしまうのだろう。そして・・・・どうしてこんなにも直也のことを愛してしまったのだろう)
 もちろん、それが精神操作によるものだということはわかっている。だが、わかっていてもどうしようもないのだ。
 どんなに乱暴に扱われようと、どんな辱めを受けようと、相手が直也だったら耐えられる。いや、正直に言うと直也にだったら、もっと酷い目に遭わされたいとも思ってしまう。
 直也には恥ずかしくて言っていないが、裸で縛られ、むち打たれた時も、お仕置きだと言われ、開けた瞳に大量のザーメンを注がれた時も、口では苦痛を訴えながら絶頂に達してしまった。すぐに着替えたから気付かれてはいないと思うが、純白のシルクショーツの中には透明な粘液がしっかりと付着していた。

「おお、その唇、イロっぽくていいじゃないか。何付けたんだ?」
 部屋に戻った慶花に直也が笑顔で言った。
「グロスをね・・・付けてみたの。直也さん、セクシーな唇がいいって言ったから。」
 直也は座っているソファの隣を右手で軽く2回叩いた。こっちに来て隣に座れという意味だ。
(よかった・・グロス、気に入ってくれたんだ。)
 慶花はホッとした笑みを浮かべながら、直也の隣に座った。
「フフフ・・・そんなに俺にキスして欲しかったのか?」
「キス・・・して欲しい・・お願い、キスして。」
「そんなイロっぽい唇で言われたら、してやらないこともないが、お前が欲しいのはキスだけか?」
 もちろん直也の期待している答えはわかっている。口元の卑猥な笑みがそれを物語っていた。
「ううん、キスだけじゃイヤ・・・直也さんの大きくて男らしいペニスもご奉仕させて欲しいの。お願い、いいでしょ?」
「『慶太社長』のお願いとあれば、断るわけにはいかないでしょうね。ハハハ・・・」
 直也のからかいの言葉に頬を赤らめながらも、慶花は顔を直也に向け、そっと目を閉じた。
 その日のキスは、いつもにもまして濃密だった。いや、濃密と感じたと言った方がいいかもしれない。焦らしに焦らされたキスは、直也を心から愛する慶花にとっては単なるキスではなくなっていた。だから、直也の舌を口中深く受け入れた時、慶花はその日2度目の絶頂を迎えたのだった。
(ああ・・キスだけで・・・キスだけで、イッちゃうなんて・・・私の身体、一体どうなっちゃったの?)
 慶花は心の中でそう呟きながらも、恍惚感に身を任せたのだった。 


 慶花は鏡に向かってポーズを取ってみた。
 グロスを塗った唇が、どうやったらセクシーに映るのか、そして直也が思わずキスしたくなるのはどの角度を向いたときなのか、あれこれ試してみた。
 だが、それも30分を超えると、さすがにやる気も失せてくる。
(もしかして今日もすっぽかし?)
 慶花の心に不安がよぎる。今月に入って直也が来てくれる回数が明らかに減ってきているのだ。

 実は5日前にも来るとの連絡が入り、念入りに準備をして待っていた。
 ところが約束の時間になって、やってきたのはマダムの沙樹だった。直也が急に来られなくなったことを告げるための来室だった。
 落胆と不安の表情を浮かべる慶花に沙樹は微笑みながら言った。
「大丈夫よ、浮気じゃないから。他のニンフの所になんか行っていないわ。」
 沙樹の言葉にいくぶんホッとはしたものの、それならどうして来てくれないんだろうという別の不安が沸いてきた。
 だが、そんな落ち込んだ気分の慶花に心の休息はない。慶花はニンフなのだから。
「だから、今日は別のお客の相手をしてね。実は今までも何度も指名してくれていた人なのよ。ただ、慶花を争うライバルは多いから、なかなかチャンスがなくて、ようやく今日叶ったって喜んでいるわ。せいぜいサービスしてあげてね。」
「はい・・わかりました。」
 慶花は落胆の表情に微かな笑みを浮かべると、沙樹の差し出すメモ書きを受け取った。もちろんそこには客からのリクエストが書かれていることは承知している。
 『古風で清純な女子高生・クラシックなセーラー服・ライトメイクアップ・兄妹の設定でプレイ』
 慶花はため息をつきながらも手際よく準備を進めた。
 
 実は慶花にとって、直也にすっぽかされ、急遽別の客の相手をすることくらい嫌なことはなかった。自分がニンフであることはわかっているし、直也以外の客の相手をしなくてはならないことも理解しているつもりだ。だから、事前に今日の客は直也ではないとわかっていれば、何とか心の準備もできる。だが、直也が来てくれるものと思っていたのに、急に別の客の相手をしろと言われると、余りにも振り幅が大きくて心の整理がつかないのである。
 それでも悲しいことに、半年間というニンフとしての生活が身についてしまったのだろう。その日の客が来室したときには、三つ編みにクラシックなセーラー服という姿で、小首を傾げながら、わざとはにかんだような笑顔で、「お帰りなさい、お兄ちゃん。慶花、お兄ちゃんいなくて寂しかったわ。今日は一杯甘えさせてね、お願い。」と言って、「妹」として出迎えた。
 また、アナルセックスの最中には、「お兄ちゃん、慶花、何かヘンなの、あそこが・・・お兄ちゃんのオチ○チ○で、気持ちよくなってるよ・・・もっと・・・お願い・・・お兄ちゃん・・」などと言ったり、アナルに熱い樹液の放出を感じ取った瞬間には「ああ、慶花も・・・慶花も・・・イッッッチャウ・・・お兄ちゃん、一緒に・・お願い、一緒に・・・イッテぇ・・・・」と絶頂を「演じて」見せた。
 そして帰りがけには、ドアの近くで客の袖を指先で掴んで、「うそ涙」で濡れた瞳で見つめながら、「お兄ちゃん、慶花、寂しい・・・慶花、お兄ちゃんのこと、忘れない・・・絶対、絶対、また来てね。約束だよ。」と言いながら指切りをした。

 客が帰った後、一人部屋に残った慶花の瞳には、嘘ではない本当の涙が溢れていた。
 たとえ意に添わない相手でも、媚びを売る演技が無意識の内にできてしまう自分に対する嫌悪感の涙であり、恋人直也に対する罪悪感の涙でもあった。
 だが、慶花には直也に胸を張って言えることがあった。
 それは直也以外にはディープキスを交わしたことはないということと、どんなに激しいアナルセックスでもイッたことがないことだ。もし直也が信じられないから証拠を見せてみろと言ったらシーツを見せてもいい。明らかに客のものとわかる濃くてドロドロしたザーメンしか残っていないから。
 でも、慶花に意地悪を言うのが好きな直也はそれでも言うかも知れない。
「どうしてこれが、お前のザーメンじゃないってわかるんだよ?」
 慶花はきっと拗ねたような口調で答えるだろう。
「もう、意地悪ね。慶花のクリちゃんから出るのはこんな濃くてドロドロしたザーメンではないわ。透明で水みたいな液体、それに量だってほんのちょっぴりだってこと、直也さんも知ってるでしょ?」
「そうか、慶花は玉なしだから、ザーメンじゃないもんな。女の愛液と同じだ、アハハハ」
 直也の言葉に慶花は顔を赤らめて頷くしかないだろうが、きっとそれで疑いは晴れるだろう。
 

 時計の針は約束の時間を一時間以上過ぎていた。
 慶花のため息の回数が小刻みに増えていた。
 と、その時だった。ドアを叩くノックの音がした。
 慶花はハッとした。一瞬にして顔に赤みが差した。
「は、はい・・・」
 それだけ返事して、ドアに駆け寄った。
 ガチャリと外からロックが外れる音がした。
 まだわからない。沙樹が悪い知らせを持って来たのかも知れないのだ。
 ドアが静かに開いた。足許に見慣れた作業ズボンが見えた。
 慶花の瞳はすでに涙で潤んでいた。その瞳が入口に立っている直也の笑顔を捉えた。

「ああ、直也さん・・・会いたかった・・・」
 慶花は、直也の厚い胸板に顔を埋めた。
だが、直也はそんな慶花の両肩を掴むと、荒々しく身体を引き離し、そのまま跪かせた。
 慶花にはその行動が何を意味しているか、すぐにわかった。
 慶花は直也のズボンのベルトを弛めると、ファスナーを下ろし、ズボンを膝下までゆっくり下げた。トランクスの前はすでに大きな膨らみを呈していた。それを目にした瞬間、胸は高鳴り、全身が熱くなるのを感じた。
 トランクスに手を掛けるとゆっくりと下げた。2週間ぶりに目にする直也のペニスは慶花には神々しいばかりに光りを放つ宝物に見えた。
 慶花は上目遣いで直也を見つめた。本当は一刻も早く口づけたかった。だが、許可なくフェラチオを始めることは直也にきつく禁じられている。慶花はまるでお預けを食っている子犬のように主人の指示を待った。
 直也は小さく頷いた。奉仕の許可が下りたのだ。
 慶花はグロスで艶めかしく輝く唇を、ペニスの先端に触れさせた。
 
「いいか、お前はニンフだと言うことを忘れるな。本当の恋人のように会ってすぐキスをもらえるなどと思うなよ。わかったな?」
 慶花は太いシャフトに舌を這わせながら、小さく2回頷いてみせた。そして一旦舌を離すと、「ごめんなさい、久しぶりに会えて嬉しくなっちゃったの。もう二度とこんな失礼なことしないから、許して。」と哀願し、もう一度舌奉仕に集中していった。

「今日は2週間ぶりだからな、お前にくれてやるためにオナニーもしていない。濃いザーメンが大量に出るぞ。慶花はどこで受け止めたい?」
 巨根の先端から先走りの漏出を感じ取っていた慶花に、直也が声を掛けた。
 慶花は直也の言葉が嬉しかった。浮気をしていないだけではない、自分のためにオナニーさえ我慢してくれたのだと聞いて、心から嬉しかった。
「お、お顔に・・・慶花のお顔に・・・かけて・・・直也さんの溜まったザーメン、全部お顔で受け止めたいの・・・」
 慶花の言葉は本心だった。直也の溜まったザーメンで顔中を汚されたいと思った。そうすることで本当に直也の「もの」になれるような気がしたのだ。

 文字通り「顔面シャワー」だった。第一撃が左の鼻腔から左瞼に一筋の白い線を描くと、第二撃は右の瞳を確実に襲った。
 直也は顔射の時に、開いた瞳を狙うのが大好きだった。だから瞳に入るまでは目を閉じてはいけないと言われていたのである。後の目の痛みを考えると本当は避けたいのだが、直也が喜んでくれるなら痛みはちっとも苦にならない。
「ハハハ・・・すっかりドロドロだな。顔で受け止めたいなんて言って後悔してるんじゃないか?」
 慶花は、白く濁った視界の中で、小さく首を横に振った。
「ううん、直也さんの熱い体温を感じられて、慶花、嬉しいの。」
「フフフ・・・お前は本当に可愛いことを言うなぁ。」
 直也はそう言うと慶花の頭を優しく撫でた。慶花の心は幸福感で充満していた。


 だが、その幸福感は長くは続かなかった。
 メイク直しを済ませ、ベッドルームに戻ってきた慶花に直也は信じられない報告をした。
 約ひと月後に出所が決まったというのである。この2週間、倶楽部に足を向けなかったのは、出所後のことについて兄である誠也と話し合うため、頻繁に手紙のやり取りをしていて忙しかったからだと直也は言った。

 直也が喜色満面の笑みで出所の報告をし始めたとき、慶花自身も恋人の喜ぶ姿を見て、思わず「おめでとう。よかったわね。」と祝福の声を掛けたが、それが二人の別れを意味することに気づくと、すぐに悲しみの涙が溢れてきた。
 考えてみれば、終身刑での服役ではないのだから、いつかは出所の時が来るのである。そんなことに何故思いが及ばなかったのだろう。
(もしこんな日がやって来るのがわかっていたら、直也を好きになんかならなかったのに・・・)と思いながら、すぐにそれを打ち消した。(いいえ、どちらにしても同じだわ。だって、もともと精神操作がされていたんですもの。)
 そう思うと、慶花の悲しみは、そんな精神操作を行った施設の職員達への憎しみに変わっていった。もちろんそれによって何かが変わるわけはないのだが、せめて気持ちをぶつける場所が欲しかったのだ。

 その夜、二人は3度も結ばれた。珍しく積極的だったのは慶花の方だった。直也のペニスを体内に感じている時だけ別れの悲しみを忘れることができたからだ。
 だが4度目を求めて、果てたばかりの直也のペニスに唇を近づけたとき、
「いくら二週間ぶりでも、そんなには無理だ。それに最近慣れない手紙のやり取りで睡眠不足なんだ。だから今日はもう寝かせてくれよ。」と冷たく拒否された。
「で、でも・・・・」
 慶花の瞳は涙で濡れていた。
「何で泣いているんだ?アナルが気持ちよすぎたのかよ?ハハハ」
 直也はからかうように言った。慶花はただ無言で首を振った。
「じゃ、何でだよ。」
「だって・・・あとひと月でお別れでしょ?慶花を置いて直也さん、行ってしまうんでしょ?そ、それを思ったら・・・」
 大粒の涙が頬を伝い、声が泣き声に変わっていた。
「ハハハ・・・それはそうだ。出所したらここには来られないからな。まあ、お前も俺から解放されるんだ。別に好きな男でも探せよ。でも、できれば終身刑のやつにした方がいいぞ。別れなくても済むからな。アハハハ」
「そ、そんなこと・・・できないわ。直也さん以外の人なんて好きになれない。 どうして、そんな意地悪言うのっ?」
 慶花は直也の胸に顔を埋め、嗚咽した。
(からかわれてもいい。意地悪言われてもいい。どんなに苛められてもいい。直也とこうして一緒にいられたら、それだけでいいの。)
 慶花は心の中で何度も呟くと、泣き疲れて眠りに落ちた。

****************************************

 失意の中、辛い日々を過ごしたいた慶花が、意外な情報を耳にしたのは、直也の出所を二週間後に控えた日のことだった。
 定期診断とN1新薬の投与のために医務室を訪れたとき、すでに二人のニンフが待合室にいて何気ない会話をしていた。
 二人は入室した慶花に一瞬チラッと視線を送ったが、同じニンフだと気づいたからか、微かな笑みを浮かべると会話に戻っていった。
 どうやら二人の会話の内容は、以前に特別室担当だったある一人のニンフの話題のようだった。
 聞くとはなしに耳に入ってきた話によると、そのニンフは刑期を半減することを条件に女性受刑者から選ばれた者だったらしく、かなり長期間にわたり勤めていて、人気もあったらしい。彼女はある客と恋に落ちたのだが、客の方が先に出所を迎えることとなった。別れを悲しんだ彼女がマダムに相談したところ、「特殊倶楽部」にはある特例が認められており、それにより今、彼女は客であったその男と幸せな家庭を築いているということだった。

「と、『特例』って・・・どういうものなんですかっ?」
 慶花は思わず二人の会話に割って入った。そのニンフの境遇が今の自分のそれに重なって感じたからだ。 
 二人は一瞬怪訝そうな顔をしたが、お互いに顔を見合わせると小さく頷き合い、「特例」の説明をしてくれた。
 その話を要約すると、ニンフはある条件を満たすと、ニンフを止めることもちろん、「特殊倶楽部」からも出て、一般社会に復帰することができるということだった。
 その条件とは、客との間に真剣な恋愛感情が認められること、客及びその関係者がニンフの身元引受人となっていること、そして何より婚姻の意思があることの3点だった。
 話を聞き終えた慶花の顔にはかすかな希望の光が宿っていた。
 決して簡単な条件ではないが、もしかしたら直也と共に暮らしていける可能性がそこにはあった。

 翌日、慶花は「特例」のことを直也に告げた。その表情には笑みはなく真剣そのものだった。
 だが、直也の返事はつれないものだった。
「結婚? 嘘だろう? 何を言い出すかと思えば、悪い冗談だぜ。何故俺がニンフなんかと結婚しなくちゃいけないいだよ。ハハハ・・・」
 慶花は直也の冷たい言葉に涙しながらも、いつもにもまして丁寧が奉仕を心がけた。そうすることで直也の心が傾いてくれるのを願ったのである。

 その2日後も、さらにその2日後も、直也は慶花の元を訪れた。
 その度に「結婚」という話が出ることに重荷に感じ、足が遠のくなどというデリケートな神経を直也は持ち合わせてはいなかった。
 慶花は直也が来てくれること自体は心から嬉しく思っていたが、時折口にする心ない言葉には涙が出るほど悲しかった。
「あ~あ、もうあと一週間か・・・お前みたいにフェラ上手で、気持ちのいいケツマ○コしているやつはいないもんなぁ。なんとかお前の口とケツだけ持って帰れないかなぁ。いいおもちゃになるんだけどなぁ。アハハ」
 そんな言葉を耳にしながらも、涙をこらえて奉仕に努めた。
(だって、慶花にはこれしかできないんだもの。直也さんに気に入ってもらうにはどんなに辛くても涙は見せちゃダメ。)慶花はそう心の中で呟いたのである。
  
 そんな直也の様子に劇的な変化が現れたのは、出所予定日の3日前のことだった。
 それは直也にとって「倶楽部」を訪れる最後の日であった。
 慶花は、おそらく冷たく拒否されるだろうとは思いながらも、最後の必死の哀願をした。「お願い、直也さん・・今日が最後なの・・・お願い、慶花を・・慶花をもらって。慶花、直也さんと離れるなんてイヤ。お願い、何でも言うこと聞くから、慶花を捨てないで。」
 慶花は直也の前で泣きながら土下座をした。

 と、次の瞬間、思いもよらない反応があった。
 直也の右手が慶花の頭を優しく撫でたのだ。
慶花は上目遣いで直也の顔を見た。直也の口には笑みが湛えられていた。
「わかった・・・。お前の気持ちはよくわかったよ。」
「え?わかったって・・・?何が?」
 慶花はまさかの返事に戸惑いを隠せなかった。
「何がって、結婚だろう? お前の望みだったんじゃないのか?それとも気が変わったか?」
「え?それじゃ・・・本当に?本当に・・・結婚できるの?」
「ああ、してやるよ。ただし俺の言うことに従えるならという条件付きだ。どうだ?従えるか?」
「え、ええ、従うわ、どんなことでも・・・。直也さんと結婚できるなら、どんなことだって・・・。」
 慶花の声は喜びに震えていた。
 心の奥底には、なぜ急に直也が考えを変えたのかという疑問と、直也が今後どんなことを要求してくるのかと不安とが交錯していた。だが、そのことを問いかける勇気は慶花にはなかった。口にすれば直也の気が変わってしまうのではないかという思いだけがそこにはあった。


 2日後、慶花は向山瑞穂の訪問を受けた。
 カウンセリングのためではない。慶花の結婚の意思を確認するためである。
 瑞穂は、事前に直也を訪問しその意思を確認後、慶花の元を訪れた。そのことを聞いて、慶花の表情は明るくなった。なぜならもし直也に心変わりが起こり、慶花との結婚を否定したら、瑞穂がここに来るはずはないからだ。訪れたということは直也の意思に変化がないことの証拠だと思えたのだ。
「男性の側の意志もはっきりしているし、諸条件も整っているわ。あとは、慶花、あなたの意思がはっきりしていれば、『特例』が認められる。つまりあなたは、ここを出て直也との生活を迎えることができるわ。」
 瑞穂の言葉に慶花は心からの笑顔で答えた。
「先生、慶花の心は決まっているわ。直也さんについて行く。もう直也さんのいない生活は考えられないもの。」
 瑞穂は涙ぐみながら喜びを表す慶花に小さく頷くと、数枚の書類を取り出し、何やら書き込みを始めた。

「それじゃ、こことここ、それからここにもサインをして。それから、ここには印鑑・・・って言っても持ってないわね。じゃ、拇印でいいわ。あ、それからサインは『ニンフ慶花』とするのよ。あなたには姓はないんだからね。」
 慶花は3カ所のサインと1カ所の拇印を済ませると、書類を瑞穂に返した。
 瑞穂はそれを手に取ると、間違いがないことを確認し、大きく一つ頷いた。
「これを提出すれば、あなたはここを出られるわ。正式ではないけど、直也と結婚することもできる。でも最後だから確認するけど、ここを出たら二度と戻ってくることはできないわよ。どんな辛いことがあっても危険な目にあっても耐えるしかなくなるの。それに、慶花、あなたの身体にはニンフとしてのタトゥーだって入っているのよ。それが人に知られたらどんな扱いをされるかわかるでしょ?その時に、直也は本当に守ってくれるの?そこまで信じてついて行って大丈夫なの?」
「先生・・・そんなに慶花のこと心配してくれて・・・嬉しいです、とっても。でも、大丈夫、慶花は直也さんを信じてついて行きます。いつか法律が変わって正式に結婚できるようになるのを願いながら生きていこうと思います。」
 慶花は瑞穂の目を見つめながら強い口調で言った。



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N/Nプロジェクト 第12章

〔第12章〕

「第3労働者収容所」内の集会場には、約50名の受刑者と監督官7名が集まっていた。受刑者たちは収容所の所長からのある発表を、今や遅しと待ちわびていた。

 およそ1か月前、同じこの集会場で所長からある報告があった。
 それは、要約すれば次のようなものだった。
《約ひと月後、所内「特殊倶楽部」に新たにニンフがやって来る。これまでのニンフと違い、正式な性別は男であるが、容姿、言動、仕草、振る舞い、意識、精神状態、いずれをとっても本物の女性以上に女性らしい。身体の方はほぼ女性だが、小指の先程に矮小化したペニスが残っている。外見はどこかの深窓の令嬢のようだが、セックステクニックはこれまの女性ニンフたちと比べてもトップクラスである。ただ、アナルセックスだけは、ディルドウを使った訓練だけで、実践の経験がない。つまりバージンであるということだ。
 そこで、「彼女」のロストバージンの相手を務められる恩恵を一名の者に付与したい。その者への恩恵はそれだけではなく、「彼女」の恋人として、今後無期限に「特別室」でのプレイが可能になる。これは芝居や演技ではなく、「彼女」も本気で恋人と接するようになるはずである。なぜなら、「彼女」にはロストバージンの相手を恋人として心から崇拝するよう心理操作がなされているからだ。
 ついてはその一名の人選であるが、これからひと月間の働きぶりを見て決めることとする。ぜひこの恩恵を目指して、より一層労働に励んでもらいたい。》

 この所長の言葉を聞いて多くの受刑者は目を輝かして、意欲満々の笑みを浮かべてはいたが、中にはさほど気乗りのしない表情を受かべる者もいた。
 その表情からは(いくら外見を取り繕ったって、所詮男ではないか、そんなやつのためにがんばれるかよ)という声が聞こえてきそうだった。だが、そんな彼らも新ニンフのプロフィール写真を見ると様子が一変した。
 顔のアップ写真と上品なワンピースを身に纏った全身写真を見ると、本当にこんな清楚で上品な令嬢がニンフとしてやって来るのだろうか、いやその前にこの美女が本当に男なのかという根本的な疑問を抱かずにはいられない。それほど「彼女」の美しさは際立っている。
 さらに全身ヌード写真の衝撃はすさまじいものがあった。小柄で小顔、そして華奢な手足で着やせして見えた身体は、服を脱ぐと豊満で形のいいEカップのバストとキュッっと括れたウエストと脂の乗った丸みのあるヒップが完璧なプロポーションを作っている。しかも写真撮影がよほど恥ずかしかったのか、うっすらと頬に赤みが差している。その姿は飢えた男達の陵辱欲を刺激するのに十分だった。
 だがその場にいる全員の目と耳を釘付けにしたのは、「彼女」からのPRビデオだった。
それが大型テレビモニターに映し出されると、彼らは息を呑んで見つめた。

『みなさん、初めまして。私、慶花と申します。近く皆様の元へ参りますので、その節はどうぞよろしくお願いいたします。私、今、先生達の力をお借りしていろいろなことをお勉強させていただいています。皆様の元へ参る時にはきっと皆様にご満足いただけるようになっていると思います。その節はぜひ一度ご指名くださいね。では、その日を楽しみに・・・ごきげんよう。』
 受刑者達はこの時初めて「彼女」の名を慶花だと知った。
 上品な口調と癖のないイントネーション、そして高すぎず低すぎず、心地良い響きを持った声。それらが姿勢の良さと時折見せる優美な仕草と相まって、慶花のイメージを完璧な「深窓の令嬢」に重ねていた。
 男達の中には、もはや慶花の本当の性を気にする者はいなかった。
 今まで自分たちが遊んできたニンフたちの中で慶花ほど女らしい女はいただろうか。
 慶花ほど、恥じらいの似合う、上品な女はいただろうか。
 慶花ほど「高嶺の花」と思わせる女はいただろうか。
 そしてその美しい花びらを散らし、陵辱し、汚したいと思わせる女はいただろうか。
 彼らの心に浮かんだ答えは「NO」だった。

 PRビデオが終わると、彼らの中には監督官に許可を取って途中トイレに立つ者が数名いた。そんなことは、これまでの集会中にはなかったことだ。
 慶花の姿に性欲の高ぶりが抑えられなくなり、トイレで自らを鎮めるための行動であったのは明らかだった。
 
 集会が終わった時、約50人の男たちの思いはひとつだった。
「慶花のロストバージンの相手は自分だ。」という思いである。そしてその思いは確かに全体の作業効率のアップという形で現れた。その意味では当局の目論見は正しかったと言える。

 こうして50人の男達は慶花の「オンリーワン」になるべく、約ひと月間の「競争」を繰り広げたわけだが、もちろんそんな出来事があったことなど慶花には知るよしもなかった。
 だが、「第3労働者収容所」内には、慶花の知らないもっと大切な重要事項が存在していたのである。
 何と50人の男達の中に、「山村直也」がいたのである。
 山村誠也の弟で、かつて社員時代に会社の重要なレシピをライバル企業に横流ししようとしたことが露見し、社長の「慶太」から解雇され、その後荒んだ生活から犯罪に手を染め逮捕されるに至った、あの山村直也である。
 彼がいまだに「慶太」を逆恨みしていることを思えば、慶花にとってはもっとも会いたくない人物だと言えるだろう。
 幸い、現在の慶花を見て「慶太」の面影を見いだすことはできない。現に写真やPRビデオを目にした直也にとって、慶花は何としても陵辱したい魅力的な「女」であるに過ぎなかった。慶花の本当の性が男であるという情報が付け加えられても、その思いに変わりはなかった。まして慶花が本当は「慶太」ではないかなどという疑いは意識の片隅にもなかった。

 だが、運命の神は時として残酷な仕打ちをするものだ。
 50人の男達の期待感に溢れた表情を前に、収容所長が淡々として口調で述べた名前が、何と「山村直也」だったのだ。
 この瞬間、慶花の運命の歯車がまた大きく動き出すこととなったのである。

****************************************

「第3特殊倶楽部」は「第3労働者収容所」の敷地の外れに建っていた。
 外観は一時代前の旧貴族の「屋敷」を連想させるような建物で、遠くに見える「労働者収容所」の味気ない建物とは不釣り合いな印象だ。
 玄関前には「特殊倶楽部」を連想させるような目印は皆無で、車でこの場所まで連れてこられ、一人降ろされた慶花は、場所が間違っているのではないかとさえ思った。
 だが、そこが間違いでないことは、車の音を聞きつけて一人の女性が出迎えのために玄関先に現れたことから明らかだった。
 40代前半から半ばにかけてと思しき、やや小太りのその女性は自らを沙樹と名乗り、握手を求めた。
 慶花はその求めに応じ右手を出すと、緊張に震える声で「慶花と申します。」と名乗った。
「ええ、聞いてるわ。私はこの特殊倶楽部の責任者で、通称マダムと呼ばれてるの。あなたもそう呼んでもらってかまわないわ。わからないことは何でも聞いてちょうだいね。」
 沙樹は優しい笑顔でそう言うと、慶花の背中を軽く押し建物の中へと導いた。
 
 慶花は思わず立ち止まった。建物内部は外観の屋敷然とした雰囲気とは異なり、一見して大人の社交場の様相を呈していた。
 玄関を入って右奥にはバーカウンターがあり、その近くには小さなステージとそれを取り囲むようにテーブルと椅子が配置されている。左側に目を転じると、プレートに「娯楽室」と書かれた大きめの部屋があり、遠目からでも、ビリヤードテーブルやダーツ、それにカードテーブルなどが見える。その娯楽室の横には小さなブース状の小部屋が5つほど並んでいて、プレートに「鑑賞室」と記されてあった。
「ああ、あれはビデオとかDVDを鑑賞する部屋よ。『特別室』はもちろん、『一般室』の利用もできない男だって、『溜まってる』ものは出したくなるでしょ? フフフ・・・」
 慶花が「鑑賞室」に怪訝そうな視線を送っているのに気付いた沙樹は、自ら説明した。

 慶花はこの時初めて、「特殊倶楽部」の基本的システムを沙樹から知らされた。
 50名の労働者は25名ずつの2班に分けられ、それぞれ「特殊倶楽部」の利用が月の偶数日と奇数日に指定されていた。25名の中で3名の「優秀勤務賞」受賞者のみ、「特別室」でのプレイが許される。残りの22名にも「一般室」でのプレイは許されるが、ひと月の間に重大なミスがあった場合、また勤務態度に問題があった場合には「一般室」でのプレイも許可されない。沙樹の言う「鑑賞室」の利用はそういった者達のことを指していた。
 補足的に付け加えると、「特別室」でのプレイ内容は原則的に無制限で、時間も夜から朝までと長い。一方「一般室」でのそれはいわゆる「個室マッサージ」レベルで「本番」は禁止、時間も一人60分と制限されている。
「特殊倶楽部」内には、「特別室」が3部屋、「一般室」が5部屋設置されている。これらはプレイのみに使用されるわけではなく、ニンフの生活スペースも兼ねていた。従って倶楽部には部屋持ちのニンフが8名、部屋を与えられないニンフが2名の計10名が在籍していた。今でこそ彼女たち全員を「ニンフ」と称するようになったが、元来、ニンフとは「特別室」を受け持つ、容姿・テクニック・人間性とも優れた娼婦のみに与えられる名称であり、その他の娼婦は「コンパニオン」と呼んでいた。そういう意味では特別室担当の慶花はれっきとした「ニンフ」だと言える。 

 慶花の「特別室」は2階の最も奥にあった。
 重厚な木目のドアには金属製のプレートが貼り付けられてあり、そこに金文字で『NYMPH KEIKA』と綴られてあった。ヒップ脇のタトゥーと同じ書体である。
 沙樹に案内されるまま室内に足を踏み入れた慶花の目には見慣れた光景が飛び込んできた。雰囲気といい、広さといい、並んでいる調度品といい、昨日までいた施設のブロック5にあった部屋と何から何まで同じだった。慶花は一瞬、施設に戻ってきたのではと錯覚したくらいである。 
 
「ここがこれからのあなたのお部屋よ。寝起きはもちろん生活のすべてをここですることになるの。食事は定期的に運ばれるので心配しなくて大丈夫。それから、不審者の進入を防ぐためにドアにはロックが掛かっていて中からは開けられないようになっているから覚えておいて。あと、生活感を出さないようにしなさいね。ここは客を迎える場所でもあるんだから。あなたはニンフだということを忘れてはいけないわよ。いつでも客を迎えることができるように気を配ること、いいわね?」
 沙樹は、不安げな表情で部屋中を見回している慶花に諭すような口調で言った。
「あの・・・マ、マダム・・・お聞きしてもいいですか?」
 慶花は「マダム」という慣れない言葉に一瞬戸惑いながら言った。
「うん?何?」
「あの・・・外出したい時、例えばちょっとお散歩したいときとかはどうしたらいいのですか? ドアのロックはどうやって外したら・・・・」
「外出・・・?」
 沙樹が真顔になって聞き返した。笑顔が一瞬消えた。
 慶花は小さく頷いて返した。
「あなた、何を言ってるの? ニンフに外出なんて認められていないわ。」
「ええ? 認められないって、どういうことですか?」
「どういうことって、言葉の通りよ。ニンフは逃亡防止のために外出は認められないの。それにこれはニンフ自身を守るためでもあるのよ。敷地内には飢えた男達がいるのよ。そんなところに、あなたみたいな可愛くて、か細い女の子がフラフラ出て行ったらどうなると思うの?」
「で、では・・・一生、この部屋から外に出られないってことですか?」
「いいえ、そんなことはないわ。建物から外には出られないけど、部屋からは出ることもあるわよ。」
「え?いつですか?いつ部屋から出られのですか?」
「ニンフは3日に一回、医師とカウンセラーから身体と心の状態をチェックしてもらうために、1階の医務室に行くことになってるの。そうそう、あなたの場合にはその時にN1新薬の投与もされるって聞いているわ。」
「え、そ、それだけ・・?その時以外は、ずっとこの部屋の中・・・ですか?」
「ええ、そうよ。あ、そうだわ。あなたを担当するカウンセラーの先生から伝言があるの。」
 沙樹はそう言うと、ジャケットのポケットから一枚の紙片を取り出した。
「えっとね・・・『慶花へ そちらでもまたあなたを担当することになったわ。ニンフとなったあなたを会えるのを楽しみにしています。 瑞穂 』ですって。どうやら、知り合いのようね?」
「ええ、ここに来る前の施設でも、お世話になったカウンセラーの先生です。そうですか、瑞穂先生が・・・。」
 慶花の顔が一瞬明るくなった。
 先行きの不安を感じている中で、旧知の名を聞いていくぶん安心感が芽生えたのと、瑞穂との間で交わした言葉、つまり「法律が変われば普通の生活ができる」との言葉を思い出したことで微かな希望がわいたのである。

「さあ、わかったら、明日の準備をなさい。明日は『ニンフ慶花』の初日よ。話によると慶花の最初の客になるために50人の男が一か月間競い合ったそうよ。そんなこと聞くと女冥利に尽きるわよね。せいぜいサービスしてあげないとバチが当たるわよ。フフフ」 
 沙樹はそう言うと、慶花を残して部屋を後にした。最後に「明日の朝、チェックのためにもう一度来るからね。」という言葉を残して。

 慶花は部屋の中を見て回った。
 第一印象では施設内のブロック5の部屋と全く同じであると感じたが、細かく見てみると微妙な違いはいくつかあった。 
まず、クローゼット内の衣類の数と種類が圧倒的に多かった。いわゆるプレイ用のコスチュームも充実していて、客の様々な要望に応えようとの意図が感じられる。いや、コスチュームだけではない。クローゼット脇のツールボックスには、ありとあらゆるアダルトグッズが収められていて、中には使用法の見当すらつかない物もあった。
 慶花はその中でも、かろうじて使用法のわかるグッズを手に取った。ディルドウである。 だが、それは昨日まで訓練で使われた物より色も形もリアルで、サイズ的にも遙かに大きかった。
 ディルドウを持つ慶花の手は震えた。もしもこんなものでアナルを貫かれたらと思うと逃げ出したいくらいの恐怖感が襲ってくるのだった。
 同時に自分が、そんなおぞましい性具の扱いにも慣れていかなくてはならない、そんな人間になってしまったのだ、と改めて実感したのだった。


 翌朝、沙樹が部屋を訪れたとき、慶花はすでに目を覚ましていた。
 いや、厳密に言えば、不安と緊張のあまりほとんど眠ることができなかったのだ。
「おはよう、夕べはよく眠れた?」
 沙樹は入室するなり、ベッドの中の慶花に明るく声をかけた。
「い、いえ・・・あまり・・・」
「そう、やっぱり初日は緊張するわよね。まあ、少しずつ慣れていけばいいわ。」
 沙樹はそう言いながらベッド脇の椅子に腰を下ろし、言葉を継いだ。
「ところで、今朝はもうやるべきことは終わったの?」
 慶花には沙樹の言いたいことがすぐにわかった。ブロック5以降、毎朝起床後、最初にしなくてはいけないこと、エネマシリンジを使ったアナルの洗浄である。
「い、いえ・・・まだ・・・」
「そう、じゃ、すぐにしてきなさい。今日は特に念入りにね。」
 慶花には沙樹が「念入りに」と言ったことに、多少の違和感を感じたものの問い返しはしなかった。

 30分後、シャワーとアナル洗浄を終えアナルプラグを挿入し直した慶花は、バスローブ姿のまま、沙樹と対面するようにソファに腰を下ろした。
「こうして見ると、あなたが本当は男だなんて信じられないわ。ノーメイクでもこんなに美しい人なんて、女の私から見てもジェラシー感じちゃうわよ。それに・・・・」
 沙樹の視線が純白のバスローブの胸元に向けられた。そこにはEカップの巨乳によって描かれる深い谷間の一部が見えていた。
「それに、スタイルだってかなりいいみたいだし・・・ねえ、ちょっとバスローブ外して見せてご覧なさい。」
「え?こ、ここで・・・ですか?」
「そうよ。ここで、今すぐ。」
「で、でも・・・」
「あら?逆らうの?ニンフはマダムの指示には絶対服従だってこと知らないの?もし従えないなら施設に通報するわよ。それが何を意味するか、あなたもバカじゃないんだから、わかるでしょ?」
 もちろん慶花にはその意味が十分わかっている。通報されればニンフの立場を失い、路頭に迷うことになる。そうなれば例え法律が変わり、普通の生活ができるようになったとしてもすでにこの世にいない可能性の方が高いのである。

「わ、わかりました・・・脱ぎますから・・・・」
 慶花は立ち上がりと、バスローブの胸元を開き、ゆっくりと脱いでいった。
「まあ、大きなオッパイしてるのね。形も綺麗だし、乳首なんてツンと上向いてるし。それにウエストだってそんなにキュッと締まっていて・・・ねえ、一体何カップあるの?」
「あの・・・い、E・・・Eカップです。」
「え?本当?うちに杏里っていうFカップのニンフがいるけど、その子より大きいような気がするわ。・・・ああ、そうか・・・あの子ウエストが太いのね、慶花はウエストが細いからよけい胸が大きく見えるんだわ。フフフ・・・・ねえ、慶花、あなたやっぱり部屋を出られなくて本当に良かったわ。」
「え?ど、どうして・・・ですか?」
「だって、他のニンフがあなた見たら、絶対に苛めるわよ。『男のくせに、わたしたちより綺麗でスタイルがいいなんてどういうこと?』ってね。女の嫉妬は怖いわよ。ハハハ」
 確かに沙樹の言う通りかもしれないと慶花は思った。
 自分を見て他のニンフが嫉妬するかどうかはわからないが、少なくとも自分以外のニンフは正真正銘の女なのだ。無用なトラブルを避けるためにも顔を合わせない方が無難だろう。

「どうしたの? 下も脱ぎなさい。」
 バスローブを腰の辺りで止め、真っ赤になって下を俯いている慶花に、沙樹が急かすように言った。
「は、はい・・・」
 スルスルという微かな音と共に白い布の集まりが下に移動していった。
「ほ、本当に・・・綺麗な身体しているわ・・・ヒップラインの流れるようだし・・・う~ん、ため息出ちゃいそう。」
 沙樹の目には大げさではなく驚嘆の色が浮かんでいた。しかし、慶花の両手が股間から動こうとしないのを見て、
「手をどけなさいっ! 肝心なところが見えないじゃないの!」
 と厳しい口調で言った。
「で、でも・・・」
 それでも慶花は手を離すわけにはいかなかった。矮小化したペニスはもちろんだが、そこに彫り込まれたタトゥーを晒すことになってしまうからだ。
 だが、徐々にS性を匂わせ始めていた沙樹がそれを許すはずはなかった。
 彼女はソファから立ち上がると、慶花の前に歩み出て、股間を覆う両手を強引に引きはがした。
「あっ・・・」
 慶花の口から思わず小さな悲鳴が漏れた。
「まあ、可愛いわぁ・・・」
 慶花の矮小化したペニスを目にして、沙樹が言った。
「パイパンだから、本当の赤ちゃんのオチ○チ○に見えるわ。ううん、うちの甥っ子2歳だけど、これよりは大きいから、赤ちゃんのより小さいかもしれないわね・・・・あら?まあ、嫌だわ・・・本当だったのね。ここにタトゥーを入れてるっていうの。男だったときの名前が書いてあるって聞いたけど・・・どれどれ?」
 沙樹は慶花の小さなペニスを指先でつまみ上げると、目を近づけた。
 慶花の頬は羞恥心で真っ赤だった。
「えっと・・・なになに? 『元一流企業社長 水瀬慶太 ?』 へ~、社長さんだったんだ、以前は。 ふ~ん、水瀬慶太っていうの、本当の名前・・・・ ええ?ちょっと待って、水瀬ってもしかして、『コンフェクショナリー・ミナセ』の?」
 慶花は小さく頷いた。内心はごまかしてでも否定しようと思ったが、調べればすぐに判明することである、嘘をついたことがバレればその方が立場ばまずくなると慶花は判断したのである。
「へ~、そうだったの・・・・私、地元だもの、ミナセの洋菓子って言えば知らない人いないわ。 へ~、あのミナセの社長さんだったの? あれ?そう言えば・・・私ちょっと前に実家に帰ったときにテレビで見たんだけど、ミナセの新社長に女性が就任したって言ってたけど、あれって・・・?」
「つ、妻・・・です。たぶん・・・」
「まあ~、そうだったんだ? へ~、あれ? でも、ちょっと待って。確か独身女社長って紹介されてたと思うけど・・・?」
「あ、あの・・・・り、離婚・・・させられました。」
「え?離婚『させられた』ってどういう意味?」
「あの・・・『Nランク』者には、結婚は・・・認められないからです」
「あ、そうかぁ・・。そのことは聞いたことがあるわ。 じゃあ、会社は今は奥さん、いえ、元奥さんの物なの?」
「は、はい。」
「じゃあ、財産とか資産とかは?」
「妻の・・・ものです。」
「うわ~、悲惨ね~ 『Nランク』になるとそんな悲惨な目にあわなくてはいけないの。あのミナセの社長だった人が、すべてを失って、今やこんな・・・」
 沙樹はそこまで言うと、俯きながら涙ぐんでいる慶花の姿を見つめた。
 確かに事実だけを聞けば同情心も沸いてくる。ただ、男ならもっと抵抗してもよかったではないか、少なくとも他の男の慰み者になるなどという選択をする必要はなかっただろう、そう思うと同情心よりも、もっと苛めてやりたいというSごころまで沸いてくるのだった。

「でも・・・すべてを失ったわけではないわね。だって、例えばこのオッパイ。」
「い、イタッ」
 沙樹は慶花の豊かな胸を鷲づかみにすると、そのまま手に力を入れた。
「フフフ・・・こんな素敵なオッパイを手に入れたんだもの。ちなみにあなたの元奥さんは何カップ?」
 沙樹はさらに手の力を強めた。
「アア、イ、イタッ・・・、シ、Cカップ・・です・・・」
「フフフ・・・ほらご覧なさい、あなたは奥さんを失った変わりに、奥さんよりも大きくて綺麗なオッパイを手に入れたのよ。あなた、奥さんにパイズリなんてしてもらったことある?」
「い、いえ・・ありません。」
「ハハハ・・・ね? 奥さんもできないテクニックをあなたは身に着けてるのよ。すごい財産だわ。それから・・・」
 沙樹は空いた左手を慶花の顔に近づけると、人差し指を立て、慶花の唇に軽く触れた。
「奥さんはフェラ上手だった?」
 沙樹の右手の指先が慶花の敏感な乳首をつねり上げた。
「ツッ・・イ、イタッぃ・・・あ、あまり・・・してもらったことが・・・ありません」
「フフフ・・・そう。あなたは奥さんがあまりしてくれなかったフェラだって上手にできるのよ。これもりっぱな資産だわ。ね、そうでしょ?」
「イ、イタッ・・・は、はい・・・そう・・思います・・・」
「フフフ・・・奥さんは女社長として男達の上でがんばってるんだから、あなたも負けないようにがんばらなくちゃね、ただあなたの場合は男達の「下」でがんばらなくちゃだめだけどね。ハハハハ・・・」
 沙樹は手の力を緩め、慶花から離れると、ゆっくりとソファに腰を下ろした。
 肉体的な痛みと精神的な辱めから解放された慶花の呼吸は乱れ、頬が紅潮していた。
 紅潮という点では沙樹の頬にも赤みが差していた。おそらくM性を漂わせる慶花を苛めることでS心が刺激され、性的興奮を感じていたからだろう。  
  

「あら、大変、もうこんな時間じゃない。何やってるの? もう準備に掛からないと間に合わなくなるわ。」
 沙樹は自分が原因であるにも関わらず、まるで慶花に責任があるかのような口調で言った。
 
 沙樹がこの日慶花のために選んだのは服は、リッチブラックのシックなミニワンピースだった。バスト上部のシフォン素材により微かに透けて見える以外はセクシーさを抑えた上品なデザインだ。シルエットも柔らかいAラインで、見るからに「令嬢」らしさを演出している。
 靴は9センチピンヒールのパンプス。アクセサリー類も高級感のある上品なデザインでコーディネイトされた。
 だが、ランジェリーだけは、そんな上品さとはかけ離れた卑猥で隠微な物だった。
 ブラは黒の小さなハート形のシースルー素材で乳輪や乳首が透けて見える。上部の小さな赤いリボンがかえって卑猥さを強調している。もしブラを乳房の形を整えサポートするものと定義するなら、これはブラとは言えない。Eカップの巨乳にチョコンと乗っかった布きれと言った方が適切だ。
 下は前部分が同じハート形シースルー素材であるのに加えて、後部はまるで細ヒモのようなTバックで、右のヒップ脇のタトゥーを完全に露出している。
 慶花はランジェリーを身に着けた瞬間、あまりの恥ずかしさに鏡の前でうずくまってしまった。
 そんな慶花に沙樹は笑顔で近づくと、フルフルと震えている髪の毛を撫でながら言った。
「フフフ・・・そうやって恥ずかしがっている姿は、本当にお嬢様そのものだわね。でも、客の前では恥ずかしがるのも程々にね。何しろあなたに求められているキャラは『やむを得ず娼婦に身を落とした深窓の令嬢』なんだからね。お上品にしているのも服を着ている時まで。下着姿になったら娼婦だということを忘れないで。」

 慶花は恥ずかしいランジェリー姿を隠そうとするかのように、慌ててワンピースを身に着けると、ドレッサーの前に腰掛けた。
「ライトメイクでしたね?・・・・今は。」
 慶花は鏡越しに沙樹を見て言った。「今は」と付け足すように言ったのは、慶花のせめてもの皮肉だった。内心は、(どうせ後で卑猥で扇情的なヘビーメイクをしなくてはいけないんでしょ?)という思いだった。
「ええ、そうよ。最初はお嬢様風にね。セクシーなヘビーメイクは『お床入り』まで我慢してね。フフフ・・・」
 沙樹は、わざと『お床入り』などという古風な単語を選んだり、いかにも慶花自身がヘビーメイクを望んでいるかのような言い回しをしたりと、すっかり「Mッ娘イジメ」を楽しんでいた。

 沙樹は手際よくメイクを進める慶花を満足そうに見つめながら、鏡越しに語りかけた。
「ねえ、慶花、最初の客のこと、知っておきたい? それとも知らない方がやりやすい?」
 慶花は鏡越しに沙樹と目を合わせ、しばらく考えた後で小さな声で言った。
「で、できるなら・・・・知っておきたい・・・です。」
 実は慶花自身も正解はわからなかった。知っておいた方が少しは安心するかと思っただけである。
「そう。じゃ、知らせておくわ。私も昨日聞かされたばかりなんだけど・・・。まず、名前は『直也』、年は29歳だから・・・あなたより6歳下ってことね。ああ、もっともあなたの場合20代前半にしか見えないから、年は関係ないわね。罪名は暴行と窃盗らしいわ。」
「なおや・・・・」
 慶花は呟くように言った。
「うん?何か気になるの?」
「い、いえ・・・別に・・・・あの、字は・・字はわかりますか?」
「うん? 字? 字は『直線』の『直』に、『なり』よ。」
「直也・・・あの・・・姓は・・・姓はわかりますか?」
「ううん、姓はわからないわ。だってここでは姓は使わないことになっているから。」
「そうですか・・・」
「どうしたの? やっぱり何か気になるの?」
「い、いえ・・本当に・・何でもないんです。」
 慶花は明らかに動揺していた。「直也」という名を聞いて「山村直也」を連想したのである。年齢ははっきりは覚えていない。ただ、兄の「山村誠也」が確か32歳のはずだから、29歳という年齢は恐らくかけ離れた数字ではないような気がする。もちろん直也が犯罪とは無縁の生活を送っている人物であるなら、例え名前が同じでも、同一人物との関連づけはしなかっただろう。だが、慶花の知る限り、残念ながら直也はそういう人物ではない。何より何らかの犯罪により逮捕されたことも知っているのだ。慶花が山村直也を連想したのは、ごく自然なことだったのだ。

「あ、あの・・・他に、何かわかることありませんか?」
「いいえ、これ以上のことはわからないわ。」
「た、例えば・・・外見とか・・・だって、『倶楽部』に来るのが初めてってことではないのでしょう?」
「うん、それはたぶん何度も来てると思うんだけど・・・私には名前まではわからないの。つまり、顔は何度も見てると思うけど、どの人が『直也』かわからないってこと。」
 慶花の表情には明らかな落胆の色が浮かんだが、それが少しずつ不安へと変わっていく様子が、沙樹にもわかった。
「あ、そうだわ・・・静香なら知っているかもしれないわ。何しろ私がここに赴任する前からここで働いてるニンフだからね。ちょっと待ってて、少し聞いてきてあげるから。」
 沙樹はそう言うと、部屋を後にした。

(まさかそんなこと起こるはずがないわ。第一、直也なんて名前どこにでもあるじゃない・・・・・でも、年齢は? 29歳って言ったわ。・・・・・ううん、バカね、この世の中に29歳の男の人何人いると思ってるの?・・・・・・でも・・・・)
 慶花は沙樹が戻ってくるのを待ちながら、不安な思いを巡らせていた。考えれば考えるほど最悪のシナリオに向かっていくような気がして、気分が悪くなっていくのが自分でもわかった。
 
 しばらくして、部屋に戻ってきた沙樹は、慶花のそばに近づくと囁くような小声で言った。
「静香は直也を知っていたわ。私も静香に言われてわかった。『ああ、あの人が直也だったのね。』って。あのね、慶花、実を言うとあまりいい話ではないの。直也って男はね、かなりのSらしいの。精神的にも肉体的にも女を徹底的に苛めないと興奮できないタイプらしいわ。静香も何度も逃げ出そうとしたみたい。体格は筋肉質でマッチョ系、顔はまあ十人並みかな、少し長めの顔で色黒で。ああ、それとね・・・なんか超大きいらしいわよ。」
「大きい・・・?」
 慶花は不安と恐怖に顔をひきつらせながら、怪訝そうな声で言った。
「『馬並み』ですって、あそこが。でね、その『馬並み』でアナルセックスするのが大好きらしいわ。だからきっと慶花の『ロストバージン』のためにひと月もがんばって働いたのよ、きっと。」
「え?『ロストバージン』って・・・どういうことですか?」
「あら?知らなかったの?直也が今夜、あなたのアナルバージンを奪うことができるってことになってるのよ。」
「そ、そんな・・・知らないです・・・そんなことっ!」
「あら、それは気の毒だったわね。でも、まあ、あなたもいずれ経験することになるんだから、早いか遅いかの差だものね。それに、他のニンフと違って、あなたの場合、訓練で相当太いディルドウも経験済みなんでしょ?だったら、直也の『馬並み』にも耐えられるんじゃない?」
「で、でも・・・断ってもいいんですよね? 他の方法で満足いただければ・・・。」
「バカね、そんなこと許されるわけないでしょ? 他のテクニックに相当な自信があるようだけど、今回だけはそうはいかないわ。直也はアナルだけが目的だもの。」
 沙樹の皮肉めいた言葉に、慶花は黙って俯くより他に術がなかった。
 
「あの・・他には・・・他にはその男性のことで、わかっていることはないんですか?」
 慶花は「馬並み」との「ロストバージン」のことで頭が混乱していて、肝心なことを忘れていた。問題はその「直也」が「山村直也」なのかということなのだ。まして「ロストバージン」の相手となるのだからなおさらである。
「他のこと・・・・ああ、そうだわ。静香の話によると、直也って以前どこかの製菓会社に勤めていたみたいよ。何でも、そこの社長に裏切られてクビにされ、それから犯罪の道に入って行ったって。だから今でもその社長のこと、恨んでいるらしいわ。それで、時々とんでもない妄想を語るらしいの。刑期を終えて出所したら、その社長を誘拐して無理矢理性転換させてからアナルを犯しまくるんだって。静香の話だとプレイ中にそういうお芝居をさせられるらしいわ。静香にその性転換した社長の役をやらせてね。まあ、直也っていうのはとんでもない変態ってことね。だから、慶花もそのつもりでいたほうがいいわよ。」
 慶花の顔からは血の気が引いていた。沙樹の話を客観的に聞けば、どうやら最悪のシナリオに向かいつつあることは明らかだった。つまり「直也」が「山村直也」であるというシナリオだ。
「あ、あの・・・マダム、お願いがあるんですけど・・・」
「うん、何?」
「あの・・・今から、別の方に変わっていただくというわけにはいきませんか?」
 慶花は目に涙を浮かべながら哀願した。
「ハハハ、何言ってるの、あなた。そんなことできるわけないでしょ。ああ、なるほど、私の話で怖くなっちゃったのね。大丈夫よ、いくら変態だって。命まで取ろうというわけじゃないんだし。あなたも静香のように相手に合わせて、うまくその社長の役を演じてあげれば乗り切れるわよ。」
 慶花の背中に冷たい汗が流れた。心の中では「演じるどころか、私がその本人なんだ」と叫び出したい気持ちを必死に抑えていた。

「それに・・・例え、直也が変態だろうと、恋人だと思えれば好きになるでしょ?」
「え?それって・・・どういう意味ですか? そ、そんな人、恋人となんて・・・」
「あら? それも知らされてないの? 全く施設の人たちってどこまでこっちに負担かける気かしら。本当に参っちゃうわね。 あのね、あなたは気付いていないかも知れないけど、あなたには精神操作がされているのよ。」
「精神・・・操作?」
「うん、そう。あなたの最初の男、つまりロストバージンの相手を心から愛し、頼り、崇拝するようにね。」
「そ、そんな・・・嘘です。嘘に決まってます。」
「嘘じゃないわ。まあ口で言っても信じられないかも知れないけど、明日になればすべてわかるはずよ。」
「そんな・・・そんな・・・あんまりですぅ・・・・」
 慶花はその場に崩れ落ちた。頬を涙が止めどなく落ち、嗚咽が部屋にこだました。


****************************************

 その日の夕刻、慶花はカーテンの隙間から倶楽部建物に続く通路の方向を見ていた。
 まもなくやってくる予定の男達を予め確認するためだ。
 もしかしたら「直也」は「山村直也」ではない可能性だってある。いや、別人であって欲しい。その思いが慶花を駆り立てていたのである。
 
 だが、その願いはすぐに潰えた。倶楽部建物に向かって歩いてくる男達の中に、記憶の片隅にある「山村直也」の姿があったのだ。何やら話ながら向かってくる三人組の真ん中の人物に、額が狭く顎のとがった、いくぶん三白眼の特徴がはっきりと見て取れた。
 
 慶花は膝から落ちた。微かな希望は音を立てて崩壊した。全身に震えが広がっていった。 慶花の頭に「逃亡」の二文字がよぎった。でもどうやって・・・?
 窓もドアもロックがされている。中からは開けられないのだ。
 いや、ドアが唯一開く瞬間がある。直也が入室する、その瞬間だ。
 ドアが開いた瞬間、にこやかに挨拶してみよう。きっと気が緩むはずだ。その瞬間に急いでドアに向かう。きっと直也とぶつかるだろうが、自分だって去年まではそれなりの体力はあったんだ。油断している直也の脇をすり抜けることくらいできるだろう・・・

 トン・・トン・・・
 ドアを叩くノック音がした。
 いよいよ作戦実行だ。慶花は大きく深呼吸をすると、鏡に向かって笑顔を作った。精一杯のウェルカムスマイルである。

 ガチャリとロックの開く音がした。
 慶花はドアに歩み寄った。できる限り近づいていなければチャンスはない。
 ドアがゆっくりと開き始めた。黒Tシャツ・コットンパンツの男の姿が徐々に現れてきた。
「いらっしゃいませ、お客様、お待ち申し上げておりました。」
 慶花はできる限り声の震えを抑えながら言い、視線を上げた。
 間違いなく山村直也だった。無言のまま微笑んでいる。
 慶花は一瞬息が止まりそうだった。だが、そんなことにかまっている場合ではない。
 思い切りドアに向かって突進しなくては・・・・・
 慶花は足先に力を入れた。だが、思うように力が入らない。ピンヒールのパンプスが恨めしい。
(今よ!)慶花は心に言い聞かせ、足を前に出した。精一杯のダッシュである。肩が直也の固い腹筋に、そして顔が厚い胸板にぶつかった・・・・しかしそれは一枚の厚い壁のようにビクともしなかった。いや、それどころか、気付くと直也の逞しい腕に抱きしめられている。
「ハハハ・・そんなに俺に会いたかったのか?まあ、ちょっと待て、後でたっぷり可愛がってやるからな。」
 直也はそう言うと、慶花の身体を引き離した。
 直也には慶花の「突進」は反抗の突進ではなかったのだ。それは好きな男の胸に少しでも早く飛び込みたいという愛欲の突進だったのだ。いやもしかしたらか弱い慶花の力など「突進」にすら感じていないかもしれない。慶花は自分の無力を痛感した。
「ご、ごめんなさい・・・一人で寂しかったものですから・・・」
 慶花はそう言って取り繕うより他はなかった。
「ハハハ・・なかなか可愛いこと言うじゃないか。お嬢ちゃん、こっちに来て挨拶してみろ。」
 直也はソファに腰掛けたまま、慶花を手招きした。
 慶花の胸は高鳴った。心臓が飛び出しそうなほど緊張している。直也が自分に気付かないか、まずそれが気になった。

「お客様、本日は慶花をご指名くださいまして、ありがとうございます。なにぶん不慣れなものですから至らないことも多々あると存じますが、ご満足いただけるよう、精一杯尽くさせていただきますので、どうぞよろしくお願い致します。」
 慶花は、さんざん練習させられた客への口上を口にすると、口元に笑みを湛えながら、顔を上げた。
 直也の熱い視線が突き刺さるのを感じた。慶花は思わず視線を逸らした。
「うん、ビデオで見るより、ずっといい女だな。それにそのお高く止まった言葉遣いも俺好みだ。それにしても、お前本当に男なのか? 嘘じゃないだろうな?」
 慶花は直也が自分を「慶太」だと認識していないとわかってホッとしたが、性別への疑問を提起したことに新たな不安が沸いてきた。下手な対応をすると、「証拠を見せろ」と言い出すだろう。そうなると「慶太」のタトゥーを見せることになってしまう。それだけはどうしても避けなくてはいけない。
「いやですわ、お客様。慶花、自分のこと男性だなんて思ったことはございませんわ。生まれてからずっと女ですもの。ただ、ちょっと身体が間違えて生まれてきただけですわ。」
「ハハハ・・なるほど。性同一性障害ってやつだな。じゃあ、今は望み通り女の身体になれて幸せってことだ?」
「ええ、もちろんですわ。これ以上の幸せはございません。」
「本当にお前の声は女そのものだな。それにその話し方も自然だ。ここのマダムが言ってたが、お前はどこかの上流階級の出らしいな?」
 慶花は一瞬答えに窮した。だが、自分がニンフとして求められているキャラクターは分かっているので、答えを躊躇うわけにはいかなかった。
「ええ、世間ではそうおっしゃいますわ。」
「ほう、つまり深窓の令嬢というわけか。確かにそんな雰囲気だな。で、そんなお嬢様がなんだって、ニンフなんかになったんだ?」
「そ、それは・・・あの、父が事業に失敗しまして・・・それで・・・」
「なるほど、世間ではよくある話だ。で、お前はやむを得ず、身体を売っていると言うわけだ?」
「はい、おっしゃる通りですわ。」
「と言うことは、俺みたいな前科者を相手になんてしたくないだろう?」
 慶花はまた答えに苦しんだ。否定すべきか肯定すべきか、それすら分からない。そもそも何故、直也がそんな質問の仕方をしてくるのかが理解できなかった。

 しかし、自分は今、深窓の令嬢なのだ。それならやはり肯定した方がいいのだろう。
「ええ、本当ならあなたのような方と一緒の時間を過ごしたくはございませんわ。」
 直也の目がキラリと光った。
「つまり、俺みたいな人間を軽蔑しているってわけだな?」
「え、ええ・・・軽蔑・・・していますわ。」
 慶花の言葉に、直也は口元を歪めるようにして笑うと、ソファから立ち上がり慶花の方に近づいた。
 慶花は直也の迫力に1,2歩後ずさりをした。顔には恐怖の色が浮かんでいた。
「それじゃ、軽蔑している男を誘うようなスケベな下着なんてまさか着ていないよな?」
 直也は慶花のか細い二の腕を掴むと、自分の方に引き寄せた。
「い、イヤ・・・お願い・・離して・・・」
 慶花の口から思わず声が漏れた。
「質問に答えろ、スケベな下着なんて着てないな?」
 慶花は黙って首を左右に振った。何と答えていいかわからなかったからだ。
 直也は左手で慶花の身体を抱き寄せると、右手でワンピースのファスナーを荒々しく引き下ろした。
「い、イヤ・・・やめて・・・」
 Eカップの巨乳を申しわけ程度に覆うハート形のブラが露わになった。
「ハハハ・・・なんだ、このスケベな下着は? うん?これでも男を誘っていないって言うのか? それにデカイ、おっぱいしやがって。これだって、お前が望んでデカくしたんだろ?男を誘うために。え? 違うか?」
「で、でも・・・これは・・・あの・・・」
 慶花がランジェリーの言いわけをしようとしたその瞬間だった。
 パシーッという音と共に頬に熱い痛みが走った。直也の右手が慶花の左頬に飛んだのだ。「うるさいっ、言い訳をするな! 淫乱女の言い訳など聞きたくない。」
 直也の右手が腰の付近で止まっていたワンピースを一気にずり降ろした。
「イヤッ・・・」
 頬の痛みとワンピースを脱がされた羞恥心とで慶花の瞳には涙が溢れてきた。
「こんなスケベなパンツ履きやがって・・・これで深窓の令嬢とは笑わせるぜ。しかしそれにしてもいいケツしてやがるな。くそっ、お前のケツ見てたら、さっそく一発ヤリたくなってきたぜ。」
 直也はそう言うと、ランジェリー姿の慶花を力づくで隣のベッドルームへと引きずり込んだ。
 直也はダブルベッドに慶花の小柄な身体を投げ捨てるようにすると、そのまま一気にTバックを脱がそうと手をかけた。
「だ、ダメ・・・」
 慶花は、その手を避けようと身体をよじらせた。だが、それはあまりに無力な抵抗だった。
 直也はそんな儚い抵抗を示す慶花にかえって陵辱欲を駆り立てられたのか、先ほどよりも一層強い力で慶花の頬を張った。
 パシーッという乾いた音がベッドルームに響き渡った。
 頬を張られた衝撃と痛みで、慶花の全身から力が抜け、涙が筋となって赤らんだ頬を伝った。
 直也は、抵抗する気力をすっかり失った慶花の腰に手をかけると、Tバックを一気に脱がしていった。
「アッ・・・」
 慶花の口から漏れたのは、ほんの小さな音だけだった。

「ハハハ・・なるほど、お前が元男だったというのはどうやら本当のようだな。ここにチンポらしきものがあるじゃないか。あんまりりっぱなんで見逃すところだったぜ。ハハハ」
 慶花は直也の声にハッとした。平手打ちをされたショックに呆然としていてうっかりしていたのである。今、直也の目は自分の矮小化したペニスを確実に捉えている。と言うことは、あのタトゥーが・・・
「だ、ダメェ・・見ないで・・・」
 慶花の右手がその部分を覆おうとした瞬間だった。その手を直也の力強い大きな左手が制した。
「うん?何だ?お前、こんなところにタトゥーしてるのか?ハハハ・・ それも何か文字みたいだな・・・一体何て書いてあるんだ?」
「お願い、見ないで、見ないでぇ・・・」
 慶花は手で覆おうとする抵抗が無駄であることを知り、涙ながらに哀願した。
 女の涙に弱いという男の心理に訴えかけるしか術がなかったのだ。
 だが、それもS性の強い直也にはかえって刺激にしかならなかったのである。
 直也は口元に下卑た笑みを湛えながら、タトゥーの文字を追った。

「こ、これは・・・どういうことだ?」 
 直也の口元から笑みがすっかり消えた。
「ま、まさか・・・お前・・・」
 直也は泣き崩れる慶花の口元を見つめ、ハッとした。
 慶花の口元の小さなホクロ・・・それはあの「慶太社長」にもあった特徴である。
 直也はベッドから起きあがると、泣き崩れる慶花を残し、部屋を出て行った。

 とうとう自分の素性がわかってしまった。しかもあの直也に・・・。最も知られたくないあの直也に・・・。
 そう思うと、慶花の瞳には新たな涙が止めどなく溢れてくるのだった。

(でも、「ロストバージン」前に見つかったのはよかったかも知れない)と慶花は思った。沙樹の言うように自分に精神操作がなされているなら、あの直也を恋人と思うようになっていたかもしれないのだ。それを避けることができたのは幸運だったと言えるかも知れない。まさか直也だって「慶太」だと知った以上、自分と関係を持とうとは思わないだろう。

 だが、そんな慶花の思いも30分後には消え去ることとなってしまう。
 何と、一旦出て行った直也が沙樹を伴って部屋に戻ってきたのだ。
 まさか直也が戻ってくるなどとは予想もしていなかった慶花は相変わらずの扇情的なランジェリー姿のままベッドに横たわっていた。
 二人は一言のことわりも告げずに、ベッド脇の小さな椅子に腰掛けた。
「慶花、悪いけど、あなたのこと全部話したわ。その方が変なトラブルも起きないだろうしね。」
 沙樹の口調は冷静だった。特殊倶楽部内でトラブルだけは避けなくてはならない、という責任者として思いが伝わってきた。おそらく、直也が相当な剣幕で沙樹に詰め寄ったに違いない。
「ぜ、全部って・・・?」
 慶花は直也のなめ回すような視線を避けるために、Eカップの巨乳を細い腕で覆った。「施設から送られてきた、あなたに関する公式資料よ。」
「公式・・・資料・・・・」
 慶花は呟くようにして言った後で、ハッとした表情に変わった。

 公式資料ということは、自分が「Nランク」者であったことは伏せられているということである。なぜなら「Nランク」自体が秘密裏の存在だからである。もちろん関係者の一人である沙樹は「Nランク」の存在を知っているし、慶花が「Nランク」者であり、それ故、半ば強制的に女性化させられ、今こうしてニンフとなっている事情も知っている。しかしそれを関係者以外に告げることのできない彼女は、直也から詰め寄られたときに「公式資料」を説明材料にするしかなかったのである。

「俺もびっくりしましたよ。まさかあの水瀬社長とここで、こんな形で再会しようとは思いもよらなかったのでね。しかも資料を見て、またびっくりだ。あの水瀬社長がDランクになり、しかも自ら望んで女に生まれ変わることを決めたなんてね。」
「そ、それは・・・」
 慶花は口ごもった。
 公式資料には、Dランクと分類された「慶太」が人生の目標を見失い、新たな人格として生きる決意をし、その結果、自らの意思で「慶花」という女性となることを決めたと記載されているのだろう。恐らく女性化のためのN1新薬の投与も、精神療法も、睾丸摘出手術も、そして「ニンフ」となったこともすべて自由意思により行われたと記されているに違いない。さらには離婚も、財産・資産・会社の妻への譲渡も、「ニンフ慶花」として生きる最終決断のためと称して書き込まれているかもしれない。
 慶花にはそれらすべての「証拠」を言葉で覆すほどの気力はもう残っていなかったのである。

「しかし、俺だったら、例えDランクと言われ、新しい人格を選ぶにしても女に生まれかわろうとは思わないよなぁ。デカいオッパイやケツを揺らしながら歩くなんて考えただけでゾッとするぜ。なあ、マダムもそう思うだろう?」
 直也は無遠慮にもベッドサイドに座り、慶花の身体を眺めながら言った。
 慶花はその舐めるような視線に背筋が凍る思いだった。
「それは、女の私にはわからないけど・・・でも、普通の男なら慶花みたいな生き方は選ばないでしょうね。」
「うん?ってことは水瀬社長は普通の男じゃなかったってことか?」
「フフフ・・それはそうでしょ?だって、ニンフとして生きることを望んでいるのよ。こんな生き方、女の私だって選ばないわ。だって男達のセックス奴隷になるってことよ。大きなオッパイだってお尻だって、みんなそのための道具にするのよ。そんなことを望むなんて、普通の男じゃないでしょ。」
 二人は、まるでその場に慶花がいないかのような口ぶりだった。

「なるほどな。さっきは突然タトゥーを見せられて、驚いて部屋を出ちまったけど、こうして改めて目の前で見ているとニンフはニンフだもんな。本当は水瀬社長だなんて思う必要はないってことだよな?」
「そうよ、目に前にいるのは『慶花』という一人のニンフ。それも今日初めてお客の相手をするバージンニンフなのよ。あなたにバージンを散らしてもらいたくて待っていたの。ね、そうよね、慶花?」
「は、はい・・・・でも・・・・」
 慶花は俯いたまま小さな声で言った。とても肯定的な返事には聞こえなかった。
 直也もそのことを感じ取ったのか、何とも言えない表情で慶花を見つめている。 

 沙樹は直也の心から徐々にわだかまりが消えつつあるのを感じ取っていた。このまま二人がスムーズに「お床入り」に進めば、トラブルは回避できそうだと思った。
 だが、それには一つ大きなハードルがありそうだ。もちろん慶花の気持ちである。慶花が直也とのアナルセックスを望むわけはない。直也が無理矢理レイプしてしまうというシナリオもないではないが、もしそれをして慶花が自殺したり精神障害を起こしたら、さらなるトラブルのもとになりかねない。何とか慶花に納得ずくでのロストバージンを迎えさせなけばならない。

 沙樹は、慶花と二人だけで話があるからと、直也を一旦ベッドルームから出した。
 その後しばらくの時間をかけて説得したが、慶花はアナルセックスだけはどうしても受け入れられないと涙ながらに哀願した。受け入れれば、憎むべき直也を愛すべき恋人と思うようになるというだから、それも当然だった。
 だが、沙樹にはその哀願を聞き届けるわけにはいかない。慶花を騙してでも、ロストバージンに向かわせなくてはいけない。
「わかったわ、慶花。あなたの気持ちはよくわかった。じゃあ、オクチだけで相手するようにしなさい。静香の話だと、直也ってフェラも相当好きみたいだから、上手にやれば満足してくれるわ。あ、そうそう、それに直也って、ああ見えて意外と精力がないらしいわ。一日一回しかダメみたい。だからフェラでヌイてあげれば、アナルセックスの相手をする心配はなくなるわ。」
 もちろん、この沙樹の言葉は嘘である。直也がフェラ好きであるのは本当だが、精力に関しては、静香相手にひと晩に5回も絶頂に達したこともある、いわば絶倫である。
「ほ、本当に・・・それでうまくいくのでしょうか。納得して、いえ、満足してくれるでしょうか。」
 慶花は不安げな顔で沙樹を見つめた。
「大丈夫よ。私の言う通りにしていれば、きっとうまくいくわ。」

 その後、沙樹の慶花に対する「緊急レッスン」が数分間行われた。
 レッスンの内容は確かに説得力があった。沙樹の言う通りに演じ切れれば、直也はきっとフェラチオでの射精を望むだろう。アナルバージンは守れるのだ。
 慶花は沙樹に感謝した。
 
 慶花はドレッサーの前に座った。「お芝居」の開始である。
 沙樹はベッドルームから出て、リビングで待つ直也を呼んだ。
「うん?何が始まるんだ?」
 直也の口から思わず声が漏れた。ベッドルームに入った瞬間、扇情的なランジェリー姿でドレッサーに向かい、メイクを始めている慶花が目に入ったからだ。
「慶花、お客様が尋ねていらっしゃるわ。何をしているのかって。」
 沙樹の問いかけに、慶花は振り向くことはしないで鏡越しに直也の目を見つめた。
 そして、「イヤだわ。メイクに決まってるじゃないの。だってここからは『ニンフ慶花』をお望みなんでしょ?だから慶花がどんなに色っぽくなるかよくご覧になってて。ネ、直也様」と言うと、小さくウインクをし、唇をとがらせて見せた。
 直也は先ほどまでの令嬢ぶりとはうって変わった雰囲気の違いに、一瞬面食らったが、あの「水瀬社長」が自分に媚びを売っていると思うと妙に興奮してくるのだった。

 慶花のメイクテクニックは洗練されていて、淀みがなかった。まるでブラシも綿棒もチップも指先の一部となっているかのように器用に動く。
(うまいもんだなぁ)と直也は率直にそう思った。本当にたかが一年足らずで身に着けたテクニックなのだろうかと疑問がわいてくるほどだ。
 そんな直也の気持ちを察したのか、メイクを進める慶花に沙樹が声をかけた。
「本当にうまいものね。女の私が見てても勉強になるわ。たかが一年でそこまで身に着けるなんて、よほどメイクが好きなのね。ねえ、慶花、あなたはメイクするとき、何を考えているの?」
「いやねぇ、綺麗になることしか考えてないわ。」
「じゃ、何のために綺麗になりたいの?」
「イヤだわ、マダム。男性に愛されたいからに決まってるじゃないの。」
「ふ~ん、でもどの男性でもいいわけじゃないわよね、今は誰のため?」
「イヤだわ、慶花にそれ言わせるの?そこにいらっしゃる直也様のためだわ。」
 慶花はそう言うと、一旦手の動きを止め、すでにターコイズブルーのアイシャドウに縁取られた妖艶な眼差しを、鏡越しに直也に送った。
 直也にはそれが本心でないのはわかっている。姿は変わっていようとあの「慶太」が自分のためにメイクをするなどあり得ないことだ。だが、そんな思いを押し殺してでも懸命に娼婦を演じようとしている「慶太」を見ていると、かえって嗜虐的な思いが沸いてくるのだった。  
  
 慶花のメイクはほぼ完璧に仕上がった。後は口紅を残すだけだ。
 ヘビーなフルメイクは「ニンフ慶花」を見事に演出していた。 
 メイクの途中で揺れるような流し目を鏡越しに感じ取るたびに、直也の頭から「慶太」は消えていった。
「後は口紅だけね。慶花は今日はどの色を選ぶの?」
「う~ん、ボルドーレッドを選ぼうと思うんだけど、どうかしら?」
「まぁ、随分濃い色を選ぶのね、どうして?」
「だって、その方が直也様も喜んで頂けると思うから。」
「どうして、そう思うの?」
「いやねぇ、マダムだったら、そのくらい知っておいてもらいたいわ。男性は赤い唇が自分のペニスを銜えているところを見るのが好きなのよ。ね、直也様。」
 慶花はそう言うと、流れるようなセクシーな視線を直也に送った。大胆なセリフを口にしているものの、指先が微かに震え、頬にうっすらと赤みが差しているのがわかる。きっと羞恥心に耐えながら必死に演じているのだ。それが直也の目からもはっきりとわかる。 直也はすっかり欲情していた。自分をクビにしたあの「水瀬社長」が、今、女として自分に愛されるためだけに化粧をし、自分の性欲を刺激するためだけに卑猥な言葉を吐き、自分により刺激的なフェラチオを演出するためだけに口紅を施しているのだ。
 そう思うと、直也のペニスはもはや一時の猶予も叶わぬほど、熱く硬化していた。
  
「いかがですか?直也様、慶花のメイク気に入ってくださる?」
 完璧なフルメイクを仕上げた慶花が、ベッドサイドの直也の前に立った。
 小首を傾げ、口元に妖艶な笑みを湛え、時折舌を覗かせる。
 ボルドーレッドの口紅がテラテラと妖しく光り、(ねえ、はやくオシャブリさせて)と語りかけているようだ。
 直也は今にも飛びかかりたくなる気持ちを抑え、嗜虐欲をさらに高める演出を試みた。
「ええ、本当に色っぽいですよ、水瀬社長。俺をクビにした時とは大違いですよ。」
 直也は「水瀬社長」と呼びかけ、さらに昔の事実を思い出させることで、慶花により恥辱を味合わせようとしたのである。
 慶花はその言葉に一瞬真顔になったが、すぐに笑顔に戻り、囁くようなセクシーな声で言った。
「イヤだわ、直也様。もう私はニンフなのよ。『ニンフ慶花』、それが今の私の名前なの。」
「アハハ・・・そうだった。ニンフになるためにわざわざ水瀬の姓を捨てたんだったな。そうまでして男のおもちゃになりたかったってことか? え? 水瀬社長?」
「ええ、そうよ。だから、もうそんな意地悪おっしゃらないで。もうそんなこと忘れて、楽しみましょ。早く、慶花にご奉仕させて。慶花のここ、寂しがってるのわかるでしょ?」
 慶花はボルドーレッドの唇に人差し指を当て、舌先でそれを舐めて見せた。娼婦らしい挑発的なそのポーズも決して本心からのものでないことを、指先の震えが物語っている。その様子が直也のS性にさらなる火を付けた。
「そうか、心の中はすっかり慶花になっているってことだな。つまり『水瀬慶太』は完全に別人ってことだ。そうだな?」
「ええ、そうよ。『水瀬慶太』なんて人知らないわ。」
「では、その妻『水瀬弘美』はどうだ? 知っているか?」
「い、いいえ・・・し、しらない、知らないわ。 ね、ねえ、もういいでしょ。お願い、早く楽しみましょ。」
 慶花にはそう答えるしかなかった。「慶太」を知らないのだから「弘美」を知っていては矛盾する、と慶花は思ったのだ。
 慶花は沙樹に助け船を頼もうと視線を送った。だが、すでに沙樹はその場にいなかった。二人がやり取りをしている間に静かにその場を離れたのだろう。ニンフと客の邪魔をしてはいけないという「マダム」なりの配慮だった。

「では、客として『ニンフ慶花』にプレイ内容の要望をする。ニンフはどんな要望も従うんだったよな?」
「え、ええ・・・その通りよ。どんな要望でも・・・お応えします。どうぞ、おっしゃって。」
「フフフ・・・では、今日はお前に『水瀬弘美』を演じてもらう。女になりたいと言って離婚までした変態男『水瀬慶太』の妻だ。どうだ、できるな?」
「そ、それは・・・」
 慶花は口ごもった。ニンフとして客の要望を拒否できないことはわかっている。だが、直也の意図がわからない。「弘美」の何を演じろと言うのだろうか。
「どうした?ニンフのくせに客の要望に答えられないと言うのか?だったら、またマダムに報告するぞ。」
「い、いえ・・・わ、わかりました。その・・・弘美・・・さんを演じさせてもらいます。」
「よし、今からプレイ中はお前は弘美だぞ、いいな。」
「は、はい・・・。」
「よろしい、では、聞く。お前の名前は何だ?」
「あ、あの・・・み、水瀬・・・ひ、弘美・・・です。」
「よし、じゃ、弘美、俺の横に来い。幼なじみ同士の再会だ。少し話でもしよう。」
 慶花は、直也が兄の誠也同様、弘美と幼なじみ同士だったことをすっかり忘れていた。
社内では誠也と違って、弘美と親しげに話をする様子もなかったし、解雇以来、弘美の口から直也の話が出たこともなかったからだ。

「弘美、久しぶりだなぁ。」
 直也は慶花がベッドサイドに腰を下ろすとすぐに「芝居」を始めた。
「そ、そうね・・・久しぶり、直也くん、元気にしてた?」
「ああ、元気だよ。ただ、弘美の旦那のおかげでさんざん苦労したけどな。」
「あ、ああ・・・ご、ごめんなさい・・・私・・・しゅ、主人に代わって・・あやまるわ。」
「いいんだよ。弘美のせいじゃないんだから。あのバカ亭主のせいなんだから。弘美もあいつがバカ亭主だと思うだろう?」
 慶花には直也の意図がわかってきた。自分に弘美を演じさせながら、「慶太」を貶めようというのである。何て心が歪んでいるのだろう、と慶花は思ったが、「芝居」を止めるわけにはいかない。心を落ち着けるように、一つ大きく呼吸をすると静かに口を開いた。
「そ、そうね・・・直也くんをクビにするなんて、本当にバカ亭主よね。」
「それに、聞いた話では、バカ亭主の上に変態亭主だったそうだね。」
「へ、変態・・・?」
「ああ、何でも、男を止めて女になったって言うじゃないか?それも自分から好きこのんで。」
「あ、え、ええ、そ、そうなの・・・。女に・・・なっちゃったの。」
「弘美はそれ聞いてどう思った?」
「え、ど、どうって・・・? 人それぞれだから・・・。」
 慶花は直也の表情を伺った。どのように答えればいいのかわからなかったのだ。
 直也は厳しい視線を返した。無言のダメだしである。
「ほ、本当に・・・あきれちゃったわ。あんな変態だとは思わなかったもの。」
 改めて直也の顔を伺った。今度は満足そうな笑みに変わっていた。
 直也の意図は完全に理解できた。つまり直也と一緒になって「慶太」をとことんバカにしろというのである。「芝居」とは言え、こんな屈辱的なことはない。だが、拒否することができないのなら、少しでも早く直也を満足させ、この時間を終わらせた方がいい。
(たかがお芝居じゃないの。いいわ、直也の望む「弘美」を演じてあげる。)と慶花は心の言い聞かせた。

「きっとそんな変態亭主だから、結婚しててもセックスは満足できなかっただろう?」
「本当にそうなの。エッチは下手だし、弱いし、もういつも不満だったわ。」
「きっとチ○ポも小さかったんじゃないか?」
「うん、本当に小さかったわ。だから、いつも大きなペニスに憧れてたわ。」
「ハハハ・・チ○ポが貧弱だから女になろうと思ったのかもしれないな。弘美を男として満足させられないって。」
「そうかもしれないわ。だからあんなやつ、女になって正解だったのよ。」
「じゃ、弘美は本当はこういうチ○ポを求めていたんじゃないか?」
 直也はそう言うと、そそくさとズボンを脱ぎ捨て下半身を堂々と露出させた。すでに半ば屹立したペニスが姿を露わにした。確かに巨根だった。「馬並み」という話は誇張ではなかった。
「すごく大きいのね。男らしくてりっぱだわ。あいつのみすぼらしいペニスとは大違いよ。」
「いいんだぜ、触っても。こういうのは好きなんだろ?」
「ええ、嬉しいわ。私こういうペニス一度でいいから触ってみたかったの。」
 慶花の背筋の悪寒と闘いながら、懸命に「芝居」を続けた。

「すごいわ・・熱くて、固くて・・・逞しいのね。」
「フフフ・・・これが本物と男のチ○ポだ。オカマ亭主のとは違うだろう?」
「ええ、全然違うわ。あんなのペニスとは言えない。」
「うむ、では何だ? ペニスでなければ何だ?」
「女を満足させられないんだもの・・・あれはきっとクリトリスだわ。あいつは最初からクリトリスしか持ってなかったの。生まれたときから女だったのよ。」
「ハハハ・・・つまり弘美は女と結婚してしまったってわけか。それは気の毒だったなぁ。じゃあ、離婚してよかったじゃないか。これからは本当のチ○ポとセックスができるぞ。」
「本当に騙されたみたいなものよ。でも、これからは本当のセックスが楽しめるんだもの。よかったわ。」

 慶花の手に直也の脈動が伝わってきた。どうやら恥辱的な思いを押し殺しながら「芝居」を続けた甲斐があった。直也は慶花の演じる「弘美」に興奮しているようだった。
(いまだわ。ここを逃してはダメ。直也を満足させて、この屈辱から解放されるのよ。)
 慶花はそう心に言い聞かせると、精一杯の妖艶な笑みを作り、直也に囁きかけた。
「ねぇ、直也くん、こんな男らしいペニス触ってたら、私もう我慢できなくなっちゃった。お願い、欲しいの・・・。」
「うん?欲しいって、アナルに入れて欲しいってことか?」
「う、ううん、そ、そうじゃないの・・・アナルじゃなくて・・・あの・・・おクチに・・ね、お願い。」
 慶花は慌て気味に言った。アナルセックスを避けるために無理して作っている媚態なのだ。その苦労が何にもならなくなるところだった。
「俺はフェラヌキより、アナルの方が好きだなぁ。」
「で、でも・・・お願い、おクチでさせて。これでも私、おクチでするの得意なんだから。」
「しかしなぁ・・・」
「ねえ、直也くん、意地悪言わないで。お願い、直也くんの男らしくた逞しいチ○ポ、弘美にペロペロさせて。ドロドロのザーメン、たくさん欲しいの。」
「う~ん、しょうがないなぁ。幼なじみの弘美にそこまで頼まれたら断れないよな。フェラさせてやるよ。そのかわりちょっとでも下手だったら、途中でも止めるからな。」
「嬉しいぃ・・直也くん、大好きぃ~ 弘美、がんばるからね。」
 慶花は内心涙が溢れるほど悔しかった。あの直也に自分はフェラ奉仕させてもらうための許可を取っているのだ。しかも嫌われないよう媚びまで売って。
 これほどの屈辱はあろうか。これなら力づくで有無を言わさず、ペニスを口に押し込まれた方がまだましだ、と慶花は思った。


 直也への屈辱的なフェラ奉仕を始めてすぐ、施設での特訓が実践的だったことが証明された。
 トレーナーの望月加奈子の厳しい指示の下、ディルドウに懸命な口唇奉仕をしたことも、近藤幹夫のリアルペニスを嘔吐しながらディープスロートしたことも、すべて役立った。
 直也のペニスに舌先が触れた瞬間、背筋に虫酸が走ったことと、口中深く飲み込んだ時、全身を嫌悪感が貫いたこと、そしてディープスロートを催促するかのように手で頭を抑えつけられ、ペニスが喉奥に当たった時の惨めなまでの嘔吐感。それらを除けば、後はトレーニングされたことを忠実に再現するだけだった。
 特に効果的だったのは、時折上目遣いで見つめながらジュルジュルとわざと大きな音を立てて刺激することと、ディープスロートの際に苦しそうに眉間に小さな皺を刻むことだったようだ。その度に口中のペニスがピクンと敏感に反応したことからもわかった。

 直也がくぐもったようなうめき声と共に、大量の熱い樹液を噴射した時、慶花はしっかり口中深く受け止め、燕下した。
 もちろん、特訓中に加奈子から言われたアドバイスも忘れてはいない。
「お客が口の中で発射した時、ニンフは一滴残らず飲み込むこと。いいわね。ただ、すぐに飲み込んではダメ。お客の発作が収まるまでそのまま待ちなさい。そして収まったと思ったら、ゆっくりと残りを吸い出すように口を離しなさい。で、離れ際には少し大きめに音を立てる。それからペニスの先に感謝のキスをするの。ああ、でもやりすぎてはダメ。イった直後のペニスはすごく敏感になっているからね。それからお客にセクシーな眼差しを向けながら、口を開いて中に溜まったザーメンを見せるの。よく見えるように少し大きめに開けてもいいわ。ザーメンが多すぎて少し零れてもいいわ。その方がかえってセクシーだと思う客もいるから。それから客の瞳を見つめながら、コクッって音を立てながら飲み込むの。飲み込む瞬間は楽しそうな顔してはダメよ。ちょっと苦しそうに、眉間に小さな皺を刻むくらいがちょうどいいわ。特にS気質の強い客にはね。そして口の中が空っぽになったのをお客に見せて、ちゃんとお礼を言うこと。わかったわね。」

 慶花はアドバイスを忠実に守った。加奈子の言うようにザーメンが多すぎて、一部が白い筋となって口元から滴り落ちたが、その姿を見た直也が満足そうな笑みを浮かべていたところを見ると、その部分のアドバイスも適格だったということだろう。 
 ただ、最後に、「全部、飲んじゃった・・・直也様のザーメン、とってもおいしかったわ。ありがとう。」と微笑みながらお礼を言った時、慶花の頬に屈辱の涙が流れ落ちるのを直也も気付いてはいなかっただろう。


「終わったわ、やっと・・・。」
 慶花は、客前では決して口にしてはならない言葉が思わず零れたのに気づき、ハッとした。幸いベッドで横になり、口内射精の余韻に浸っている直也には、その微かな囁きは耳には届いていなかったようだ。
 慶花が口を滑らせたのも無理はない。とにもかくにもロストバージンの危機は脱したのである。後は満足した直也が部屋を出ててくれさえすれば、この喉の奥にこびり付いているような精液の残滓をすぐにでもゆすぎ落とせる。
 ザーメンを燕下した後、どんなに気持ちが悪くても、客前でうがいをしたり口をゆすぐなんて失礼なこと絶対にしてはいけない、と加奈子からは厳しく注意を受けていたのである。 

 ようやく直也がベッドから上半身を起こした。その視線は露出したEカップの双乳に注がれていた。ブラはフェラチオの途中で行った「パイズリ」の時に外したままだった。
「お疲れ様・・・とても楽しかったわ。本当に今日はありがとう。」
慶花は口元に精一杯に笑みを浮かべて言った。
 直也も微笑みを返し、慶花に近づいた。
 お別れの握手でもするつもりなのだろうか、それとも頬にキス?もしかしたら唇に?
 できたら唇は止めて欲しいけど・・・・ と慶花が心を巡らせた、その時、直也は意外な行動に出た。慶花の身体をベッドに押し倒したのである。

「キャッ・・・」
 思わず小さな悲鳴が漏れた。
「フフフ・・・弘美とのプレイは終わりだ。ここからは慶花とのプレイに入る。」
「ど、どういうこと? 何をするつもり?」
 慶花は咄嗟に起きあがろうとしたが、直也の逞しい腕がそれを阻止した。
「決まってるじゃないか、『ニンフ慶花』のバージンをいただくんだよ。」
「そ、そんな・・・だってもう終わったんじゃ・・・」
「ハハハ・・・俺がたった一回で満足するわけないだろうが。最低でもひと晩に3発はしないとおさまらねぇよ。まあ、お前なら5発はいけそうだな。」
 直也の右手がむき出しになった美乳に伸びると、じっくりとまさぐり始めた。
「い、イヤッ・・・」
「こんなオッパイをぶら下げて、『イヤ』もないだろう。男に触られたくて巨乳娘になったんだろうが。ええ? 慶太さんよ?」
 直也の指先が敏感な乳首をつまみ上げた
「い、イタッっ・・・やめて・・・お願いっ・・・」
「止めて欲しかったら、ちゃんと答えろ。慶太は男なのに、どうして巨乳娘になりたかったんだ?」
 直也は問いかけながら、乳首をつねり上げた。
「い、イタッっ・・・お、男の人に・・・触られたかったから・・・です・・・痛い・・お願い、止めてぇ・・・」
「『慶太は男なのに』が抜けてる、やり直し!」
「ツ、ツゥ・・、け、慶太は男なのに・・・男の人に触られたかったから・・ですっ・・」
 直也の指先の力がわずかに弱まった。
「男に胸を揉まれるとどういう気分だ?」
「あ、あの・・・か、感じちゃいます・・・」
 直也の指先に再び、力がこもった。
「イタッ・・・止めて・・ちぎれちゃうゥ・・」
「『慶太は男なのに』が抜けた。やり直し。」
「け、慶太は・・・男なのに・・・男の人にオッパイを揉まれると・・・か、感じちゃうんですぅ・・・」
「感じるとどうなるんだ?本当の女のように男に抱かれたくなるのか?」
 慶花は無言のまま首を横に振った。直也の思い通りの答えをすれば、乳首の痛みからは解放されるかも知れない。だが、それがもたらす代償は余りにも大きいことを慶花は知っているのだ。

「答えろ!」
 直也は両手を使って左右の乳首をひきちぎらんばかりにつねり上げた。
「イタッ・・・! おねがい、やめて・・・言います、言いますから・・・ け、慶太は・・男なのに・・・男の人にオッパイを揉まれて・・・感じちゃうと・・・・男の人に・・抱かれたく・・・なっちゃいますっ・・・・イヤ、止めて・・・お願い・・・」
 直也の両手が双乳から離れた。慶花の呼吸はまるで全力疾走をした直後でもあるかのように乱れていた。
 だが、ホッとしたのも束の間、直也の右手がTバックに伸びてきた。
「な、何するのっ!」
「こんないい女に目の前で、『感じちゃう』と言われて、黙っている男はいないぜ。」
 直也はそう言うと、Tバックのストラップに手をかけ、一気に引きはがしにかかった。
 ビリッ・・・ストラップはあっけなく切れた。機能性を無視し、男の目を楽しませるためだけにデザインされたTバックはあまりに脆かった。
「イヤッ、止めて・・お願い・・」

 慶花の抵抗は、ものの30秒と持たなかった。か細い両手首は直也の逞しい左手に捕まれ、細くしなやかな両脚は筋肉質の両太股にがっちりと挟み込まれた。
「お願い・・止めて・・・お、犯すのだけは・・・アナルを犯すのだけは・・・やめて。他のことは何でもするわ。オクチでも・・・オッパイでも・・・お顔にかけてもいいわ。でも・・・アナルだけは・・・やめて・・・」
 慶花の瞳には大粒の涙が浮かんでいた。長い睫毛がフルフルと揺れ、唇は小刻みに震えていた。時折瞼を閉じるのは瞳に溜まった涙を目尻からより多くこぼすためである。男が、美女の涙ながらの哀願に弱いことを本能的にしっている女の振る舞いだ。そんな振る舞いがとっさの時に出てしまうほど、慶花の心は「女」になっていたのである。
 だが、そんは屈辱的な媚態も直也には逆効果だった。慶花の儚くも哀れな振る舞いは直也のようなS男性には刺激にこそなれ、同情心をもたらすものにはなり得なかったのである。

「ハハハ・・・そんなに俺のザーメンが欲しければ、これからはいつでもくれてやるさ。何しろ、ここでロストバージンが終われば、お前は俺から離れられなくなるんだからな。」
 慶花は直也の言葉にドキッとした。
 直也はすべて知っていたのだ。自分がロストバージンの相手を恋人と慕い、崇拝するよう精神操作されていることを。
「お前は憎むべきこの俺にバージンを奪われ、女にされ、だが心から愛するようになるのだ。だからこれからは好きなだけザーメンを浴びることができるんだ。嬉しいだろう?ハハハ」
「い、イヤ・・・そんなこと・・・絶対にいやぁ・・・」

 直也は慶花の身体を強引に俯せにさせると、ばたつく両脚をベッドの下に引きずり降ろした。ベッドサイドに慶花の形のいいヒップが突き出す格好になった。
 直也はとっさに起きあがろうとする慶花の頬に平手打ちを見舞った。
 パシッー・・・乾いた音がベッドルームにこだました。
「キャッ」
 慶花の口からは小さな叫びが漏れただけで、後の言葉は続かなかった。
 驚きと痛みと無力感が慶花の口を閉ざしてしまったのだ。

 直也は抵抗する気力を失った慶花のむき出しになったヒップの位置を自らのペニスに合わせるかのように微調整すると、すでに屹立したペニスをアナルに向けた。
 そして次の瞬間、アナルプラグの冷たさとはまったく異なる、熱い感触がアナルから伝わってきた。
「いよいよ、ロストバージンだぞ。本物の女になれるんだ。嬉しいだろう?」
「い、いや・・お願い・・やめて・・・」
 慶花は無駄とは知りつつ、最後の哀願を繰り返した。
 だが、直也の高ぶった性欲を止める助けにはならなかった。

 アナルをこじ開けようとする力を感じ、慶花は本能的に深く息を吐くと、緊張を弛めた。 アナルでディルドウを受け入れるとき、スムーズに挿入ができるよう身体の緊張を抜くテクニックを、慶花は無意識の内に行っていたのだ。
 心では頑なに拒否しているのに、身体がそれを迎え入れようとしていることが、よけいに慶花の心を暗くした。

「アンッ・・」
 ペニスの先端が門をこじ開けた瞬間、慶花の口から小さな声が漏れた。
 慶花の鍛え抜かれたアナルは、その後のペニスの挿入をまるで歓迎しているかようにスムーズに受け入れた。悲しいことに直也の巨根に対しても痛みすら感じないのだ。
「ハハハ・・・随分鍛えてるじゃないか、こんなスムーズに入っていくなんて。今までのニンフでここまでスムーズに入るやつはいなかったぜ。アナルは締め付けられるから気持ちいいのに、何か拍子抜けだな。」
 直也はいくぶん落胆したような口調で言った。
 慶花はその声を無視しようと目を瞑った。意識すると訓練で植え付けられたある反応が出てしまうと思ったからだ。
 実はトレーナーの望月加奈子が言う、「究極のテクニック」なるものを、慶花は訓練を通じて身に着けていたである。 
 それは挿入時と、挿入後で2種類の異なる感覚を客に味合わせるというものである。つまり挿入時には何の邪魔も感じさせないスムーズ感を与えるが、ひとたびペニス全体を飲み込んだ後は、究極の「締め付け感」を与えるというものである。
 加奈子は、括約筋の収縮と呼吸法によって自由自在にできるようになるまで、慶花にオーケーを出さなかった。そのため訓練は何度も繰り返されたわけだが、結果として条件反射的にディルドウが挿入されると、無意識のうちに締め付ける動作を行ってしまう身体になってしまっていたのである。
 今、慶花はその動作が出ないように注意を払っている。もしペニスを締め付ければ、口とは裏腹にアナルセックスを望んでいると直也に誤解されてしまうと思ったからだ。

「何だ、ガバガバじゃないか、お前本当に初めてだったのかよ。」
 直也はからかうように言うと、ゆっくりと腰を前後させた。
 慶花はシーツに押しつけられた顔をわずかに上げ、ドレッサーの鏡に向けた。そこには遠目ではあるが、バックから逞しい直也に犯されているか弱い女の姿が映っていた。
(ああ、とうとう・・・犯されているのね・・・あの直也に・・・女にされるのね・・・)
 そう思った瞬間、それまで意識していたアナルへの集中が途切れた。訓練で植え付けられた本能的な反応が表面化してしまったのだ。

「うおっ・・・すごいぞ・・・何だ、この感触は・・・し、締まるっ・・・」
 直也が驚嘆の声を上げた。
 巨根による直腸への刺激が誘発となり、慶花の本能を覚醒させた。
(だ、ダメ・・反応しちゃだめよ・・・力を抜くの・・お願い反応しないで・・・)
 だが、それは無駄だった。意識すればするほど、アナルの締め付けが増していくのだ。
「うう・・こ、こんな・・・す、すごいぞ・・・ちぎれそうだぁ・・・」
 直也の腰の動きが一気に早まった。
「あ、アアン・・・アア・・」
 慶花は、声が漏れるのを抑えようと、指先を噛んだ。だが、そんな無意識の恥じらいの仕草は、直也の陵辱欲を余計に刺激した。
 激しい腰の動きに伴って、巨根の先端が慶花の前立腺を的確に捉えていった。
「うう、すごいぞ、慶花・・・お前の、ケツま○こ、最高だ・・・し、締まる・・・」
「アんん アアアんんっ  んっぅ・・・」
 慶花の喘ぎが一段高くなっていった。
 そして直也の突き上げる動きにまるで獣のような速度が加わったと思った瞬間だった。
「おお、イ、いくぞ・・・イクゾゥッ・・・」
 雄叫びと共に、アナルに最後の突き上げを感じると、ビクビクっという熱い脈動が伝わってきた。
「い、イヤァ、だ、ダメぇ・・・中で出しちゃダメェェ・・」
 慶花は思わず叫び声を上げた。
 例え、ロストバージンを経験しても中だしさえされなければ、もしかしたら最悪の事態、つまり直也を恋人と思うようになることは避けられるかもしれないと思ったのだ。
 だが、そんな声を聞き入れる直也でない。彼は慶花の哀願を受け、よけいに奥まで届けとばかりに腰を突き出すと、慶花の細いウエストをガッチリと両手で固定した。
 その動きに伴って、慶花の前立腺に最後の一押しが加わった。慶花はアナルの奥にビュビュっというザーメンの放出を感じながら、自身の「クリトリス」からも透明の粘液が滴り落ちるのに気付いた。射精と言うにはあまりに惨めで弱々しい「滴り」であった。
(ああ、とうとう・・・とうとう、直也の女にされてしまったのね・・・)
 慶花はシーツに顔を埋めると、直也の前であることなどお構いなしに、声を上げて泣いた。できることなら、今この瞬間、誰かが入室してきて「精神操作なんてうそよ。新人ニンフをからかっただけよ。」と言ってくれないかと心から願った。 

N/Nプロジェクト 第11章

〔第11章〕

 慶花は窓から差し込む朝の日差しに目を覚ました。
 ぼんやりとした視界に淡いベージュの壁が浮かんだ。
 周囲を見回してみると様々な医療用機器が目に飛び込んできた。
 明らかに自室ではないことに気づき、一瞬ハッとするが、すぐにその驚きも消えた。
 そこが病室であるのは当然だった。
(そうだわ。昨日は入院したんだったわ。)慶花はそれを思い出してホッとした。

 一昨日のカウンセリング時に、瑞穂から、顔色がすぐれないことと、それがN1新薬の副作用の可能性もあることを指摘され、施設内病院での検査入院の手続きが取られたのである。 
 ちょうど一週間前に、常田の口から、妻の弘美への説得がうまくいき、正式に社長に就任する運びとなったという報告を聞いて、安心し緊張感が弛んでいた矢先のことだった。
 もし瑞穂の指摘の通り、顔色が悪いとしたら、ずっと張りつめていたための精神的疲労から出たものだろうと思ったが、万一、N1新薬の副作用ということなら取り返しのつかないことにもなりかねないので検査入院に同意することにしたのである。

 昨日の検査はごく簡単なもので、1時間もかからずに終了した。なぜ入院が必要なのか、わからなかった。ただ、翌朝に簡単な検査が一つ残っているので、そのために入院が必要なのだとだけ説明を受けた。
 昨夜、7時頃だっただろうか、白衣を着た一人の若い医師が部屋に入ってきて、錠剤の服用を指示した。翌朝の検査のために必要な薬であると言われ、水と共に服用した。
 それから医師としばらくの間、当たり障りのない談笑をしたところまでは覚えているが、その後の記憶がない。恐らくそのまま眠り込んでしまったのだろう。病室もベッドも、着ている入院着も何も変わっていなかった。

 いや、変化はあった。目覚めてすぐには気づかなかったが、意識がはっきりしてきてわかった。床に入った時、入院着の下は全裸だったのに、今は下半身にゴム製の下着を着用していた。もちろん自分で身につけた覚えはない。つまり誰かの手によって着せられたということである。
 慶花はそこに手を伸ばしてみた。かなり伸縮性の強い素材でウエスト部分を伸ばすことも困難である。ただ、右手の平の一部を入れてみると、ゴム素材に覆われて布製のものが存在しているのがわかった。通常の下着素材のような触れてみて心地良い素材ではない。どちらかというとザラザラしていて包帯のようにも思える。  
  
(えっ? ケガ・・・?)
 慶花の顔の不安がよぎった。
(でも、寝ている間に、ケガなんて・・・・)
 慶花はきつく締め付けるゴム製下着に手をかけると、力を込めて引きはがそうとした。 と、その瞬間だった。病室のドアをノックする音が聞こえた。
 慶花は手を止め、ドアに向かって返事をした。
「は、はい・・・どうぞ」
 
 部屋に入ってきたのは瑞穂だった。てっきり医師か看護師だと思っていた慶花は意外な来訪者に目を丸くした。
「あら、なんでそんなに驚いた顔してるの?」
 瑞穂はベッド脇の椅子に腰掛けると笑顔で声をかけた。
「い、いえ・・・てっきりお医者様か看護師さんだと思ったので・・・」
「フフフ・・・それはそうよね。ここは病院だものね。でも、一般の人だってお見舞いにくらい来るでしょ?」
「お見舞いって・・・ただの検査なのに・・・・」
 慶花の口元に笑みが漏れた。
「ただの検査? 慶花、あなたまだ気付いていないのね?」
 瑞穂が真顔で言った。
「え?き、気付いてないって・・・・なにを・・・ですか?」
「よく聞きなさい。あなたは検査のために入院したんじゃないのよ。手術を行うために入院したの。」
「ええ? しゅ、手術・・・・? も、もしかして・・・これ?」
 慶花は入院着の前を開け、下半身のゴム製下着の一部を瑞穂の前に晒した。
「ええ、そうよ。その下に手術痕があるはずよ。」
「い、一体・・・何の・・・何の手術をしたんですかっ!?」
「あら、慶花って意外と勘が鈍いのね? 手術と聞いてピンと来ない? フフフ・・・」
「え? ま、まさか・・・・」
 慶花の顔から血の気が引いた。「手術」という単語を最も直近で耳にしたのは「睾丸摘出手術」だったからだ。
「フフフ・・・どうやら気が付いたようね。その、まさかよ。慶花は『睾丸摘出手術』を受けたのよ。つまりもう完全に男と決別したっていうことね。」
「そ、そんな・・・だって・・・・私、そんなこと・・・・同意していませんっ!」
「あら?そうかしら? あなた、『手術同意書』にサインもしたし、奥さんにもサインしてくれるように頼んだんじゃなかったかしら? だから、医者もそれを見て手術をしたんだもの。」
「で、でも、それは・・・検閲を逃れるためって・・・それに・・・妻には本当の事を告げるからって・・・」
 慶花の目から涙が溢れ、頬を伝って落ちた。
「ええ、確かにそう言ったわ。でも、それは全部嘘。あなたに手術を受けさせるためのお芝居だったのよ。」
「何のために・・・そんな嘘を・・・」
「何のため?・・・・決まってるじゃない。全部、慶花のためについた嘘よ。あなたは自分では気付いていないかもしれないけど、心のどこかで、もしかしたらいつか『慶太』に戻ることがあるかもしれないと思っていたはずよ。そんなこと100パーセントあり得ないことなのに・・・。だから、その思いを断ち切ってあげるためにも、この手術は絶対に必要だったの。」
「そ、そんな・・・男に戻るなんて、私、考えていませんでした。女として生きることを決めていたのに・・・」
「だったら、問題ないじゃないの。女として生きるつもりなら、手術はむしろ喜ぶべきことじゃない。違う?」
「で、でも・・・・」
 慶花は反論できなかった。
 確かに瑞穂の言うことは、ある意味正しいような気もする。「慶花」としての人生を歩むことを決断した以上、「慶太」の影は一日も早く取り除いた方がいいに決まっている。いくらN1新薬の服用や女性美の追究を続けようと、「慶太」の影が残っている以上、完全に「慶花」になりきれないという考え方も理解できる。
 
「でも・・・何? 私の言っていること間違ってる?」
 瑞穂が強い口調で言った。
「で、でも・・・先生は・・・私を・・・だ、騙したじゃないですか?」
 慶花の怒りの矛先は、手術そのものから、瑞穂の行った行為へと移っていた。
 それはある意味で、手術自体を現実として受け止めよういう思いの表れでもあった。
「ええ、騙したわ。でも、それは慶花のためだって言ったでしょ? 私は、これからだって騙したり、嘘をついたりするかもしれないわ。それが慶花の幸せのためならね。」
「せ、先生・・・・」
 慶花は言葉に詰まった。瑞穂の開き直りにも似た言葉の中に、真剣に自分のことを思ってくれる気持ちを感じ取ったからである。

 ようやく手術という現実を何とか肯定的に受け止め始めた慶花に、瑞穂はその後約30分に渡り、術後の見通しなどと語って聞かせた。
 睾丸を失ったことにより、テストステロン、つまり男性ホルモンの分泌は止まり、服用中のエストロゲンの効果はこれまで以上に顕著になり、心身共に女性化が加速すること。
 精子の生成はできないので、例え体外受精などの方法であっても女性を妊娠させる能力がなくなったこと。
 陰嚢とペニスの矮小化は加速し、ペニスは小指の第2間接程度まで矮小化が進むと予想されること。
 男性としての肉体的刺激による性欲はなくなり、女性としての精神的幸福による性欲が増すこと。
 などである。
 いずれも通常の男性が耳にすれば、気を失いかねないような出来事だが、心身共に自分を一人の女性と考えている慶花にとっては、さほど衝撃を受けることでもなかった。
 
 そのことよりも、慶花には気になることがあった。
 瑞穂の言葉に耳を傾けながらも、いつそれを口に出そうか迷っていた。もしも悪い答えが返ってきたらと思うとなかなか口に出す勇気が出ないのだ。

「先生・・・一つ聞いてもいいですか?」
 瑞穂の説明が一段落したタイミングで、慶花は静かな口調で切り出した。
「うん?何?」
「あの・・・手術のことは、先生が私のことを思って、してくださったのはわかりました。でも、後、二つのことは、ちゃんと妻に伝えて頂けたのですか?」
「うん?何、二つのことって?」
「『離婚』のことと、『会社と財産・資産の譲渡』のことです。それが私の本心ではないと伝えていただけたのでしょうね?」
 慶花の真剣な問いかけに、瑞穂はフッと笑みを漏らすと、小さく首を左右に振った。
「いいえ。」
「い、いいえって・・・先生・・・それも伝えてくれなかったのですか?」
「ええ、伝えていないわ。奥さんのサインももらって、もうどちらも有効になっているわ。つまり、離婚も成立しているし、会社だけでなく『慶太』名義の財産・資産はすべて奥様の弘美さん名義変わっているわ。」
「そ、そんな・・・それじゃ、私には何も残っていないということですか?」
「ええ、そういうことになるわね。」
「それじゃ、この施設を出た時、どうやって・・・何を頼りに生きていけばいいんですか?」
「何を言いたいのか、よくわからないわ。」
「『Nランク』者は普通の職業に就くことはできないと、先生はおっしゃいましたね?」
「ええ、確かに言ったわ。」
「で、ですから、ここから外に出た後は、今まで築いた財産や資産を頼りに生活しようと思っていたんです。それが、これでは・・・どうしたらいいんですかっ?!」
 慶花の声に明らかな同様が感じられた。
 瑞穂はそんな慶花とは対照的に冷静な口調で言った。
「慶花、あなたはまだ誤解しているようね。」
「ご、誤解・・・?」
「『Nランク』者は普通の職業が就くことができないというのは本当よ。でもそれだけじゃないわ。それは最初にこの施設に来た時に言ったはずよ。もう二度と誤解のないようにはっきりと言っておくけど、あなたは国民として認められていないのよ。だから、資産や財産の所有など許されていないの。」
「そ、そんな・・・あんまりです・・・・」
「そんなこと言ったって、法律で決まっていることだから仕方がないわ。でも、もし所有していることが国に見つかれば、即没収となるところを奥様に譲渡することで免れたんだから、これもあなたのためになったでしょう?」
 慶花は、淡々とした口調で話す瑞穂の口元をただ呆然と見つめるしか術はなかった。
 何か方策を考えようにも、頭の中が混乱して一向にまとまらないのだ。

「で、でしたら・・・せめて妻との離婚は取り消してください。離婚をしていなければ、私たちは戸籍上は夫婦のままです。家にさえ戻れば、何とか生活くらいはできるはずですから。」
 慶花はやっとのことで思いついた考えを瑞穂にぶつけた。
「いいえ、それは無理だわ。すでに正式に処理されてしまっているもの。」
「で、では・・・復縁をさせてください。妻には私から説得しますから。同じ相手との復縁ならすぐに受理されるはずです。」
「ええ、確かに同じ相手との復縁なら女性の半年規定もないから、すぐに認められるわ。でもそれは国民として認められる者同士の場合よ。何度も言うけど、あなたは国民として認知されていない存在なのよ。つまり結婚そのものが認められないということよ。」
「では、じ、実家に・・・戻ります。両親は他界してますけど、親戚はいます。外見は変わったけれど、私が水瀬慶太であることがわかれば支えてくれるはずですから・・・。」
 慶花は消え入るような小さな声で言った。目には大粒の涙が浮かんでいた。
 それはまるで最後の嘆願のようだった。だが、それにも瑞穂は冷静な口調で返した。
「残酷なことを言うようだけど、その願いも叶えられないわ。」
「な、何故・・・何故なんですかっ?」
「あなたはもう戸籍上も『水瀬慶太』ではないからよ。と言うより、驚かないで欲しいんだけど、あなたの戸籍はもうこの世に存在しないの。」
「こ、戸籍が・・・ない? どういうことですか、それはっ?」
「だから何度も言うように、あなたは国民として認識されていないの。だから除籍されるのは当然でしょ。今までは婚姻関係にあったから、形式的に戸籍は残っていたけど、離婚した段階で婚姻関係はなくなっているから、それに関連して除籍の措置がとられたってこと。つまり、あなたには水瀬という姓もなくなっているの。あるのは『慶花』という通称だけよ。」
「ひ、ひどい・・・ひどいわ・・・あんまりだわっ!」
 慶花は大きな声を上げると、その場に泣き崩れた。ギリギリのところで耐えていた感情の堰がついに決壊したのだ。
 慶花は、改めて、「Nランク」の「N」がNothing の意味からとられたという、施設入所時に瑞穂から受けた説明を思い出した。 
 それは言葉だけではなかったのだ。慶花にはもう何も残っていなかった。会社も妻も財産も資産も失い、頼る者もなく、名前もなくなった。それらに比べれば、手術により奪われた睾丸なんて大したことではないような気さえしてくるのだ。慶花は襲い来る喪失感に涙が止まらなかった。
 

 およそ30分後、泣き疲れた慶花は、腫れ上がった目を瑞穂に向けて、自嘲気味に言った。
「結局、私にはこの施設の中で一生暮らすより他に方法はないということなんですね?」
 その口元には微かに笑みが浮かんでいた。
「一生は・・・無理よ。」
 瑞穂は無表情で言った。まるで事務的連絡のような平板な口調だった。
「む、無理・・・? 無理ってどういうことですか?」
「いい? 施設は現在の『Nランク』者だけに使用されるわけでないのよ。今年も来年もも使われるの。だから、あなたがこの施設内に止まることができるのは、今年の入所者が来る9月までよ。」
「く、9月までって・・・あと3か月しかないじゃないですかっ?」
「ええ、そういうことになるわね。」
「そ、そういうことになるって・・・それじゃ、3か月後には、何も持たず、何の頼りも行く当てもないまま、施設を追い出されるってことですかっ!?」
「ええ。そうね。そういうことになるわ。」
「それは、つまり・・・・私に・・・この私に、『死ね』と言っているのと同じことじゃないですかっ!?」
 慶花は再び泣き崩れた。嗚咽がさらなる涙を産んだ。
「生きる希望を失う」とは正にこういう思いをいうのだと慶花は思った。もしも施設入所当時の慶花だったら、いやまだ「慶太」としての意識が残っていた時だったら、この残酷な事実を告げられて、選ぶ選択肢は「自殺」しかなかったかもしれない。だが、幸か不幸か長期に渡る精神操作の過程で「自殺」を決断する勇気もなくなっている。自ら命を絶つことの恐怖心は、慶花の中では、他の何事をも超越した存在だった。つまり、例えどんな残酷な仕打ちであろうと生きながらそれを受け入れるしかないのである。
 そんな慶花の精神状態を十分に把握している瑞穂は、殊更冷淡な口調で言った。
「あなたが『死』を選ぶならそうなさい。何度も言っているけど、ここではすべて『自由意思』が尊重されるのだから。」
 慶花は泣きはらした目を瑞穂に向けた。その目は驚きで大きく見開いていた。
 慶花は内心思っていたのである。
(自分が「死」を口にすれば、瑞穂はきっと何か救いの手を差し伸べてくれるはずだ。だって、今までだってずっと自分のために力を尽くしてくれていたではないか。ここで見捨てるわけはない。)と。
 ところが実際に耳にしたのは、今まで聞いたこともないような口調とその内容である。慶花が驚くのは無理ないことだった。
 
 もちろん、瑞穂にはそんな慶花の心情は百も承知である。それを熟知した上での言動だったのである。   
(もう少し・・・・もう少しで慶花は落ちる。でも、焦っちゃダメ。冷静になるのよ。)
 瑞穂は、そう心に言い聞かせていた。
「ただ、『死』を選ぶ前にこれだけは知っておいた方がいいわ。法律だって永遠に変わらないわけではないってこと。つまり、あなたをこのような運命に導いた「国民適正化法」だって不変とは言えないってことよ。」
 慶花は瑞穂の言葉に顔を上げた。泣きはらした目は、次に続く言葉を待っていた。
「法律が変われば、慶花だって、もう一度国民として認められる可能性だってあるわ。もちろん手術を受けているんだから男性に戻る可能性はないけど、女性として普通の生活に戻ることはできるし、もしかしたら水瀬家への復帰も叶うかもしれないわ。その時にこの世にいなかったらどうするの? 後悔すらできないじゃないの。」
 
 慶花の目に一瞬光が差した。
 確かに瑞穂の言う通りなのだ。法律は絶対不変なものではない。変更される可能性も、いやなくなる可能性だってある。でも、そう簡単に変わることなどあるだろうか。
 瑞穂は慶花の微妙な心理状態を察知して言葉を継いだ。
「あなたはずっと施設内にいて、ほとんど世間の情勢がわかっていないかもしれないけど、『国民適正化法』に対する反対意見だってあるのよ。一昨日だって国会で激しく論争をしていたわ。」
 慶花の目には明らかな希望の光が宿っていた。嗚咽はいつしか消えていた。

 瑞穂は確かに嘘は言っていない。「国民適正化法」に対する反対意見があるのも事実だし、国会で激しい論争があったのも本当のことである。ただ、世論調査では支持9割に対し不支持はおよそ1割、首相に論争を挑んだ国会議員の所属政党が議席数3の超少数政党だったという事実を口にしかなっただけである。
 だが、ほんの些細なことにでも希望を見い出したいと思っている慶花には、そんな言葉の裏を感じ取る冷静さはなかった。慶花の頭には国論を2分するような大論争が巻き起こっているイメージしか浮かんでいなかった。
「わ、わかりました・・・先生がそうおっしゃってくださるなら、私、法律が変わることに希望を持って生きていきます。死ぬなんて、もう言いません。」
 慶花の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「そう。それを聞いて安心したわ。私だって慶花が死ぬなんて考えたくもないもの。」
 瑞穂の口元にも笑みが浮かんでいた。
 だが、二人の間の微笑みの交換はすぐに終わった。慶花の表情から笑みが消え、再び不安の色が浮かんだ。
「でも・・・・それまで・・・・それまでどうやって生きていったらいいのですか?この施設を出されて、どうやって・・・?」
 慶花の思いは当然だった。法律が変わることに希望を託して生きていこうにも、3か月後には施設から出なければならないのである。その厳しい現実には何の変わりもなかったのである。
 
 だが、瑞穂はこの問いかけが慶花の口から出ることを心待ちにしていたのだ。それこそが慶花を「ニンフ」化への最終段間に導く、大切なきっかけになることを彼女は知っていたのである。
「ねえ、慶花、これはあなただから言うんだけど、この施設を出てからも安心して生活できる方法が、たった一つだけあるわ。それには少し厳しい訓練が必要だけど、それが終われば生活には何の心配もいらなくなるわ。」
「えっ? そ、そんな方法があるんですかっ? 教えてください、先生、どんな方法なんですかっ!?」
「それは、ある特別な機関で仕事をしてもらうことなの。とても重要なお仕事で、国にも大きな貢献を果たすことができるのよ。だから、たとえ『Nランク』者であっても、そこでなら安心して生活を送ることができるの。」
「そんな重要なお仕事・・・私にできるでしょうか?」
「大丈夫よ、慶花なら。きちんと訓練さえ受ければ、きっとすばらしい『ニンフ』になれるわ。」
「ニ、ニンフ・・・?」
「ええ、そこで働く女性たちは皆、ニンフと呼ばれているの。だから慶花がもしそこで働けば、『ニンフ慶花』という呼び名がつくことになるわ。姓のなくなったあなたにはちょうどいいんじゃないかしら?」
「ニンフって・・・どういう意味なんですか?」
「う~ん、そうねぇ、確か・・・妖精とか美少女の意味だったと思うけど・・・」
 瑞穂はニンフ(nymph)が英語の俗語で、nymphomania(色情狂、淫乱)を表すことも、「特殊倶楽部」で受刑者たちの性の相手をする女性の名称であることも口には出さなかった。

「それで、どんなお仕事をするんですか?」
「そうね、おいおいわかると思うけど、まあ、労働する男性たちのお世話をする仕事とでも言ったらいいかしらね。」
「お食事とか、お掃除とか、お洗濯とかですか?」
「う~ん、まあそういうこともあるかもしれないけど・・・・」
「ああ、ホテルのメイドさんみたいなお仕事ですね? それだったら、私、自信があります。家事とか大好きですから。」
 慶花の顔が明るい笑みが浮かんだ。
「まあ、お世話するという意味ではメイドさんと似ているかもしれないわ。どう?やってみる?」
「ええ、お願いします。その『ニンフ』のお仕事、ぜひやらせてください。」
「訓練はきついかもしれないけど、いいのね?」
「は、はい・・・。」
「一度誓約書を書いたら、途中で止めることはできないけど、それでも大丈夫?」
「はい・・・大丈夫です。絶対に途中で投げ出したりしません。私これでも根気はあるんですから。」
 瑞穂は慶花の言葉に思わず吹き出しそうになった。その真剣な表情と口調もさることながら、「根気がある」という言い方がおかしかったのだ。
(慶花、確かにあなたは根気があるわ。私がこれまで何度も騙しているのに、今でも疑うことなく信じている。その根気には頭が下がるわ。もっとも、そうなるように仕向けているんだけどね。フフフ・・・)

 
 翌日、慶花は瑞穂に言われるまま「誓約書」を書いた。
「ニンフ」の仕事内容の説明を受け、自らの意思で志望したこと。誰からの強制も受けていないこと。そして、例えどんな厳しい訓練であろうと、途中で投げ出さないこと。 
 以上が誓約の内容だった。

 誓約書を書き終えた時、慶花の顔には明るい笑顔が溢れていた。
 すべてを失って絶望しかけたその時に一条の光が差し込んだようなものだ。笑顔が抑えきれないのは当然である。
 慶花はその光をもたらしてくれた瑞穂に心から感謝した。
 書き終えた誓約書を瑞穂に手渡すとき、慶花の目には大粒の涙が浮かんでいた。
 それを受け取る瑞穂の顔にも満面の笑みが浮かんでいたが、その笑みの種類は明らかに違っていた。
 瑞穂のそれは8か月かけてやっとここまで辿り着いたという安堵の笑みであり、これからの訓練で慶花がどんなニンフになるのかという期待の笑みであり、そしてその「ニンフ慶花」を一日も早く弄びたいというサディスティックな笑みでもあった。
 その夜瑞穂が、逞しい受刑者に組み敷かれるか細い「ニンフ慶花」の姿を想像しながら、オナニーに耽ったのは言うまでもない。

 さらに一週間後、慶花は退院の日を迎えた。
 前日の朝、術後初めて、その痕跡を目の当たりにした。
 不思議な姿だった。それまでは矮小化していたとは言え、ビー玉大の球体が皮膚の下には確かに存在していた。それが何もなくなっているのである。陰嚢を触っても跳ね返してくるものは何もなく、ただグニュッと余った皮膚が動くだけなのだ。それは寂しいというよりは滑稽だった。
 陰茎はまだ変化は見られない。恐らく手術以前に矮小化がかなりの段階まで進んでいたので、ここから先の変化は緩やかに進むのではないかと、診察した医者は言った。
慶花が変化を最も明確に認識したのはピンクのショーツを身につけた瞬間だった。
 フィット感がまるで違うのだ。ステッチの繊維が直接身体にまとわりついてくるような感じがする。極端に言えば、繊維と皮膚が一枚に張りつくような感覚である。それは違和感ではあったが、決して不快ではなく、むしろ心地良かった。
(ペニスがあってもこんなフィット感を感じるなら、もしペニスまでなくなったらどんな感じになるんだろう。)
 慶花は知らず知らずの内にそんなことを考えている自分に気付き、思わずハッとした。


****************************************
 
 慶花は病室まで迎えに来た瑞穂と共に部屋を出、そのままカウンセリングルームに向かった。
 部屋には珍しく先客がいた。30代半ばと思しき男女だった。二人はどうやら知り合いらしく、慶花と瑞穂が入室した時にも親しげに談笑していた。
「お待たせしました。今退院してきましたので。」
 瑞穂はそう言うと、右手を差し伸べた。最初は男、そして次に女がその手と握手を交わした。
 立ち上がった姿を見ると、男はかなり身長が高く、体格もよさそうである。笑顔は見せているが顔つきはかなり厳めしい。時折、慶花を見る目が威圧的で、思わず身を固くした。
 女の方も比較的身長は高めで、いくぶん太めの体型と合わせてみると、かなりの存在感を醸し出している。その雰囲気は濃いめのフルメイクを相まって、どこかのSMクラブの女王様のようにも見える。
 
「この子が担当して頂く慶花です。よろしくお願いしますね。」
 瑞穂は二人に慶花を紹介すると、次に慶花に向かって、
「こちらのお二人があなたの訓練を担当してくださる近藤幹夫さんと望月加奈子さんよ。ちゃんとご挨拶しなさい。」と言った。
「く、訓練って・・・?」
「バカね、あなたがニンフになるための訓練に決まってるでしょう?」
 慶花はハッとした。ニンフになるために訓練が必要なのは聞いている。ただ、ニンフがホテルメイドみたいのものと思っている慶花には、その訓練を目の前の男女が担当するというイメージがわいてこなかったのである。

「し、失礼しました・・・慶花と申します。これからどうぞよろしくお願いします。」
 慶花は慌て気味にお辞儀をすると、挨拶の言葉を口にした。
 加奈子は口元を弛めると、慶花の方に近づき右手を差し出した。
 慶花は当然握手を求められたものと思い、同じく右手を出した。
 ところが加奈子の手はそれを避けるかのように上方をへ移動し、慶花の細い顎を捉えた。そして顎をわずかに持ち上げ、視線を合わせると、フッと息を吐き出すようにして笑った。
「これはなかなか可愛い顔をしているわ。おどおどした伏し目がちも色っぽいわ。うん、これは鍛えれば相当なニンフになるわね。ハハハ・・腕がなるわ。」
 加奈子はそう言うと、握手などする素振りも見せぬままソファに座った。
 慶花の心に不安が走った。加奈子の話しぶりから、ニンフがただのホテルメイドではなさそうだということがわかったからだ。
 そしてその不安はこの後3人の間に交わされる会話を耳にすることで、増幅させられることとなったのである。

「望月さんたちは今回で担当は何人目??」
 瑞穂は目の前に座っている加奈子と幹夫に向かっていった。
 何故か慶花は3人の輪の中には加えてもらえず、一人離れた予備の席に座るよう指示された。だが、それはある意味良かったと言える。3人からのあからさまな視線に晒されるのを避けられるからだ。
「今回で二人目よ。一人目の子は先週終わって、「特殊倶楽部」に送ったばかりよ。」
(「特殊倶楽部」っていったい何なの?)慶花の心に不安が広がった。
「あら、まだ二人目なの?」
「それはそうよ。だって一人の訓練に2か月から3か月かかるんだもの。掛け持ちするわけでもないし。」
「そうね、その間一人にかかりきりだものね。で、その一人目の子ってうまくいったの?」
「うん、それがね・・・結構大変だったのよ。外見とか仕草とか言葉遣いはどこかの令夫人っていう感じでニンフには最適だったんだけど、元々某有名私立中学の校長で、かなりプライドの高い人だったらしくて、ニンフの仕事がどんなものかわかった途端、急に態度が変わって反抗的になったのよ。」
「あら、もしかしてブロック4までの精神操作がうまくいってなかったのかしら?」
「う~ん、だとしたらこっちはいい迷惑だわ。実技指導はこちらが責任持ってするけど、精神面は先生たちにお任せなんだから、そこは責任もってやってくれないと。」
「ごめんなさいね。私が担当カウンセラーになり代わって謝るわ。」
「それはもういいけど、先生、この慶花って子は大丈夫よね?途中で態度が変わって反抗的になったりしないわよね?」
 三人の視線が一斉に慶花に向けられた。慶花はその視線に耐えきれず、俯いた。頬には赤みが差していた。
「この子は大丈夫よ。とても素直で従順だし、それにどんなつらい訓練だって途中で投げ出さないって誓約書まで書いているんだから。ね、慶花、そうよね?」
 瑞穂はそう言うと、慶花の方に視線を送った。その目には有無を言わせぬ強制力があった。
「は、はい・・・」
 慶花には、蚊の鳴くような微かな声でそう答えるのが精一杯だった。

「それで、その反抗的な子どうしたの? 訓練をあきらめたわけじゃないんでしょ?」
「アハハ・・・そんなわけないでしょ。私もここにいる幹夫も、そんなに甘くはないわよ。
智美も・・・ああ、智美っていうのはその子の名前ね。元々は智士っていったらしいんだけど・・・。智美も、幹夫から平手打ちされたり、私からスパンキングを受けるたびに少しずつ反抗心も薄らいでいったわ。」
(平手打ち? スパンキング? 訓練ってそんな厳しいの?)慶花の不安は増していった。
「そう、じゃ、よかったじゃない。その後は訓練もスムーズにいったんでしょ?」
「ところが、そうはいかなかったのよ。ニンフとしての心得とか振る舞いとかまではなんとか進んだんだけど、いざ、客との接し方になると、また反抗的な態度をとるようになってきたのよ。特に客役の幹夫への実践練習になったら大変よ。泣き出すわ。逃げだそうとするわ。」
「それは大変ね。で、どうしたの?」
「フフフ・・・智美のプライドをズタズタにしてやったのよ。」
「ええ? どういう風に?」
「あのね、特別に許可を取って、智美が校長時代に特に厳しく指導していた元女子学生二人に来てもらったのよ。」
「ええ?何のために?」
「彼女たち、制服のスカート丈のことでよく校長室に呼び出されて、叱られていてみたいなの。時には罰としてスパンキングまでされたって聞いたわ。だから、逆に智美をスパンキングしてもらうためにね、呼んだってわけ。元教え子に女性化した姿を晒すだけじゃなくて、スパンキングまでされるんだから、もうプライドはズタズタでしょ?ハハハ・・」
「まあ、すごいこと考えついたわね。でも、それは確かに効果的かもしれないわ。」
「うん。で、その時の智美に何着せたと思う?フフフ・・・制服よ。 彼女たちが着ていた制服、しかも一番スカート丈の短いやつ。」
「うわっ、残酷ね、それは・・・。でも、ちょっと見てみたかったなぁ。フフフ・・」
「私も見せてあげたかったわ。あんな面白い場面、めったに見られないもの。彼女たちも最初は半信半疑だったけど、途中からはもうすっかりその気になっちゃって、しまいには高校時代に自分たちが言わされたセリフを智美が言うまでスパンキングを止めようとしなかったのよ。」
「へぇ、どんなセリフ?」
「『淫乱女子高生の智美はいつも男の子たちにパンチラを見せたくて、こんな短いスカートを履いています。男の子たちが智美のパンチラをオカズにオナニーしているのを想像するだけで感じちゃうんです。どうか、そんな変態マゾの智美をお仕置きしてください。』って、何度も何度も言わせるのよ。しかも泣き出して許しを乞うまでね。女の子って残酷よねぇ・・・ハハハ」
「うわぁ・・それは見物だったわね。何か想像するだけで興奮しちゃうわ。ねえ、慶花、あなたも反抗的な態度とってみてくれない? そうすれば私も面白い場面見られるから。
慶花の場合なら、元部下のOLとか呼んだら面白そうなんだけどな~ ハハハ・・・」
 慶花は瑞穂の言葉にゾッとした。瑞穂のサディスティックな一面が垣間見えたこともさることながら、元部下のOLにスパンキングされる自分の屈辱的な姿を想像して寒気がしたのである。
 慶花は、たとえどんなに訓練が厳しくとも、反抗的な態度だけは絶対に取ってはいけないと、無意識の内に心に言い聞かせていた。
(それにしても、反抗的な態度を示しただけでそんな厳しい罰を与えられるなんて、一体どんな訓練なの? そしてそんな訓練をしなくてはならない「ニンフ」というのは一体どういう人たちなの?)慶花の心には、新たな不安が次から次へとわき上がってくるのだった。
 

 その後、不安がぬぐい去れぬままカウンセリングルームを出た慶花は、瑞穂と二人の「トレーナー」、加奈子と幹夫の後に従った。
 向かった先は「ニンフ」となるための訓練室でもあるブロック5の一室であった。
 部屋に入った途端、慶花の不安は頂点に達した。
 室内の雰囲気が、これまで経験してきたそれとは全く異質だったのである。
 まず目に飛び込んできたのはボルドーカラーの壁面と、クラシックなデザインのソファ・テーブルなどの調度品、そして外光を遮断する厚手の遮光カーテンだった。
 奥には同系色の壁面に囲まれたベッドルームが別にあり、ダブルベッドやドレッサー、そしてかなり大きめのクローゼットが置かれていた。
 部屋全体から醸し出される雰囲気と、調度品類のデザイン、そしてベッドサイドのピンクの照明などを合わせて見ると、普通の部屋でないことは一目瞭然である。
「売春宿」・・・それが、慶花の受けた第一印象だった。
 一時代前の洋画で見た売春宿の一室が、目の前に再現されているようだった。

「ここが慶花のこれからの部屋になるのよ。もちろん、トレーニングもここで受けることになるわ。クローゼットの中には衣類も揃っているから後で確認しておいて。それからドレッサーの化粧品類もね。」
 瑞穂は不安げな顔つきで部屋中を見回している慶花に声をかけた。
「は、はい・・・でも何でこんな売・・・・か、変わった部屋で・・・」
 慶花は「売春宿みたいな」と言いかけて止めた。なぜかその言葉を口に出すのが憚られた。  
「決まっているでしょ? 早く慣れてもらうためよ。」
「慣れるって?」
「この部屋は、あなたがこの施設を出て、ニンフとして働く部屋を再現してあるの。だからここで慣れておけば特殊倶楽部に行っても戸惑わないでしょ?」
「と、特殊倶楽部って何なんですか? そ、それに・・・何故、こんな売春宿みたいな・・・」
「売春宿・・・みたいな?」
「ええ、この部屋を見たら誰だって・・・」
「フフフ・・・それはちょっと言葉の使い方がおかしいわね。」
「え?」
「だって、『売春宿みたいな』ではなくて、『売春宿そのもの』だもの。」
「ど、どういうことですか?」
「だって、『特殊倶楽部』は売春宿そのものだもの。ニンフはそこで働く娼婦のことよ。しかもただの娼婦ではないわ。どんな客の要望も受け入れる従順な心とテクニックを身につけた完璧な娼婦よ。慶花、あなたはそんな娼婦になるのよ。そのためにこれから厳しい訓練を受けるの。わかった?」
「そ、そんな・・・そんなぁ・・・・」
 慶花はそれだけ言うと、膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。ガクガクという痙攣が全身に全身を襲った。
 
 そんな慶花を抱き上げたのは、ずっと二人のやり取りを微笑みながら見ていた加奈子だった。彼女は後ろから震える慶花の小柄な体を抱き上げると、
「あらあら、こんなショックを受けちゃって、かわいそうに。大丈夫よ、心配しなくても。『パパ』と『ママ』の言うことを良く聞いて、言われた通りお勉強すれば、りっぱなニンフになれるわ。」と言い、まるで泣きじゃくる子供をあやすかのように、慶花の頭を撫でた。
「加奈子さん、『パパ』と『ママ』ってどういうこと?」
 瑞穂が微笑みながら、加奈子に尋ねた。
「フフフ・・・私たち、訓練中はそう呼ばせることに決めてるの。だから慶花にも当然そう呼んでもらうわ。」
「ええ?相手が年上でも?」
「そんなの関係ないわ。現にこの前の智美なんて本当はわたしたちより15歳も年上だったのよ。」
「まあ、15歳も年下の二人を『パパ』と『ママ』と呼ばなくてはいけないなんて屈辱的ね。」
「フフフ・・・ただ呼ばせるだけじゃないわ。訓練の前には必ず、目を見て挨拶させたわ。『パパ、ママ、今日も智美にフェラチオのご指導よろしくお願いします。智美のオクチでパパのチ○ポ、ご満足頂けるよう精一杯ご奉仕いたします。』ってね。でも、それを言いながら智美ったら涙流していたけどね。ハハハ・・」
「フフフ・・それはよほど悔しかったんだわ。でも、慶花は良かったわね。そんなに年の差がないもの。確か、6歳違いでしょ? たとえ相手が年下でも、その位なら『パパ』と『ママ』と呼ぶのは抵抗ないものね? ん? そうでしょ、慶花?」
 慶花は呆然とする意識の中で、加奈子が自分より6歳年下であることを知った。
 だが、そんなことはどうでもいいことだ。
 年下の男女をパパとママと呼ぶことなど大したことではない。問題はその「パパ」と「ママ」から受ける訓練が「ニンフ」という名の娼婦になるための訓練だということだ。
 
「せ、先生・・・どうしてちゃんと教えてくれなかったんですか?ニンフが娼婦だとわかっていたら私・・・・」
 慶花は涙混じりの声で瑞穂に詰問した。
「あら、ちゃんと説明したわよ。男性のお世話をする仕事だって。」
「そ、そんな・・・」
「あなたが勝手にホテルメイドみたいなものだって思いこんだんでしょ?」
「で、では・・・取り消してください。私、ニンフなんかになりたくないですっ!」
「アハハ・・・バカね。そんなことできるわけないでしょ。一度誓約書まで書いたのよ。あなただって実業界で仕事してきたんでしょ?その位わからないの? ああ、なるほど、もうすっかり世間知らずのお嬢様になっちゃって、そういう社会の厳しさも忘れちゃったのね。」
「じゃあ、どうしたら・・・どうしたらいいんですか?」
 慶花の声に嗚咽が混じった。
「決まってるでしょ。あなたはニンフになるしかないの。もう後戻りはできないのよ。一生懸命訓練をうけて、一人前の売れっ子ニンフになることね。」
「で、でも・・・やりたくないんです。どうしてもニンフになりたくないんです。」
「いい加減になさいっ! いつまでも抵抗するなら、あなたも智美のように元部下のOLでも呼んでスパンキングしてもらうわよ!」
 瑞穂の言葉に慶花は泣き崩れた。
 慶花は自分の無力を悟った。元部下のOLを呼ばれるという脅しに対してではない。いや、それも大きな理由だが、それ以上に、もはや何を言っても覆らないという厳しい現実に対しての無力感だった。

 
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 一言で「ニンフ」と言っても、皆が同じタイプの娼婦というわけではない。
 それでは多くの客達の様々な好みに合わせられないし、客も飽きるからである。
 そこで、施設ではブロック4終了時点までに、各「Nランク」者の容貌、スタイル、性格、雰囲気等を考慮してモデルとなる「ニンフ」像を作り上げ、ブロック5ではそれに近づけるよう徹底した訓練が行われる。

『やむなく娼婦に身を落とした没落貴族の元令嬢』・・・・それが、慶花に与えられたモデルだった。
 つまり外見、物腰、仕草、言葉遣いは上品でとても娼婦には見えないが、客の前ではあらゆる性的奉仕もこなす。ただ、その奉仕も生活のためにやむを得ず行っているような恥じらいや躊躇いを常に滲ませている。
 そんな複雑な役どころを慶花は演じなくてはならないのだ。
     
「でも、それができたらS男性からは大モテになるわ。そういう儚げな女を犯したくなるのはS男性の本能だからね。まして客は受刑者なんだから、きっとそういう一見取り澄ました上品な女を汚したいという欲望のある人はたくさんいるはずよ。」
 訓練前で不安な表情を浮かべる慶花に、加奈子はそう言った。
 
 この時、慶花は「ニンフ」が相手をする客が受刑者であるということを初めて聞かされ
た。ただ、聞いた瞬間こそ怯みはしたものの、それもすぐに消えた。「ニンフ」として客を相手にすること自体がもっと大きなウエイトを占めていたからである。

(深窓の令嬢然とした外見、物腰、仕草、言葉遣い等はすでにブロック4で完璧に仕上がっている。後はそこに背徳感のある娼婦像を付け足せばいいのである。)と加奈子は思った。
 
 まず、加奈子は慶花に次のことを義務づけた。
 服装はフェミニンで上品なもののみを着用し、ライトメイクであること。ただしその下に着るランジェリーは猥褻でエロティックなものでなくてはならない。
 そしてベッドでの実技指導の前にはランジェリー姿になると共に、ヘビーでセクシーなフルメイクを施す。 
 実はこれには加奈子なりの狙いがあった。
「特殊倶楽部」で実際に客を迎えることを想定したのである。
「特別室」に入ってきた客が最初に目にするのは場違いな程上品な令嬢の姿である。受刑者である客にしてみれば正に住む世界の違う、「高嶺の花」とも言うべき女である。もしかしたら部屋を間違えて入って来たのではという錯覚さえ抱くかもしれない。だが、その女が着ている服を脱ぐと、ストリッパーと見紛うばかりの扇情的なランジェリーを身に着けている。客はまずその意外性に魅了されると同時に、この女は娼婦なのだと再認識する。お高く止まっているが、自分に犯されるのを待っている女なんだ。ただ、気恥ずかしそうにしたり、俯きがちにしたりするのを見ると、もしかしたら無理矢理誰かに脅されているのかもしれない、と客は一瞬躊躇いを見せるかもしれない。女はそんな客をベッドに誘う。
相変わらずぎこちない仕草である。しかし、客をベッドに寝かせると、ドレッサーに向かい、セクシーはフルメイクを施す。客はここで確信する。女は自ら化粧し直して誘っている。あの真っ赤な口紅は俺にキスを、そしてフェラチオを求めている。客は欲情し、女をベッドに押し倒す。唇を奪い、自らのペニスを真っ赤に唇に押し当てる。嫌なら避けるはずなのに、女は唇を開き、ペニスを飲み込んでいく。女の顔は羞恥に赤くなっている。客は思う。きっと内心は受刑者である俺を蔑んでいるのだろう。しかし、お前は客の要求を満たさなければならない。なぜならお前は娼婦だからだ。嗜虐欲をかき立てられた客は陵辱の限りを尽くす・・・・・・。
 加奈子の中では「ニンフ慶花」がすでに映像となって見えていたのである。
 
 実技指導はベッドルームでの振る舞い、言動、仕草の訓練が一通り行われた後、ディルドウを使った実践的な訓練に入った。
「一口にペニスへの愛撫って言っても、たくさんのバリエーションがあるわ。主なものだけでも、指を使った手コキ、脚をつかった脚コキ、オッパイを使ったパイズリ、それに舌と口を使ったフェラチオがあるわ。それを客の反応を見ながら巧みに使い分けられるようにならないとニンフはつとまらない。客が口に出して要求した時はもちろんだけど、言われなくても何を望んでいるのか察知しなくてはいけないの。わかったわね?」
 加奈子は実践的訓練の前に諭すような口調で言った。
 慶花の心には言いようもない屈辱感が溢れていた。
 加奈子が自分に「手コキ」「脚コキ」「パイズリ」「フェラチオ」などの言葉を臆面もなく使うのは、自分が加奈子にとってそういう言葉を遠慮なく使える相手だということだ。それは自分がそういう行為を躊躇なくこなすことのできる人間、すなわち娼婦であると認識していることの証であるように思えたのだ。

 ディルドウを使った実践的訓練の中で、慶花を最も苦しめたのはやはり「フェラチオ」の習得だった。もちろん、手や脚、胸といった部分での奉仕のマスターも決して易しくはなかったが、それらはまだテクニックをマスターすれば比較的容易にこなすことができた。
ところが口と舌での奉仕ということになると、たとえ擬似ペニスといえども、口に触れなくてはいけない。リアルなペニスを模したディルドウを口に触れることはひどく屈辱的な行為に思えたのだ。だから技術以前の問題として、意識の面を克服しなければならなかった。
 また技術面にしても、他の奉仕とは比べものにならないくらい細やかなテクニックが要求された。例えば舌の使い方でも、「ここは舌先をとがらせてつつくように」とか、「ここは舌を柔らかく使って、舐め上げるように」とか、「茎の部分は舌の側面を使って刺激するように」とか、加奈子の指導は詳細に渡った。
 そして少しでも違う動きをすると、「何やってるの! さっき教えたでしょ? そこはもっとゆっくり舐め上げないとだめでしょ! もう、全く、あんただって、仮にも元男だったんだから、どこが気持ちいいのかくらいわかるでしょ?」などと容赦のない言葉が飛んだり、「もう、いい加減に覚えなさいよ。睾丸を舐めるときは優しく愛おしそうに舐めなさいって言ったでしょ?もしそういう気持ちになれないんなら、それが失った自分の睾丸だと思いなさい。そうすれば嫌でも愛おしく思うでしょう?」などといった残酷な言葉まで受け止めなくてはならなかった。

 ディルドウを使っての訓練でさえ苦労したのだから、近藤幹夫を客に見立てての訓練がどれほど困難であったかは容易に推測できるであろう。何しろ他人のペニスに触れ、口中に受け入れなければならないのだ。しかも6歳も年下の幹夫を「パパ」と呼びながらの奉仕である。そのおぞましさは背筋を寒くさせ、恥辱は顔を紅潮させ、そして屈辱は涙をもたらした。 
 慶花が泣きながらでも、幹夫のペニスに手を触れることができたのは、この訓練に入って3日目のこと。そして「手コキ」のテクニックにオーケーが出たのが、それからさらに3日後。その後、「脚コキ」のテクニックをマスターし、「パイズリ」による顔面シャワーを経験したのがさらにその6日後。
 しかしその後の「フェラチオ」の段階に入ってからは、なかなかオーケーが出なかった。

「フェラはニンフにとって最も大切なテクニックなのよ。これが下手だったら指名がつかないの。そうなったらニンフとしては失格。それがどういう意味かわかるわよね?」
 加奈子は、どうしてもフェラチオへの拒否反応が消えない慶花に、半ば脅しとも取れる言葉を投げかけたのである。
 それは慶花の心を動かすには十分だった。ニンフ失格が慶花にとって「死」をも意味する重大事であることは言うまでもないことである。
 その後慶花は嘔吐感と闘いながらも、加奈子の指示通りフェラチオの特訓に集中した。
幹夫のペニスから放出される夥しいザーメンを燕下もしたし、放出直前で口から離し顔で受け止めもした。その度に涙が出るほどの屈辱感を味わいながらも、加奈子のオーケーをようやくもらうことができた。
 ただ、加奈子がオーケーを出す際に付け加えた言葉は、慶花の心にさらなる屈辱感をもたらした。
「うん、なかなか上手になったわね。特に客がイキそうになると、動きを弛めたり、またちょっとしてから動きを速めたりするなんてテクニック、一体どこで覚えたの?もしかして男だった時にも他の男のペニス、おしゃぶりしてたんじゃないの? フフフ・・・」 
 決して加奈子の言うようなテクニックを使ったわけではなかった。
 客役の幹夫が大量に放出するザーメンを口中で受け止めるおぞましさに怯み、絶頂に導くのを躊躇っただけなのだ。
 それが、客に快感を長く味わってもらうための、娼婦としての高等テクニックだということなど慶花には知るよしもなかった。

 実践的訓練に入って、慶花を精神的に苦しめたものの一つに、アナルの調教があった。
 朝夕2回のエネマ(浣腸)と、アナルプラグの挿入が義務づけられた。
 エネマの苦しさは1週間ほどで慣れてきたが、アナルプラグの異物感にはどうしても慣れることはできなかった。いや、正確に言えば、「慣れさせてもらえなかった」と言うべきかもしれない。一つのアナルプラグに慣れたと見ると、加奈子の指示によってサイズアップされたものに交換させられたからだ。
 当初、アナルプラグの目的は姿勢を正すためで、エネマはプラグの挿入をしやすくするためだと言われた。
 確かにプラグを挿入していると、アナルに力を入れるため背筋は伸び、姿勢は良くなる。
それに脱落を防ごうとするため歩幅が狭くなり、自然と内股になる。それらの動きを女性的というなら確かにアナルプラグには効果があると言える。
 だが、それなら何故サイズアップの必要があるのだろうか。
 慶花はその疑問を思い切って加奈子にぶつけてみた。
 実は慶花にとって加奈子に質問するという行為自体、相当覚悟のいることだった。下手な言い方をすると口答え、または反抗的と取られ罰を受けることにもなりかねないのだ。それまでも、何度スパンキングの洗礼を受けたかわからない。
 慶花はできる限り機嫌を損ねないよう、言葉を選ぶ必要があった。

「ねえ、ママ。慶花、聞きたいことがあるんだけど・・・・」
 上目遣いで、遠慮気味に言った。
 加奈子は慶花が、自分を「ママ」と甘えた口調で言い、「慶花」と自称するのが特にお気に入りだった。年上の元会社経営者が、屈辱に耐えながら卑屈な態度を示すのが加奈子のS心を十分に刺激するらしかった。
「なあに? 慶花、聞きたいことって?」
 加奈子は満足げな笑みを浮かべた。どうやら慶花の口調が気に入ったようだ。
「あのね、ママ、どうしてサイズを変えるの?」
「サイズ? 何のサイズ?」
「あの・・・慶花の・・・お尻の・・・あの・・・」
「ああ、アナルプラグのサイズね? フフフ・・」
 慶花は黙って頷いた。
「決まってるでしょ? 慶花のアナルを広げるためよ。」
「え?何のためにそんなこと・・・?」
「バカねぇ、どんな大きなペニスでも受け入れられるようにするためでしょ?フフフ・・」
「ぺ・・・ペニス・・・!?」
「イヤねぇ、何をそんなに驚いているの? 当たり前のことじゃない。ニンフは身体のすべてを使って、客を満足させなくてはいけないのよ。アナルセックスだって訓練しておかなくちゃ。」
 慶花は言葉を失った。信じがたいことだが、慶花はこの時までアナルセックスのことは頭になかった。ニンフが娼婦である以上、客の性を受け止めなくてはならないのはわかっている。だから、例えどんなに辛くとも手や胸や口の訓練も受けてきた。しかしアナルセックスのことは微塵も考えたことはなかったのだ。
 もし訓練開始時に、慶花の心の中に「男」の部分が多く残っていたなら、男の性を受け止めると言われれば、きっとアナルセックスを連想したに違いない。
 だが、女が男の性の相手をすると言われ、それを連想するはずはない。つまり慶花の心はすでに「女」であったのだ。
 
 幸か不幸か、慶花がこの質問を加奈子にした時、慶花のアナルはディルドウの太さなら十分飲み込めるだけの拡がりを持っていた。
 だから、訓練としてディルドウを受け止めることに、肉体的な苦痛はほとんどなかった。しかし肉体的苦痛がないことがかえって精神的苦痛を増幅させた。
 自分のアナルが排泄器官ではなく、男の性を受け止めることのできる女性器に変わっているのだという現実。そしてその性器を使わなければ生きていくことさえできない人間に堕ちてしまったのだという事実。それが慶花の心を苦しめたのだ。
 
 アナルセックスを特別視していたのは慶花自身だけではない。訓練を指導する側、つまり加奈子や幹夫たちにとっても特別だったのである。
 それまでの訓練では、ディルドウでのレッスンが終了すると、必ず客役となった幹夫を相手に「実践練習」を行わなければならなかった。だが、アナルセックスだけはそれがなかったのだ。
 ディルドウでのレッスンにオーケーが出たことで、いつ幹夫との「実践練習」に移るのかと毎日が憂鬱であった慶花にとって、そのこと自体嬉しいことだったのだが、反対にそれがないことへの不安も感じていた。
 
 実は「N/Nプロジェクト」を通じてニンフとなった者たちは「アナルバージン」のまま、各「特殊倶楽部」に送られることが決められていたのである。
 もちろんそれはニンフの身体を守るためなどではない。あくまで所管部署側の恣意によるものだった。
 彼らの関心事は主に二点あった。
 一つは受刑者達の労働意欲をいかにして高め、維持することができるかという事。そしてもう一つは、特殊倶楽部での過酷な性的奉仕によってニンフ達が精神的病に冒されたり、自殺に追い込まれたりする危険性を排除する事だった。
 その二点を同時に解決するために考えられたのが、新ニンフの「アナルバージン」の利用だった。

 まず、受刑者達には自分たちが利用する「特殊倶楽部」に新ニンフがやって来ることを事前に通知する。
 同時に情報として、そのニンフが元男性であり睾丸摘出済みではあるが矮小化したペニスは残っていること。女性化したのも、ニンフになったのも本人の強い意志によるということ。ニンフになるための厳しいレッスンを受け、あらゆる性的奉仕が可能なこと。そしていまだに「アナルバージン」であることを付け加える。
 むろん、そのニンフがどれほど魅力的な「女」であるかを示す、フルヌード写真付きプロフィールも添えて。
 受刑者達には、仕事ぶりによって報奨として「彼女」の「ロストバージン」の相手ができる権利と共に、以後、特殊倶楽部内において「彼女」の「恋人」として楽しむことができる権利を与える。後者の権利は言い換えれば、『優秀勤務賞』を受けなくても常に『特別室』でのプレイが約束されたようなもので、受刑者達にとっては極めて魅力的な特典になるはずである。
 もちろんその特典の恩恵に預かれるのは一名しかいないが、全員がそれを目指すことで労働意欲向上に繋がると考えたのである。

 しかしこれだけでは二つ目の問題、つまりニンフ達への問題が解決されない。
 ニンフ達がどんなに過酷な性的奉仕を強要されても、自分を失わず自殺などへ気持ちが向かわないようにするには、何と言っても精神的支えが必要である。ただ、頼る者を奪われた新ニンフ達にとって、その役割を担ってくれる人はいない。そこで「彼女」のロストバージンの相手を恋人にし、精神的支柱にさせようと考えたのである。
 もちろんそれには基本的な大問題が残されていた。つまり肝心な「彼女」の方の気持ちである。いくら当局側が仕向けようとしても「彼女」がその男を心から愛し、恋人と思わなければ、そんな計画は成立しない。
 そこで考え出されたのが、「特殊倶楽部」送致前に、「彼女」たちに行う「最終精神操作」であった。専属のカウンセラーによる、洗脳と催眠療法を駆使した精神操作を通じて、「彼女」たちは3つの事柄を意識下に受け付けられる。
 一つ目は、「アナルバージン」を奪った男こそ、たった一人のよりどころであり、心から愛する恋人であるということ、二つ目は、その男は自分にとって絶対的な強者であり、その命令、指示には喜んで従うこと、そして三つ目は、その男のザーメンが自分にとって最上の「ご褒美」であり、アナルだけでなく口でも手でも胸でも、それを受け止める時こそ至福の喜びと感じること、である。
 慶花の専属カウンセラーである瑞穂は、三点目の精神操作に最に神経を払った。
 やり方を間違えると単なるザーメン依存症の淫乱女を作り出すことになってしまうからである。もちろん「ニンフ慶花」に求められているモデルがそれであるなら問題はないのだが、慶花に求められているモデルは「やむなく娼婦に身を落とした没落貴族の元令嬢」である。すべての男に無差別に本気になっているようでは困るのである。本気になるのは愛している彼だけ、他の客には本気を「演技」で示せるようなニンフに導かなければならないのだ。これには精神操作に長けた瑞穂でも、相当な時間を要する難事業だった。


 こうしてブロック5での約2か月半にも及ぶ訓練期間を終えた「ニンフ慶花」は「第3特殊倶楽部」へ送られることが決まった。
「第3特殊倶楽部」というのはあくまで通称で、「第3労働者収容所」内にある「特殊倶楽部」という意味であり、全国に十数カ所ある「特殊倶楽部」のうちの一つである。

 施設を旅立つ日の朝、慶花は真っ赤に泣き腫らした目をカバーするためにいつもより濃いめにメイクをした。
 慶花の涙の理由は施設や瑞穂との別れを惜しんでいるからではない。また、これからのニンフとしての生活に恐れや不安を感じているからでもない。いや、厳密に言えばそれもあるのだが、それ以上に大きいのは、前日睡眠薬で眠らされている間に施された「タトゥー」のことだった。
 右側のヒップの脇に小さな黒い文字で「SC-3」、そしてその下に小さな赤い文字で「NYMPH KEIKA」と彫られたタトゥーは縦3センチ、横4センチほどの小さなものだが、初めて目にした慶花には実際の大きさよりずっと大きく目立つ物に思え、ショックで口を開くことさえできなかった。
 「SC-3」が「第3特殊倶楽部」所属であることを意味し、さらに赤文字によって「ニンフ」であることを示す、そのタトゥーは一生慶花の身体から消えることはないのだ。例え法律が変わり普通の生活ができるようになったとしても、元ニンフであった事実は消し去ることができない。そう思うと涙が抑えれらなくなった。

 だが、嘆き悲しむ慶花に加奈子はさらなる残酷な言葉を投げかけた。
「そんなに悲しんでいるところに、言いにくいんだけど・・・、前のタトゥーも確かめた方がいいんじゃない?」
「ま、前の・・・タトゥー?」 
 慶花はそう言うと、視線を真下に落とした。タトゥーらしき跡は目に入らなかった。
「アハハ・・・巨乳が邪魔して下が見えないのね?ペニス・・・いえ、クリトリスを見てみて。」
 慶花は加奈子の言葉にドキッとし、思わず両乳房の間を両手で広げた。N1新薬の常用で、すでにEカップにまで膨らんだ巨乳によって遮られた真下への視界を広げるためだ。
「ええ? な、何これ・・?」
 慶花はそれを目にした瞬間、膝の力が抜け、ベッド脇に倒れ込んでしまった。
 何と、小指の先ほどの大きさしかない慶花の「クリトリス」に細かい黒い文字で彫り込まれていたのである。例えサイズは小さくとも、永久脱毛によってむき出しにされたその部分に視界を遮るものはなかった。
『元一流企業社長 水瀬慶太』の文字は接近すれば、誰でも読みとることができるだろう。

「な、なんで・・・なんでこんなことをしたんですかっ!?」
 慶花は思わず叫び声を上げた。その声は怒りの震えていた。
「仕方ないわ。決まりだもの。特殊倶楽部から、ニンフが逃亡した場合に備えて、現在と過去の身分をタトゥーとして入れておくことになっているのよ。こうしておけば逃亡したニンフだってすぐにわかるでしょ?フフフ・・・」
「だからって、何でこんな・・・」
 慶花はここまで言って泣き崩れた。本当は問い質したいことはあった。逃亡に備えるためなら現在の身分、つまり所属特殊倶楽部名とニンフ名だけで良いではないか、何故過去の身分までタトゥーとして身体に彫り込む必要があるのか、しかも、それをペニスに記すという屈辱的な方法を選択する理由がわからない。
 実はこのタトゥーには逃亡対策以外にも、明確な目的があった。いやそれこそが最大の目的だったと言っても過言ではない。逃亡対策は後付けで生まれた目的だったのだ。
 当局としては、ある時期になれば新ニンフの性転換手術を行いたいと考えている。当然客とのプレイのバリエーションを増やすためにも必要なことなのだ。だが、表面上は何事も「自由意思」である形を取っておく必要があるので、手術を強制するわけにはいかない。新ニンフ自身が手術を申し出るように導かなくてはならない。そこで考えたのがペニスに元の身分をタトゥーする方法だった。
 ペニスのタトゥーを目にした客の中には昔の身分をネタにからかったり、羞恥心を煽ったりする者もいるだろうし、慶花のように社会的立場の高かった者に対する劣等感から、殊更暴力的になったり、陵辱欲をかき立てられたりする者もいるだろう。客の言動がエスカレートし、それに耐えられなくなったニンフはペニスのタトゥーを消すことを求めるだろう。担当者はそれを拒絶するが、代案を示す。それがタトゥーだけでなくペニスごと除去する手術である。当然ながらニンフは拒否するだろうが、客の嗜虐的な要望が増えていくにつれ最終的にはみずから手術を望むようになるだろうというのが当局の考えたシナリオだった。

 そんな奸計が背後で計られていることも知らずに、慶花は時折頬に涙を流しつつも、出発時間に遅れないよう準備を急がなくてはならなかった。
 

N/Nプロジェクト 第10章

〔第10章〕

 弘美は自宅マンションのリビングで、来客を待っていた。
 その顔には不安と動揺の色がはっきりと浮かんでいる。
 傍らにはそんな弘美を心配そうに見つめる山村誠也の姿もあった。
 
 常田厳から夫の慶太に関する重大な知らせがあるので、ぜひ訪問したいという連絡があったのは3日前のことだ。
「重大な知らせ」と聞いて、一刻も早くスケジュール調整をしたかったのだが、あいにく新規開発商品の最終打ち合わせなどが立て込んでいたため、今日にずれ込んだのである。 最近は弘美の社長ぶりも堂に入ったもので、社員の誰一人として彼女の正式名称である
「社長代理」と呼ぶ者はいなくなっている。ただ、「水瀬社長」と口にすると、慶太を連想すると思うのか、皆、一様に「弘美社長」と呼んでいる。
 今回の新規開発商品も「弘美社長」の肝いりで始まったプロジェクトであり、大手コンビニエンスストアとの業務提携による相当大規模な事業でもあった。その最終打ち合わせに「弘美社長」の不在は許されなかったのである。

 時計の針はすでに2時を回っている。
 新幹線に遅れはまず考えられないので、タクシーに滞りがなければ、そろそろ到着してもおかしくはない。
 弘美は一応携帯電話を確認してみた。時間変更などのメールは入っていなかった。

 ピンポーン・・・
 弘美が携帯を戻そうとした瞬間、ドアホンの音がした。
 モニターには常田厳と後藤良介の姿があった。
 弘美は隣に立つ誠也を心配そうな表情で見つめた。誠也はそれに頷いて応えた。


「本日は、水瀬慶太さんの事で重要なお知らせがあって参りました。」
 リビングのソファに腰掛けるなり、常田が神妙な面持ちで口を開いた。
「重要・・・と申しますと?」
 心配そうな表情を浮かべる弘美に代わって、誠也が尋ねた。
 常田も後藤も、今回は誠也が同席していることに、これといって特別な関心を示すことはなかった。
「奥様は、正式には、いまだに『社長代理』の立場でいらっしゃるとか?」
 常田は誠也の質問には応えず、弘美の方を向いて言った。
「ええ、まあ・・・正式には。」
 弘美は不安そうな声で答えた。
「なぜですか? なぜ社長に就任しないのですか?」
「なぜと言われても・・・」
「3か月ほど前に、こちらでご覧いただいた慶太さんの映像で、彼が別人格として生きたいと希望していることはご理解いただいたと思うのですが。」
「ええ、それはわかりました。でも正式に会社経営から身を退くと言っていたわけではありませんし、別人格と言っても単に一時的な気持ちかもしれませんし・・・。」
「なるほど・・・・・では、伺いますが、奥様は慶太さんと離婚されるおつもりはありませんか?」
「り、離婚・・・?な、なぜです? なぜ離婚しなくてはいけないのですか?」
「慶太さんが別人格で生きるということは、『水瀬慶太』ではなくなるということです。
つまり、あなたの夫である水瀬慶太はこの世から存在しなくなるということなのですから、離婚されるのは自然なことだと思うのですが・・・。」
「で、ですから・・・・そんなものは一時的な感情ではないかと申し上げているんです。第一、水瀬が離婚を言い出すはずはありません。」
「ほう、随分、自信がおありなのですね。それだけ慶太さんがあなたを愛しているとおっしゃりたいのですね?」
「え、ええ・・・」
「奥様も、慶太さんを愛していらっしゃると?」
「え、ええ・・・と、当然でしょ・・・そんなこと」
 弘美は慌て気味に答えると、隣に座る誠也の方に視線を送った。

 弘美は内心、常田の質問に動揺した。
「夫を愛しているのか」の質問に「はい、愛しています」と堂々と答えきれない自分がいた。
 3か月前に、映像を通じて慶太の頼りがいのない女々しい姿を目にして以来、それとは正反対の男らしく頼りがいのある誠也に惹かれていったのは確かである。あれほど理性で抑えていた身体の関係も、今ではそれほどの罪悪感を感じるわけでもなく、愛する者同士のごく自然な行為として受け止めるようになっている。
 最近では自分でも、身体が誠也の逞しいペニスにフィットしてきているのがわかる。「女の身体は愛する男の身体に合うように変化する」という言葉が本当なら、自分はきっと心だけでなく身体も誠也のことを愛しているのだろう。
 誠也とのセックスを経験すると、慶太とのそれは果たしてセックスと呼ぶに値するものだったのかという気さえしてくる。「絶頂」という感覚も初めて味わった。それにあれほど嫌だった「フェラチオ」という行為も、今では自分から望むほど好きになっている。恥ずかしいことだが、誠也の熱いザーメンを燕下する瞬間、同時に「絶頂」に達したこともある。自分がこれほどまでにセックスに貪欲で淫乱だったのかと思い知らされもした。
 
 だからと言って、離婚は別の話である。
 自分が今曲がりなりにも「社長代理」というポジションに就き、充実した生活が送れているのも、元はと言えば慶太と結婚したからであり、会社を所有する水瀬家に嫁入りしたからである。その恩義は決して忘れることはできない。それに自分は慶太を嫌っているわけではない。楽しい思い出もたくさんあるし、それに会社経営者として尊敬もしている。 それは愛とは呼べない思いなのかもしれないが、少なくともその思いがある以上、離婚などあり得ないことだ。
 それに、これは決して表に出してはいけない思いだが、離婚して水瀬家から出ることは経済的にも社会的にも得策ではないという打算も当然働いていたのである。

「では、もしも別人格で生きたいいう慶太さんの思いが、一時的なものではなく、それ故、会社経営からも身を退きたいと心から願っていることが証明されれば、奥様は正式に社長に就任なさいますか?」
 常田の真剣な眼差しが弘美に向けられた。
「ええ、まあ、その場合は・・・その場合は私が社長に就任せざるを得ないでしょう。」
 常田には、3か月前のややおどおどしていた弘美の表情が、いくぶん自信に溢れた表情に変化しているのがはっきりとわかった。
「その場合には、離婚もなさると?」
「い、いえ・・・それはまた別の話ですわ。」
「慶太さんが会社の経営権、所有財産等すべてを奥様に譲渡するとしても・・・ですか?」
「そ、それは・・・どういう事ですか?」
「ですから、会社も財産もすべて奥様のものになるとしても、離婚をするつもりはないかということです。」
「そ、それは・・・あ、あの・・・まあ・・でも仮定の話にはお答えできませんわ。」
 弘美は明らかに動揺していた。ある意味離婚の最大の障害となっている問題を常田が指摘したからである。

 常田は弘美の表情に手応えを感じたのか、口元を弛めて言った。
「わかりました。その答えはまあ、後で聞きましょう。ここまで伺えば十分ですので。じゃ、後藤くん、用意して。」
 常田の言葉を受けて、隣に座る後藤がバックからノートPCを取り出し、電源を入れた。「今からご覧いただくのは、現在の慶太さんの姿です。奥様に向けて、ご自身の意志で、またご自身の言葉で語っています。よくお聞きになってください。そしてご覧になった後で、どのようになさるか、奥様自身でお決めください。」
 常田は「ご自身の意志」「ご自身の言葉」をより強調するように言い、PCのモニターを弘美と誠也の方に向けた。

 モニターが動画画面になり、画像が浮かび上がった。
 その瞬間、弘美が怪訝そうな顔を誠也に向けた。
「すみませんが、ファイルが違うみたいですよ。これ、誰か女性の映像みたいですよ。」
 誠也が弘美に代わって常田に言った。
 常田は後藤と顔を合わせると、何やら含意のある笑みを浮かべた。そして画面をのぞき込むようにしながら、
「いや、間違っていませんよ。これで合ってます。」
 と事も無げに言った。
「ああ、そうか、この後に出てくるんですね?」
 誠也が笑顔で言うと、弘美も同調するかのように安堵の笑みを見せた。
 後藤が満面の笑みを湛えながら、PCをクリックした。
 映像が動き出した。

 フラワープリントの上品なサンドレスを身につけた「令嬢」が優しく微笑み、ゆっくりと口を開いた。
「お久しぶりです。弘美さん。私、誰だかわかります?・・・・・」
 弘美は小さく首を傾げた。常田と後藤は顔を見合わせ、微笑んだ。
「きっとお分かりにならないわね? あなたの戸籍上の夫、水瀬慶太です。ううん、今はね、『慶花』っていう名前になっています。でも、あなたの夫が、こんな姿になっているなんて、とても信じてはいただけでしょうね・・・・?」
 カメラは映像の「慶花」の全身をゆっくりと移動しながら映していく。
 白のミュールから覗くパールピンクのペディキュア、色白で形のいいふくらはぎ、ドレス越しでもわかる流れるようなヒップライン、ギュッとしまったウエスト、そしてわずかに開いた胸元に浮かび上がる谷間のラインがアップで捉えられた瞬間、弘美の口から叫び声が漏れた。
「う、うそ・・・うそでしょ? まさかそんな・・・・」
 弘美は大きく開いた口を両手で塞ぐと、ただ目を丸くして画面を見つめた。
「ちょ、ちょっと・・・映像を・・・止めてくださいっ!」
 気が動転し、今にも気絶しそうな弘美に気付き、誠也がとっさに声を上げた。
 後藤が一時停止をクリックした。

「驚かれるのも無理はありません。私たちのように変化の過程をつぶさに見てきている者でさえ、彼、いや彼女の変貌ぶりには驚かされるのですから、奥様のように久しぶりにご覧になったら、気を失いそうになるのも無理からぬことです。」
 常田は、肩で息をしている弘美と、その背中を抱き寄せるように優しく撫でながら、心配そうな表情を浮かべている誠也を見た。 
(この二人の仲は、間違いなく前回より深くなっている。これは離婚のためには好都合だな。)と常田は内心ほくそ笑んだ。

「こ、これは・・・別人だわ・・・フフフ・・・そうよ、別人に違いないわ。」
 呼吸が少し落ちついたのか、弘美が突然、笑顔で言った。もちろんそれは確信のある笑顔ではない。映像の女性が夫であるなどとはどうしても信じたくない、そんな思いのこもった笑顔だった。
「ハハハ・・・別人とは随分大胆な推理ですね。奥さん、何を根拠にそう思われるのです?」
「そ、それは・・・」
 弘美には理由などなかった。ただ、信じたくない、それが唯一最大の理由だった。
「第一、我々がそんなトリックをして何の得があるのですか?そんなことのために、わざわざこちらに出向くと思いますか?」
 確かに常田の言う通りである。そんな酔狂なことをして彼らに得られるものは何もないはずだ。恐らく彼らの言う通り、映像の女性は慶太なのだろう。だが、そうだと告げられて、「はい、そうですか」と答えられるほど、問題は簡単ではない。
 実を言えば、3か月前に夫の映像を目にした時、その女性的な雰囲気から、もしかしたら彼の目指す別人格が「女性」なのではないかという予感がなかったわけではない。メイクをし女性物の衣服を身につけた夫の姿を想像したこともある。だが、現実に今目にしている姿は弘美の想像を遙かに超えている。夫の女装姿なのだと思いこもうとしても、ひとかけらの面影も残っていないのだから、思いこむことすらできない。いや、そもそもこの「女性」が本当は男性であると誰が思うことができるだろう。美しい容貌はもちろんだが、醸し出す女性らしさ、姿勢の美しさ、魅力的な声と言葉遣い、どこをとっても完璧な「令嬢」ではないか。どこに自分よりも美しく魅力的な「女性」を夫だと認める妻がいるだろうか。
「まあ、いずれにしてもこの続きをご覧ください。そうすれば疑いも晴れるでしょうから。」
 常田の言葉を受けて、後藤が一時停止を解除した。
再び映像が動き出す。

「でも、これが私の本当の姿。弘美さん、きっと、私、本当は女だったんだわ。それを今まで気付かずに、いいえ、自分を騙して男のふりをしていたの。ここでの生活が私にそれを気付かせてくれたの。弘美さん、今まで、あなたを騙し続けてきたこと、心から謝ります。ごめんなさい。私には会社を経営する能力も資格もありません。会社はあなたのように優秀な女性が経営するべきです。私のように専業主婦になるのを夢見ているような女がそんなことしてはいけないんです。だから、弘美さん、私の代わりに会社を経営してください。一日も早く社長に就任して、会社を発展させてください。それが私の心からのお願いです。・・・・・・・」
 常田の合図で後藤が再び映像を一時停止させた。
 常田は呆然と画面を見つめている弘美に向かって、諭すような口調で語りかけた。
「いかがです?奥さん。疑いは晴れたでしょう?もう彼、いや彼女を解放してあげましょう。きっと今まで重荷だったのですよ。心の中は女性なのに、男と偽って社長などという立場にまつりあげられ、きっと疲れ切っていたのだと思いますよ。ご覧なさい、今の彼女の顔。生き生きとして美しいじゃないですか。それにあんな涙を流しながら、奥さんにお願いしているんですよ。もう慶花としての人生を歩ませてあげようじゃないですか。」
 
 常田に言われるまでもなく、すでに弘美の中では、映像の「女性」が夫の慶太であるという事への疑念は消えていた。カメラが「女性」の口元に寄った時、特徴的な小さなホクロを捉えていたからだ。
 その思いは隣に座る誠也も同様だった。弘美を励まそうと背中をさすっているその手がかすかに震えていることからもそのことがわかる。彼も恐らく口には出せない程のショックを受けているのだ。ただ、自分が冷静さを失ったら、誰が弘美を守るのかという責任感が、彼をギリギリのところで支えていた。

「わかりました・・・・おっしゃる通り、この女性は水瀬なのでしょう。」
 弘美は小さな声で言った。その目にはうっすらと涙が滲んでいた。その涙の源泉が、悔しさなのか、怒りなのか、それとも諦観なのか、それは彼女自身にもわからなかった。
「おわかりいただけましたか。では、社長に就かれることも決意されたと考えてよろしいんですね?」
 弘美は誠也の顔を見た。
 誠也はその目に彼女の思いを感じ取り、代わって口を開いた。
「社長がこうなった以上、社長代理が正式に社長に就任するのは当然です。一両日中にも緊急役員会議を開き、新社長就任の手続きを進めます。」
 弘美は誠也の言葉に小さく二度頷くと、こぼれ落ちそうな涙を指先で拭ってから、静かに口を開いた。
「ですから、お帰りになったら水瀬にお伝えください。『あなたの気持ちはわかりました。会社の方は私が責任をもって引き継ぎますので、ご安心ください。』と。」
 弘美の言葉には自らを鼓舞するかのような強い思いが感じられた。
「承知しました。そのようにお伝えします。では、離婚の方も納得していただいたと理解してよろしいのですね?」
 常田は弘美を見つめながら、念を押すように言った。
「ちょ、ちょっと待ってください・・・それは別問題だと、先ほども申し上げましたでしょ?」
 弘美は右手で常田を制するような仕草を見せ、慌て気味に言った。
「離婚をするおつもりはないと?」
「は、はい・・先ほども言いましたように、水瀬が別人格・・つまり、女性として生きたいという気持ちは一時的かもしれないでしょ? 第一、水瀬は一言も離婚の事を言っていないではないですか?」
「一時的? この映像をご覧になって水瀬さんの気持ちが一時的だとお思いですか?奥さんも気付いていられると思いますが、水瀬さんは自分の意志で薬を服用しています。もちろん、エストロゲン・・・つまり女性ホルモンです。水瀬さんがここまで劇的に変化した要因の一つでもあります。それを一時的な気持ちだとおっしゃるんですか?」
「そ、それは・・・」
 弘美は言い淀んだ。
 確かに身体の変化はドレス越しでもわかる。見たくはないが胸だって、自分と同じ、いや、もしかしたらワンサイズくらい上ではないかと思えるような膨らみが見て取れる。肌の肌理だって、色の白さだって、基礎化粧品だけで変化したレベルではない。そのことに気付いていながら、口には出せずにいたのだ。
 もちろん、ニューハーフやレディボーイといった男性が女性化のためにエストロゲンを服用するくらいのことは知っている。ただ、それを自分の夫に結びつけて考えるのが怖かったのだ。

「で、でも・・・エストロゲンの服用を止めれば元に戻るじゃないですかっ。気持ちが変わってもう一度、慶太としての人生を送りたいと思ったら、服用を止めれば済むことでしょ?時間はかかるかもしれないけど・・・。」
「ええ、確かに、エストロゲンの服用を止めればいずれ元の身体に戻るでしょう。水瀬さんの身体には男性ホルモンが流れているのですからね・・・・しかし、もし水瀬さんがその男性ホルモンの流れを止めることを望んでいるとしたらどうです?」
「ど、どういうことですか?それは・・・?」
 常田は、じっと二人のやり取りに耳を傾けていた後藤に合図をした。
 後藤は小さく頷くと、再び映像の一時停止を解除した。

 映像が暗転し、「慶花」の姿が消えた。
 一瞬の後、画面が明転し、再び「慶花」の姿が現れたが、どういうわけか先ほどのような笑顔ではなかった。見方によってはいくぶん不安げな表情に見える。
 
 実は、映像上はほんの一瞬に見える場面転換の間に、慶花と瑞穂の約1時間にも及ぶやり取りがあった。それがあの3つの事柄、つまり「離婚」「資産・財産の譲渡」「睾丸摘出手術」である。
 入念なセリフ打ち合わせの後、慶花は瑞穂に何度も念を押した。「これはあくまで検閲官を欺くためのもので本心ではない。」と妻に忘れず伝えるようにと。
 それは下手をすれば、慶花の運命を左右しかねない重大なやりとりなのだ。十分過ぎるほどの時間をかけたことも、不安げな表情でカメラの前に現れたことも当然と言えば当然だった。

 映像の中の「慶花」が口を開く。表情には笑みが戻っているが、いくぶん取って付けたようなぎこちなさが感じられる。
「実は私、他にも弘美さんにお願いしたいことがあるんです。たぶん気付いていると思うけど、私、ずっとお薬を飲んでいます。もちろん女性ホルモンです。一日でも早く本当の女性に生まれ変わりたいから。もちろんいずれは性転換手術を受けるつもりですけど、その前にしておきたいことがあるんです。それは・・・睾丸の摘出手術です。それをしておけばホルモンの効果もずっと現れやすくなるので、ぜひ受けたいんです。でも手術を受けるには私一人の意思ではできなくて、家族の同意がどうしても必要なんです。弘美さん、お願いです。常田さんのお持ちになっている同意書にサインをしてください。この手術を受けたら、二度と男性に戻ることができないのは私も知っています。知った上でお願いしているんです。私は二度と男性に戻るつもりはありません。もちろんあなたの夫として生きるつもりもありません。あなただって、夫が女性では困るでしょ? 離婚届、私のサインはしてあります。後はあなたがサインをして常田さんに渡してくだされば、私たちはもう他人です。私に気兼ねなくもっと素敵な男性を見つけてください。私も女性に生まれ変わったら素敵な男性を見つけるつもりですから、どうか心配しないでください。あ、そうそう、これも言っておかなくてはいけませんね。弘美さん、離婚して水瀬家から離れることになっても、何の心配もいりません。会社も私の資産や財産もすべてあなたに譲りますので、今後はあなたの一存で運用なさって結構です。私の一方的な理由で離婚をするんです。そのくらいは当然のことだと思っています。・・・・最後に、弘美さん、今までこんな私のために尽くしてくれてありがとう。そしてずっと私の気持ちを偽っていてごめんなさい。もう二度と会うことはないと思うけど、社長として活躍される弘美さんを、影ながら応援しています。どうぞお身体に気をつけてがんばってください。さようなら。」

 映像が止まり、画面が暗転した。
 最後に別れの言葉を口にした時、「慶花」の表情は口元の笑みとは裏腹に、憔悴しきっているように見えた。
 だが、その表情は映像を目にした弘美も同様だった。いや、憔悴という意味で言うなら弘美の方が遙かに深かったかもしれない。
 たった数時間の内に一体どれだけのショックを受けただろう。
 久しぶりに目にした夫は、すっかり上品な令嬢に変わっていた。しかも自分の心は女性で、男性に戻るつもりはないから、去勢手術まですると優しい女の声で言う。そして財産も資産も譲るから離婚して欲しいとまで言うのだ。
 こんな衝撃的な出来事を無感動に処理しきれるほど弘美の頭は冷静ではない。
 それでも何とか自分を見失わずにいられるは、そばで誠也が支えてくれているからだ。もしもこの場に彼がいなければ、取り乱し、大声を上げて泣き出したかもしれない。そう思うと弘美には誠也の存在がより大きなものに感じられるのだった。

 
 それから約2時間後、常田と後藤は、弘美の手によって署名された3枚の書類と共にマンションを後にした。
 1枚目は「離婚届」、2枚目は「財産・資産の譲渡契約書」、そして3枚目は「睾丸摘出手術同意書」である。これらには「慶太」の署名がすでになされている。つまり、この時点で、該当部署に提出されれば、すべて効力を発揮するということである。
 慶花と瑞穂の約束は果たされなかったのだ。瑞穂にその意思が最初からなかったのだから、それは当然の結果だった。だが、それを見抜けなかった慶花を責めるのはあまりにも酷だ。ブロック4での徹底した精神指導によって卑屈なまでの従順さを身につけさせられた慶花に、「恩人」である瑞穂を疑う気持ちなど持ちようもなかったのだ。つまりこのような結果になることは、瑞穂がこの奸計を思いついた瞬間に決まっていたということである。  

 常田と後藤が部屋を出た瞬間、弘美は誠也の胸に泣き崩れた。
 怒り、悲しみ、悔しさ、後悔、不安・・・・その時の弘美の心には、持ちうる限りの感情が去来したと言っても過言ではない。
 ただその中で、弘美自身がはっきりと意識した思いがある。
 それは、「自分には誠也しかいない。誠也こそ自分に幸福をもたらす唯一の存在だ。」という思いであり、同時に「今まで自分は慶太の幻を愛していたのだ。一日も早くその幻を心から消さなくてはいけない。」という思いだった。
 弘美は誠也の逞しい腕に抱きしめられながら、密かに「国民適正化法」に感謝していた。 もしも慶太の心が女性であることを知らないまま、この後何年も過ごしていたらと考えると寒気がする。それが早い段階でわかっただけ幸いだ。それに、8か月もの間、別居状態にしてくれたことも、今となってはありがたい処置だった。その間に誠也という「真の」男性を見つけることができたし、慶太の記憶を薄めてくれる働きもしてくれた。

「誠也・・・お願い、もっと強く抱いて・・・私の心からあの男、ううん、あの「女」の幻を消して・・・」
 弘美は、初めて「誠也」と呼び捨てにした。彼女の中で、幼なじみの「誠也くん」が、かけがえのない恋人「誠也」に変わったのである。
「ひ、弘美・・・」
 誠也にも弘美の気持ちが通じたのか、同じように呼び捨てで返すと、壊さんばかりの力で抱きしめ唇を求めた。

N/Nプロジェクト 第9章

〔第9章〕

「それで、水瀬弘美への説明はうまくいったのでしょうか?」
 瑞穂は、カウンセリングルームのソファに座っている常田の目を見つめながら言った。
 常田は前日の水瀬弘美宅訪問の詳細連絡と、今後の慶花への処置を話し合うために施設を訪れていた。
 弘美への説明が概ねうまくいったことは、すでに前日の夜、後藤良介から聞いていた。 ただ説明の際にイニシアチブを取った常田の口から確実な情報が欲しかったので、瑞穂はあえて質問をしたのである。
「はい、うまくいったと言っていいでしょう。メッセージ映像も効果的だったみたいですね。首から下を写さなかったのは正解でしたよ。弘美は慶花の身体の変化には気づきませんでしたから。ただ、容貌の変化はさすがに隠しきれなかったみたいですね。メイクと画像修正でできるだけ前の「慶太」に見えるようにしましたけど、さすがに無理があったようです。でも、もし無修正で今の慶花を見せていたら、驚きはあんなものでは済まなかったでしょうから、まあ、とりあえずは合格点というところでしょう。」
 常田は満面の笑みで答えた。使命が首尾良く果たせたことに心から満足している様子が手に取るようにわかった。

「ところで、慶花にはいつ知らせるんですか?昨日の弘美との話の内容を。」
「今日のカウンセリングの際に知らせるつもりだったのですが・・・」
 瑞穂は口ごもった。
「何か問題でも?」
 常田は怪訝そうな顔で瑞穂を見つめた。
「いえ、問題というより、このことをもっとプラスに利用できないかと考えているんです。」
「プラスに利用する?」
「ええ。慶花の女性化へのプロセスをさらに一段階進めるきっかけに利用できないかということです。」
「それは、私としても大歓迎ですが・・・。つまりブロック4への移動ということでしょうか?」
「ええ。その通りです。今のペースで行くと、ブロック4への移動には最低でも後1か月程度はかかるのではないかと思われます。現在「Nランク」者、約150名の内、ブロック4まで進んだ者が30名程度ですから、慶花のペースは決して遅いわけではないのですが、折角のいい機会ですからうまく利用してペースを速めるのも悪くはないでしょう。」
 瑞穂の口許には期待感に溢れた笑みがこぼれている。
 瑞穂は、研究者としてなるべく理論的な話しぶりを意識してはいるが、一方で一刻も早く自分好みの「慶花」を作り上げ、弄びたいというS女性の一面を隠しきれないでいるのだった。

「具体的にはブロック4にはどの段階で進ませるんですか?」
 常田は瑞穂の意味ありげな笑みを見つめながら質問した。
「ブロック4は女性化の最終段階です。女性としてのあらゆる知識・立ち居振る舞い・言動・考え方などを最終的に仕上げる段階だと言えます。ということは、その前に女性として生きることを決断していることが不可欠です。迷いがあるような状態ではとてもブロック4に移動させることはできません。」
「慶花には、まだ迷いがあると、先生は言いたいんですか?」
「はい、少なくともブレない決断ができている状態ではないと思います。」
「そうでしょうか? 私には慶花に迷いがあるとは思えませんよ。『N1新薬』の効果もあって、容貌も体つきもすっかり女じゃないですか。しかも常に美しさを求めて、服装も女らしいものばかり着ているし、私なんか時々、意識しないと慶花が本当は水瀬慶太という男だということを忘れてしまうことがあるくらいですよ。」
「フフフ・・・ええ、私もそれは認めます。でも常田さん、慶花が話しているのを聞いたことがありますか?」
「ええ、もちろんありますが・・。」
「その時どのように感じました?」
「どのように・・・といいますと?」
「慶花が女性言葉を使ったのを聞いたことがありますか? 女性の声を意識して高い声で話をするのを聞いたことがありますか? 女性らしい仕草をしているのを見たことがありますか?」
 確かに瑞穂の指摘は的を射ていた。
「N1新薬」の効果で声のトーンが多少高くはなったものの、相変わらず一人称で「僕」を使っているし、女性言葉を聞いたことは数えるほどしかない。また、体の線は女性らしい曲線を示してはいるものの、立ち居振る舞いにことさら女性らしい仕草を見せることはなかった。

「これはやはり、慶花の心のどこかに『慶太』に戻る可能性を残しているからでしょう。」
「薬の影響であそこまで身体が女性化していても、『慶太』に戻る可能性があると思ってるということですか?」
「ええ。慶花は何かの機会に薬を止めることができれば、すぐに元に戻ることができると思っているようです。」
「本当に薬を止めれば、元に戻るんでしょうか?」
「ええ。理論的には元の男性の身体に戻ります。しかし、薬物依存症になっている今、この施設内で薬を止めることは不可能です。」
「しかし本人はいつかは止められると・・・だから、女性化の進行を心のどこかでストップをかけているということですか?」
「はい。わかりやすく言えば、そういうことです。慶花にとって女性美を追究することと、女性として生きることはまだ一つにはなっていないんです。」
「うーん、やっかいなものですねぇ。どうしたら、もう『慶太』に戻る可能性はない、そして『慶花』という女として生きていくしかないということを思わせることができるのでしょうか。」
 常田は深いため息をついた。
 瑞穂は少し間をおいてから口を開いた。
「ですから、先ほど言ったように、この機会を利用したいんですよ。多少情報を捏造することになりますけど、これがうまくいけば一気にブロック4への移動ということに繋がるはずです。」
「ほう、それはどんな方法ですか?」
 常田は瑞穂の自信ありげな表情を見て、思わず期待感に顔が綻んでいた。
「それはですね・・・」

 二人はその後、約1時間に渡り打ち合わせを行った。
 それは水瀬弘美との話し合いの内容を大きくねじ曲げるものであり、それを当事者である慶花に伝えるのは、本来なら許されるものではない。
 だが、一日でも早く自分好みの「慶花」を作り上げ、それを弄びたいという瑞穂のS心と、プロジェクトを滞りなく進めたいという常田の役人らしい自己保身の心とが、見事なまでに一致したのだった。
 
 
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「それで、弘美への・・・説明は・・・うまくできたのでしょうか?」
 胸部と臀部への「N1新薬」皮下注射を終えた慶花はソファに腰掛けるなり、常田と瑞穂に語りかけた。
 綺麗にカールされた長い睫毛が不安げにフルフルと揺れているのを見て、常田は一瞬ドキっとした。思わず、「綺麗だ」と口をついて出そうなのを咄嗟に抑えた。
 ウィッグなしのミディアムボブ、完璧に仕上がったフルメイク、そしてシフォンフリルがあしらわれたベージュのトップスにシャーリングの入った黒のタイトミニ、さらに美しく長い脚の先にはトップスと同系色の10センチミュール・・・それらが一つにまとまり、慶花の美しさをさらに際だたせている。
 常田はやや広めに開いたトップスの胸元に思わず目が止まった。Cカップの美しい乳房が服を着ていてもはっきりと認識できた。
 常田は知らず知らずのうちにズボンの前が膨らんでいるのに気づき、思わず顔を赤らめた。

「それが・・・どうやらまずいことになったみたいなの。そうですよね?常田さん。」
 常田が慶花の全身をボーッと眺めているのに気づいた瑞穂は、促すように言った。
「あ、ああ・・・そ、そうなんです・・・実はやっかいな問題が起きまして。」
「やっかいな問題?」
「弘美さんは、あなたが無事でいることには安心なさったようなんですが、あなたが別人格で生きることを決意したということには非常に懐疑的で、メッセージ映像を見ても信じられないと言うんです。それほど変わっていないじゃないかと言うんですよ。もし映像撮影時に今のあなた・・・つまり『慶花』さんという美しい女性の姿で撮ったなら、明らかに別人格を選択しているという説得力もあったんでしょうがねぇ・・・」
 常田は口許に笑みを浮かべながら言った。
「そ、それで・・・弘美は何と?」
「ええ、それが・・・」
 常田は瑞穂に視線を送った。瑞穂はただ黙って頷いた。
「奥さんは、あなたがそれほど変わっていないのだから、できるだけ早く経営者として復帰するように説得して欲しいと私におっしゃったんです。そして万が一、国の方針で経営者としての復帰が叶わなくても、相談役や会長職での復帰を望んでいると・・・。」
 慶花は常田の言葉に目頭が熱くなった。妻への思いと自身の会社経営者としての心が呼び覚まされたのだった。

 だがそんな思いも瑞穂の常田に向けた一言で吹き飛んでしまう。
「そんなことは国が認めないということは、奥様に説明したんでしょ?」
「ええ、説明はしたんですがねぇ・・・」
 慶花は二人のやり取りを耳にして、厳しい現実に引き戻される思いだった。
(「Nランク」である自分に普通の社会復帰などできない。だからこそ『慶花』として生きようと決めたのではないか。第一、この姿でどうして会社に復帰なんてできるのか?)
 慶花は、正面にあるキャビネットのガラスにうっすらと映し出されている自分の姿を見つめながら深いため息をついた。
 そこには20代前半の美しい女の子の面影しか映っていなかった。決して30代半ばの会社経営者の姿を見つけることはできなかった。

「奥さんは、どうにも納得してくれないんですよ。それで、夫が完全に別人格になってしまったのならまだしも、そうでないなら復帰はできるはずだ。だから、一日でも早く経営に復帰してもらうために、社長の椅子は空けておくからと強く言われました。」
 常田は慶花と瑞穂の二人にそれぞれ視線を送りながら、ため息混じりに説明した。
「でも、そんなこと許されるんですか? 仮にも国に貢献している企業の社長を空位にしておくなんてことが・・・。第一、ここにいる『慶花』が社長として復帰する可能性はないわけですし。」
 瑞穂は、妻の思いやりに心を打たれている慶花を前に、冷徹な質問を常田にぶつけた。 無論、それは瑞穂と常田による事前のシナリオ通りの展開だったのだが。

「いえ、それはどうやら無理なようです。私も上司に報告してみたところ、社長の空位が認められるのはせいぜい後3か月がいいところだろうということでした。」
「ということは・・・このままだと会社はどういうことになるのですか?」
 瑞穂が常田の説明に質問する形で言葉を発した。ただ視線はずっと目の前の慶花に向けられたままだったが。
「奥さんが正式に社長に就任されるか、血縁関係者の中で再適性者を選んで社長に就任させるか、そうでなければ完全に外部の人間が就くという形にならざるを得ないということです。」
「が、外部・・・?」
 それまで黙って話を聞いていた慶花の目が大きく見開いた。
「はい、そういうことになる可能性もありますね。」
「そ、そのことは・・・妻の弘美には伝わっているんですか?」
 慶花には会社を外部の人間に渡すなどということは、予想すらしていないことだった。 たとえ、自分が経営者として復帰できなくとも、妻が社長に就任することで、会社を水瀬家が保有することは維持できると考えていたのである。
「ええ、電話で伝えました。」
「で、妻は・・弘美は何と答えましたか?」
「それでも、ご自分が社長に就任するつもりはないと。夫は心の中では経営者として復帰することを望んでいるはずだから、自分がそれを裏切ることはできないと強くおっしゃっていました。」
「うーん、それじゃ、会社は他の人の手に渡るってことなんですね。」
 瑞穂は動揺している慶花を見つめながら、他人事のような口調で言った。

「ぼ、僕に・・・僕に妻を説得させてください。電話でも、他の手段でもかまいません。」
 慶花は常田の目を見つめながら言った。
 長い睫毛がフルフルと揺れ、瞳の奥に涙が溢れているのを見ると、思わず抱きしめてしまいたくなるほど儚げだった。
「いえ、それは不可能です。本来『Nランク』者が外部との連絡を取ることは禁じられていますから。」
「で、では・・手紙とか・・・メールとか・・・」
「いえ、それも認められません。」
「そ、そんな・・・では、どうしたら・・・・」
 慶花の声は不安で震えだしていた。

「常田さん、会社が他人に渡ることを避けることができる方法はないのでしょうか? このままでは、慶花も可哀想ですよ。」
 瑞穂は慶花への同情を口にした。だがその瞳の奥には明らかに邪な光があった。
「ああ、言い忘れていましたが、一つだけ方法というか、何というか・・・」
 常田は瑞穂の言葉をきっかけに何かを思い出したように声を上げた。
 慶花は常田の目を見つめながら、次の言葉を待った。
「奥さんは、もしもあなたが、誰の目から見ても別人格になっていて、企業経営の意欲も資格も失っていることが証明されれば、ご自身が社長に就任するとおっしゃっています。」
「で、では・・今のこの姿を映像に撮ってください。そしてその映像の中で僕が妻に語りかけます。僕には会社経営に戻る気持ちがないことを。」
 慶花は常田の目を真剣に見つめながら言った。
「いえ、それはどうかしら? そんなお芝居では奥様を説得することはできないでしょう。現にあの映像でも無理だったんですから。」
「ええ、私もそう思います。ちょっとやそっとのお芝居ではとても無理ですね。それに、もしお芝居であることがわかった時、もっと悪い結果になると思いますね。奥様は行動的な方ですからね。」
 常田の言葉には明らかな皮肉が込められていた。弘美が政治家に働きかけて、行動を起こしたことを念頭に置いているのだ。

「で・・・では・・・どうしたら・・・僕はどうしたらいいんですっ?」
 慶花の涙声が、心の動揺で大きくなっていく。
「慶花・・・あなた、本当に会社を守りたい? 本当に奥様の社長就任を望んでいるの?」
 瑞穂は慶花の目を見つめながら真剣な表情で言った。
「は、はい。それは絶対に。」
「それだったら、方法は一つしかないわ。あなたが本当に『慶花』という女の子になることよ。もちろんお芝居ではないわ。外見も心もすべて『慶花』に生まれ変わること。その上で、メッセージ映像を撮って奥様を説得なさい。」
「そ・・・それは・・・つまりもっとお化粧も上手くなって、洋服の着こなしとか・・・薬も続けて・・・身体をもっと女性的にするとか・・・ということですか?」
「ええ、もちろんそれもあるわ。でも、それだけでは足らないかもしれない。今はどこまでのことが必要になるかはわからないけれど、遅くとも3か月後には『慶花』という女の子が説得力を持って、存在していなくてはいけないの。そうしなければ、会社は他の人のものよ。わかるでしょ?」
 瑞穂の言葉に慶花は大きく頷いた。
「慶花のためだもの。私も精一杯協力するわ。だから私を信じて私の言うとおりにして。あなたも、会社も守ってあげるから。」
 瑞穂は目に大粒の涙を浮かべながら熱く語った。
 慶花はそんな瑞穂を見たのは初めてだった。
(先生は、僕のことだけではくて、会社のことまで心配してくれているんだ。 僕はこの先生を信じよう。先生の言葉に従ってみよう。)
 慶花は心の中で強く自分に言い聞かせた。
「わ、わかりました・・・先生の言う通りにします。 だから僕のことも、会社のこともよろしくお願いします。」
 慶花は瑞穂の目を見据えながら強い口調で決心を伝えた。

 実は、この感動的なやり取りも、実際にはすべて仕組まれたシナリオ通りに展開した芝居だった。
 だが、他に頼る手段のない慶花にとって、例え多少の疑念があったにしても、瑞穂の申し出を拒否することなど考えられなかったのだ。
 だから、この感動的な場面のすぐ後に、まるで手のひらを返したような冷静さで、瑞穂が慶花に「誓約書」を書かせたことにも、あえて疑いの目を向けることはしなかったのである。

『  誓約書
私、水瀬慶太は、念願だった『慶花』へ生まれ変わるために、最大の協力者である向山瑞穂様に全幅の信頼を寄せ、その指示、指導、処置に対して全面的に従うことを誓います。もしも誓いに反する行為が認められた場合には、いかなる罰則をも受ける覚悟です。              水瀬 慶太 ○○年 ○月 ○日 』

 以上が、慶花が書いた誓約書である。
 このサインが「水瀬慶太」としての生涯最後のサインになるのだが、この時の慶花にはそんな認識すらできていなかった。 

 誓約書のサインが終わった翌日、慶花はブロック4の一室への移動が指示された。
 ブロック2の女子中高生のものと思わせるピンク主体の部屋を出て、ブロック3の女子大生か若いOLを連想させるパステルカラーの部屋を経て、今回はいよいよブロック4への移動である。 
 すでにドアのプレートには『慶花』の文字が刻まれてあり、そのドアもこれまでとは違って木目調の落ちついた雰囲気を持っていた。
 部屋の中も明らかに広さを増したスペースと共にシックな調度品に囲まれていて、飾り付けや壁の色もヤングアダルトを連想させるものだった。
 年齢を含めて想定するなら20代半ばから後半にかけてのかなり趣味のいい上品な女性の部屋というところだろうか。

 慶花はこれまで、女性化の進行と共に部屋を移動することで、一人の少女が若い女性へと変貌していく過程を象徴的に体験してきた。
 そしてこのブロック4で、その最終段階を迎えることとなる。
 慶花が誓約書に記したサインは、その大切な決断を自ら下した証とも言えるものだったのだ。


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 ブロック4での生活は、それまでとは全く異質なものだった。
 「Nランク」者個々に与えられた個室が大人の女性向けに作られたものであるにもかかわらず、生活そのものは、まるで厳しい学校の学生寮の中にいるかのようなスケジュールが組まれていた。
 ブロック3までの、時間的に自由は生活ぶりとは180度違っているといっても過言ではない。
 例えば、月曜日から金曜日までの各曜日に、それぞれ午前中3時間、午後4時間の「レッスン」というものが設定されていた。
 レッスンといっても、その目的はただ一つ。女性化の最終仕上げである。
 従って、レッスン内容も「女性としての身だしなみ」「女性としての心得」「女性としての教養」「女性としての立ち居振る舞い」「女性としての話し方」等々、すべて「女性としての」という表現の加わった内容だった。
 それぞれのレッスンは、専門の講師がマンツーマンで徹底した指導を行い、妥協のない厳しいものだった。
 
 まず、「女性としての身だしなみ」は、アウター、インナー、ランジェリー類の名称から始まって、その選び方、着こなし、カラーバリエーション、コーディネイトの仕方、TPOによる服装の選び方などファッションに関するものと、コスメの各名称、役割、使い方とテクニックの磨き方などといったメイクに関するものとが中心だった。
 幸い、慶花の場合、ブロック3までの「美」への探求心(もちろん強迫観念に基づいたものではあるが)のおかげで、メイクのテクニックとファッションセンスについては講師も舌を巻くほどの熟達ぶりだったので、ほとんど苦労はなかった。
 
 しかし、それ以外のレッスンはいずれも苦労の連続で、失敗したり間違ったりした場合の厳しい罰則もあって、慶花自身何度ベッドの中で涙を流したかわからない。
 例えば「女性としての教養」では、主に女性の趣味や特技に関する指導が行われたが、フラワーアレンジメント・手芸・刺繍・茶道・料理などといった実技系の分野と、音楽・文学・美術・映画・演劇などと言った知識系の分野から個々の適性に合わせて、いくつかが割り当てられ徹底した指導が行われた。
 慶花が割り当てられたのは、フラワーアレンジメントと手芸、そして文学と映画だった。
 それまで花の名前などほとんど気にせずに過ごしてきた慶花にとってそれを覚えるだけでも相当な日数がかかり、ましてやどの花をどのように配置すると美しく見えるのかなどということは説明を受けてもピンとこないくらいだった。また手芸に関しても元々手先は器用だとは言え、棒針など手にしたこともない慶花にとっては表編みや裏編みといった基本的な編み方をマスターするだけでも相当な苦労だった。しかも美しいフレンチマニキュアを施した長い爪では難しさがさらに増していた。
 メリヤス編みがどうしても上手く行かない慶花は、担当講師に思い切って爪のカットを申し出たが、それはいともたやすく拒否された。何とか泣きながら課題を終えた時には日付も変わり、うっすらと日の光が部屋に差し込んでいた。
 知識系に文学と映画が割り振られたと知った時、慶花は内心ホッと胸をなで下ろした。
 どちらも「慶太」時代の趣味でもあり、実技系に比べて苦労は少ないだろうと思ったのだ。ところが、それは早合点だった。扱うジャンルが全く違ったのだ。特に映画はミュージカルやラブストーリー、文芸作品、ドラマ系の作品ばかりで、しかも女性が主人公のものばかりだった。「慶太」が好んで観ていた歴史物やSF物、冒険物などは皆無だった。
リストの中で慶花が観たことのある映画は「風と共に去りぬ」と「ローマの休日」だけだった。

 「女性としての心得」は、主に女性の内面に関する指導だったが、どちらかと言うと1世代か2世代前の女性、いやもしかしたらそれ以上前かもしれないが、そういった古風な女性の内面を基礎に指導がなされた。
 常に男性を立て、女性はその後を2歩も3歩も下がって従う。男性の指示には、決して逆らわず、自分の意見は表には出さない。女性には学問なんていらない。高校か短大を卒業後、腰掛けで入った会社で、素敵な男性に見初められ3年後くらいに寿退社。専業主婦は当たり前。キャリア志向なんて「行き遅れ」のオバサンたちの言い訳・・・・
 そんな考え方が、洗脳にも似た徹底した指導によって慶花の頭にたたき込まれた。
 だが、「慶太」時代には会社経営者として他人に指示を出していた立場にあった慶花は、指導時間内に、時折講師に対して自分の意見を口にしかけたこともあった。そんな時、講師は決まって慶花に厳しい罰則を与えた。パドルを使用した20発のスパンキング、そして丸一日の会話禁止である。会話禁止は一日で解禁されるが、スパンキングの痛みと羞恥は2日経っても消えない。慶花が指導時間中に自分の意志や意見を述べることはほとんどなくなっていった。

「女性としての立ち居振る舞い」では、立ち方・座り方・歩き方に始まり、美しい姿勢の保ち方、手の仕草、表情の作り方など、文字通り「一挙手一投足」に至るまでの指導が行われた。
 慶花は、その一つずつに関しては比較的短期間でマスターできたのだが、それらをつなぎ合わせて行われる「総合チェック」ではなかなか合格を得ることはできなかった。

「総合チェック」は指導講師の合図で始まる。
 ソファに浅く腰掛け、背筋を伸ばし、脚を揃えて斜めに流す。
 そして次の合図を受けて、ゆっくりと立ち上がり指定された場所まで歩いていく。
12センチピンヒールにもバランスを崩すことは許されない。
 目の前には一本の直線が引かれ、その線から左右のつま先をはみ出すことなく歩を進める。もちろん確認のために下を向くことは許されない。視線は常に前を向いていなければならないのだ。その脚の運びととピンヒールの頼りなさが、ゆらゆらと上下左右に微かな女性らしい揺れを作り出し、慶花のすでに丸みを帯びたヒップラインを官能的に強調する。
 猫背は最も避けなければならない姿勢だ。
 胸を張り、両肩を後ろに引きながら歩く。身体にフィットしたニット地のトップスが、Cカップの形のいい胸の膨らみを目立たせる。
 次の合図で再びソファに腰を下ろす。
 スカートのヒップ部分に手を当て皺を避ける動作を自然に行う。
 浅く腰掛け、背筋を伸ばし、脚を斜めに揃えて片足のつま先を前に出す。
 タイトスカートのわずかにせり上がった裾にシルクのハンカチを乗せ、ショーツの露出を避けるのも忘れてはいけない。
 最後に正面に座る講師に向かって、微かな笑みを投げかける。
 決して相手の目を直視してはいけない。鼻から口元当たりに視線を向けるのがベストだ。
 再び講師の合図で「総合チェック」が終わる。

 この一連の動作を滞りなく行うのはもちろんのこと、速すぎても遅すぎてもいけない。
 どこか一カ所でもミスがあれば、すべてやり直しだった。
 慶花がこの「総合チャック」に合格するのに約1か月かかったのも当然だった。

 だが、慶花にとって最も苦労したのは「女性としての話し方」だった。
 指導は、女性言葉を含めた言葉遣いはもちろん、発声、イントネーション、話す時の表情、手の動き、さらには呼吸法にまで及んだ。
 N1新薬の影響と元来の声質のために、男性としては高音だったとは言え、女性の声とはほど遠い。その声をできるだけ高音に保ち、会話訓練を繰り返す。裏声は禁物である。不自然な印象を受けるからだ。
 慶花は文字通り「喉から血が出るような」思いをしながら、ようやく何とか説得力のある「女声」を手に入れることができた。
 呼吸法の習得にも苦労した。
 腹式呼吸から胸式呼吸に変えるため、コルセットの着用が義務づけられ、習得するまでの間は入浴時以外外すことは許されなかった。
 胸式呼吸による小刻みな息づかいと新たに手に入れた「女声」を合わせると、
「時折息づかいの聞こえる少し高めのアルトボイス」・・・それが慶花の新たな声となった。
 慶花の出身地にはそれほど特徴的な方言はないが、それでも多少の訛りやアクセントの違いはある。それを取り除くための指導はまるでアナウンサー養成所のようだった。
 さらに指導を通じて習得させられた「女性言葉」はとても上品で、言い回しも非常に丁寧だった。

 
 こうして約2か月にも及ぶ厳しい指導期間が終了した時、N1新薬の継続投与の効果も相まって、慶花は元の慶花ではなくなっていた。
 外見的には、この間外出を一切許されず、紫外線にほとんど当たることもなかったため
白く肌理の細かい肌は、うっすらと静脈が浮き出るほどの透明感を伴っていた。
 艶とボリュームのある美しい髪は、すでに鎖骨のラインまで達していて、ベージュブラウンのナチュラルレイヤーにセットされていた。
 また2か月間の厳しい食事制限と運動禁止によって、入所以来続いていた筋肉・筋力の削減にさらに拍車がかかり、首筋や手足の細さが際立つようになっていた。
 服に覆われた部分の変化はさらに顕著で、バストサイズはすでに1カップ上がって「D」に達していたし、ヒップから太股にかけての柔らかなラインにはさらなる女性美が加わっていた。しかも呼吸法習得のための長期間にわたるコルセット使用によってウエストには美しい縊れがもたらされていた。
 もちろん、これだけ顕著に女性化が進行すれば、当然ながらその「反作用」も顕著だった。
 慶花のペニスはもはや「ペニス」と称するのも憚られるほどに矮小化が進み、小指の先ほどの「突起物」に変わっていたし、睾丸もビー玉大まで縮小していた。むろんエレクトなどすることはないし、夢精することもなくなった。
 よく男性の短小ペニスを揶揄して「勃起しても○○センチ」などと称するが、慶花の場合、その「勃起」すらしないのだから、「短小ペニス」のカテゴリーにさえ入れないということだ。

 これらの身体的変化の上に2か月間の内面的かつ精神的女性化指導が加わったのである。2か月ぶりに会った常田厳が、最初、慶花と認識できなかったのは当然と言えば当然だった。
 
 
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 前日に瑞穂から、「慶花のブロック4での女性化指導がほとんど終了段階に入ったので、その経過説明と今後の打ち合わせのために施設に来てほしい。」という旨の連絡を受け取った常田は、期待と不安の入り交じった思いで施設を訪れた。
2か月ぶりの訪問だったので、見慣れた施設の光景もどことなく新鮮に映る。
(そう言えば、前回来たときは薄手のコートを着ていたな。)と常田は思った。彼の目にはすでに初夏の訪れさえ感じさせる緑の光景が映っていた。

 建物内は2か月前と全く変わった様子はない。
 常田はいくぶんホッとした気分になった。
 瑞穂のいるカウンセリングルームの前に立ち、腕時計を確認した。約束の時間より15分ほど早かった。普通ならどこかでアポイント時間を調整するべきなのだろうが、なにぶん施設周辺には時間をつぶせるような場所はないし、施設内にもこれといって興味を引くような場所もない。
 常田は少々躊躇いながらもドアをノックした。
「はい、どうぞ。」
 すぐに瑞穂の声が返ってきた。
 ドアを開けた常田の目に、ソファに腰掛け瑞穂と向かい合っている女性の後ろ姿が映った。
「あ、失礼しました。来客中でしたか? 少し時間が早すぎたようですね。ではまた後ほど・・・」
 常田は慌て気味にそう言うとドアを閉めようとした。
「あ、ちょっと待ってください。いいんですよ。常田さん、お入りください。」
 瑞穂の口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「し、しかし・・・ご迷惑でしょう。」
 常田が躊躇っていると、瑞穂はさらに促すように言った。
「大丈夫です。もうすぐ終わりますから、そちらに腰掛けてお待ちください。」
 瑞穂はデスク脇の予備の椅子を指さした。顔には相変わらず笑みが浮かんでいる。
 常田は言われるまま腰を下ろすと、さりげなく女性の方に目をやった。
 女性の美しい横顔が目に映った。
 線の細い顎、筋の通った鼻、大きな黒目がちの瞳、そして抜けるように白い肌。
 おそらく相当な美人であることが横顔だけでもわかる。
 常田は、ベージュブラウンの髪をもう少し上げてくれれば、美貌のすべてをみることができるのに、と心の中で呟いた。
   
「そう、それじゃ、最近は気分が悪くなることもなくなったことね?よかったわね、きっと薬にも慣れたのね。」
 瑞穂は常田が椅子に腰を落とすのを待っていたかのように、目の前の女性に向かって話を始めた。
「ええ、おかげさまで。何から何まで先生にはお世話になりました。何てお礼を申し上げたらいいのでしょう。」
 常田の耳に女性の声が聞こえてきた。
 高すぎず低すぎず、とても心地のいい響きだった。声量は低めで時折小さく吐息が漏れる。それがほっそりとした肢体にマッチしていて、妙にセクシーに聞こえる。
 女性はホワイトシフォンの膝丈ワンピースを身につけている。春夏用ではあるが露出を抑えたシンプルなデザインで、それが癖のない美しい話しぶりと相まって、女性の品の良さを強調している。

「いいのよ、お礼なんて・・・。それより、どう? いまだにあの夢を見ることある?」
 瑞穂の問いかけに、女性は急に頬を赤らめ俯いた。そして、ほっそりとした右手を胸元に当て、小さく「はい・・・たまに・・・・」と答えた。
 彼女の右手はわずかに前後している。羞恥に呼吸が荒くなっているのがわかる。
 だがその姿を見つめている常田には、手の動きに合わせて前後に波打つ胸の膨らみが気になっていた。ワンピース越しでも相当な美乳の持ち主であることがわかる。背筋を伸ばし両肩をわずかに後ろに引く姿勢の良さが、胸の膨らみをさらに強調している。

「そう、見るの?で、今でもやはり・・・?」
 女性の顔の赤みはさらに増し、うっすら涙を浮かべているようにも見える。
 質問の内容こそ把握できているわけではないが、例えどんな内容であるにせよ、これほど羞恥心を表に出す女性をしばらく見ていない、と常田は思った。
 女性の話しぶりや姿、そして奥ゆかしいまでの仕草を見ていると、今ではほとんど見かけなくなった「深窓の麗人」、いや20代半ばと推察される年齢から言えば、「深窓の令嬢」と呼ぶのが最も適しているように思えた。

「どうなの? 今でもやはり・・・『夢精』するの?」
 瑞穂は一段声を上げて質問すると、目を丸くしている常田の方に悪戯っぽく微笑みかけた。
 常田は聞き間違いだと思った。そうでなければ、自分の知らない「ムセイ」という音を持つ単語が別にあるのだと思った。
 だがそんな思いも、次の瑞穂の質問ですべてが明らかになった。
「恥ずかしがっていてもしかたないわ。常田さんだって慶花の様子を知りたくていらしているのよ。ちゃんと質問に答えなさい。いいわね、慶花」

「け、慶花・・・?」
 常田は思わず叫んだ。その声に反応して二人の女性が彼の方に視線を向けた。
 悪戯っぽく微笑む瑞穂の顔と、俯き加減に視線を送る女性の顔が同時に目に映った。
 正面を向くと、確かに2か月前の慶花の面影は残っていた。
 以前、セクシーだと思った口元の小さなホクロもそのにある。
「フフフ・・・やっとわかりました?常田さん。『ちょっとだけ』変わったかもしれないけど、ここにいるのは間違いなく慶花よ。」
 瑞穂は『ちょっとだけ』を強調して言った。それが真意でないことは彼女の思わせぶりな笑顔からも明らかだった。
 
「いや、それにしても、驚いたなぁ・・・・たった2か月でこんなにも変わるものなんですか?  まさか、先生・・・整形とかしたんですか?」
「フフフ・・嫌だわ、常田さん。よく慶花の顔見てみてください。何か変わっているところありますか?」
 常田は椅子から腰を上げると、無遠慮にも慶花の横に座り、俯く顔を下からのぞき込んだ。
 慶花はその乱暴な視線を避けようと左肩をわずかに上げ、遮るようにすると、顔を右に傾けた。
 常田はさらに回り込むように見上げると、ニヤニヤしながら慶花の顔を吟味した。
「い、イヤ・・・」
 慶花の口元から恥じらいの声が漏れた。それは消え入るような微かな声だった。

「確かに部分的に見れば変わっていないような気がするな。でも・・・だとしたら、何でここまで別人に見えるんですか?」
「フフフ・・・もちろん、それはN1新薬の効果も大きいですけど、それだけではありません。やはり内面と精神面がもたらす全体の雰囲気の変化が別人に見せているのだと思います。」
「そう言えば、すごく女らしくなったというか、淑やかになったというか、どこかの深窓の令嬢のような雰囲気ですよね。」
「ええ、まさにそれを目指して指導したのですからね。フフフ・・・」
 二人はまるでその場に慶花がいないかのような話しぶりだった。
 慶花はそんな二人のやり取りを恥ずかしそうに俯きながら聞いていた。

「慶花、さっきの質問の答え、先生まだ聞いていないわよ。常田さんにもあなたの今の状況を聞いてもらわないといけないんだから、ちゃんと答えなさい。今でも『夢精』はあるの?」
 瑞穂は俯く慶花に強い調子で聞いた。ただ、その顔は明らかに反応を楽しんでいるかのようだった。
 慶花は小さく首を左右に振った。
「ええ?聞こえないわ。ちゃんと口に出して答えなさいっ!」
「・・・い、いいえ・・・」
 それは蚊の泣くような微かな音だった。
「ふうん、夢は見るけど『夢精』はなくなったのね?」
「・・・は・・・はい・・・」
「ふうん、そう。わかったわ。多分もう睾丸が機能しなくなっているんでしょうね。つまり精液を作ることができなくなっているっていうことね。」
 瑞穂は事も無げに言った。 
「せ、先生・・・そんなこと本人の前で口にしなくても・・・・」
 常田が慌てて口を挟んだ。
「あら、そんなこと、慶花は気にしていませんよ。ね、慶花? あなたは女の子なんですもの。本当なら睾丸があることだっておかしいし、精液が作られるなんてもっとおかしなことだもの。ね、そうよね?」
 慶花は瑞穂の問いかけにただ小さく一度頷くだけで、何の言葉も発さなかった。
「あら?どうしたの?どうして頷くだけで答えられないの?今日の慶花、おかしいわよ。」
「で、でも・・・・先生・・・・」
 慶花は蚊の泣くような声でそう言うと、横目でちらっと常田を見た。
「フフフ・・・わかったわ。男性がそばにいるので恥ずかしくて話せないのね?」
「は、はい・・・」
「慶花はすっかり恥ずかしがり屋さんになったわね。特に男性の前だと・・・。フフフ・・・ でも、これではカウンセリングにならないから、今日はこのくらいにしておきましょう。また明日いらっしゃい。二人だけでやり直しましょう。」
「は、はい・・・申し訳ありません。先生。」
 慶花は小さな声で謝罪の言葉を口にすると、ゆっくりとソファから立ち上がった。
 そしてその場で深々と一礼すると、
「先生、本日はありがとうございました。 また明日伺いますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
 と言い、今度は常田に向かって同様のお辞儀をして、
「常田様、本日はお見苦しいところをお目にかけ申し訳ありませんでした。慶花は殿方の前では緊張してしまう不束者でございます。どうぞお許しください。」
 と、丁寧な謝罪をすると、ドアへと向かっていった。
 だが、一旦立ち止まると、静かに振り返り二人に向かって口を開いた。
「あの・・・先生、常田様・・・一つお願いしてよろしいでしょうか?」
「うん?何かしら、お願いって・・・?」
 瑞穂が慶花の顔を見つめながら言った。
「お二人がいらっしゃるので、良い機会だと思って、お願いするのですが・・・もうそろそろ・・・妻の弘美を説得するためのビデオ映像を撮影していただけないでしょうか?」
 瑞穂と常田はお互いに顔を見合わせた。二人は共に怪訝そうな顔をしていた。
 実は二人とも2か月前に慶花とした話をすっかり忘れていたのである。
 そもそも慶花がさらなる女性化へのステップアップに同意したのは、会社社長への就任を渋る妻を説得し、何とか水瀬家での会社経営を維持しようとしたためだった。
 ところが二人は、そんな慶花の思いを利用して話を捏造しただけなので、そのこと自体記憶に残っていなかったのである。
 もしも瑞穂も常田も記憶力の悪い人間で、慶花への返答にもう少し時間がかかったら、さすがの慶花も疑念を抱き、違った運命の歯車を回したことになったかもしれない。
 だが、慶花にとって不幸なことに瑞穂は記憶力も良く、機転も利く才女である。すぐに2か月前の捏造話を思い出し、的確な返答をした。
「ああ、あの件ね、私もそろそろいい頃だと思っていたのよ。今の慶花なら奥様もきっと信用すると思うからね。 せっかく常田さんが見えてるので後でよく検討してみるわ。明日またお返事するから。それまでちょっと待ってて。」
 慶花は瑞穂の返事を聞くと、小さく微笑んで、「それではよろしくお願いします。」と美しい抑揚で言うと、もう一度大きくお辞儀をして部屋を出て行った。


「いやぁ、ドキッとしましたな。先生、よく思い出してくれました。助かりましたよ。」
 慶花が部屋を出るなり、常田が心からホッとしたような声で言った。
「本当に、私の一瞬何のことかと思いました。やはり悪いことはできないものですね。フフフ・・・。でも、何とか乗り切れましたから、大丈夫でしょう。それに今の慶花はあまり人を疑うという意識がなくなっていますからね。」
「そうそう、本当にすごい変わりようですな。先ほども言いましたが、まるで深窓の令嬢と言うか、まあ、世間知らずの上品なお嬢さんと言うか、どちらにしてもまるで別人ですな。」
「ええ、ブロック4、つまり女性化の最終段階では、『Nランク』者ほぼ全員が、ああいった上品な女性に変身させられることになっていますので、慶花だけが特別ということではないんですけど、それにしても慶花の変身ぶりは目を見張るものがありますね。」
「あれは、演技ではないんですよね?」
「あれと言いますと?」
「男の前での恥じらうような仕草とか控えめな態度とかですよ。」
「ああ、あれはすべて『指導』の結果、慶花の心に根付いたものです。ですから演技ではありません。あの男性の前での恥じらいも、控えめな態度も、そして男性を立てる気持ちも、これから一生慶花の心から消えることはありません。」
「ううむ、本来なら男であるはずなのに、女となって男に従属する生き方をしなくてはならない・・・やはり『Nランク』というものは悲劇的なものですなぁ・・・」
「そうですね。常田さん、『Nランク』に指定されなくて本当によかったですね。フフフ・・」
「よしてください。悪い冗談ですよ。ハハハ・・・」

「ところで、先生、先ほどから疑問に思っているんですが・・・・」
 少しの沈黙の後、常田が再び口を開いた。
「ええ、何でしょう?」
「なぜ、ブロック4ではあのような女性、つまり上品で奥ゆかしい女性に変身させなければならないのでしょうかね?」
「なぜ・・・と申しますと?」
「だって、いずれ彼らは『ニンフ』になるのですよ。上品さや奥ゆかしさなど不要でしょ。ましてや、慶花のように男の前で恥じらいを見せていたら『ニンフ』など勤まらないでしょう。何しろ『ニンフ』は性奴隷なんですから。」
「常田さん、それはあまりに単純な考え方ですわ。彼らを『ニンフ』化する前に、令嬢や令夫人に仕立て上げるのには二つの理由があります。一つは、ブロック5、つまり『ニンフ化』の指導をやりやすくするためです。ご存じの通り、『ニンフ』にはあらゆる性的サービスをもこなせる心構えとテクニックが必要です。ブロック5ではそれを身につけさせるわけですから、そこでの指導や指示がどんなに過酷なものであるかは簡単に想像できるでしょう。ですから彼らにはどんな屈辱的な指導をも従順に受け入れ、また、どんな恥辱的な指示にも盲従的に従える弱さや卑屈さがなければならないのです。」
「なるほど、令嬢や令夫人の心を持たせるのは、『ニンフ』化への大切な準備ってことなんですな。」
「ええ、その通りです。」
「で、もう一つの理由とは何なんです?」
 常田の問いかけに瑞穂は一瞬口元を弛めると、好色な笑みを湛えながら言った。
「フフフ・・・それは、女の私より男性である常田さんの方がわかるんじゃないかしら?」
「うん?どういうことです?」
「常田さんは、どんな客の要望にも躊躇いも恥じらいも見せずに、滞りなくこなしていく『ニンフ』と、表面上は要望に応えつつも、常に躊躇いや恥じらいを漂わせ、時には不本意であることを見せてしまうような『ニンフ』と、どちらに魅力を感じますか?」
「そ、それは、もちろん・・・後の方ですな。選べるのであれば、後の方の『ニンフ』と遊びたいと思いますね。」
「フフフ・・・そうでしょ。しかもその『ニンフ』は男のどんな卑猥な要求にも応えながら、時折、上流階級の上品な言葉を口にしるんです。文字通り「娼婦」と「淑女」の両面を併せ持つ、男性の理想像なんじゃありません?」
「ええ、それは確かにそうですね。。まるで家が没落したために、止むに止まれず娼婦に身を落とした元貴族の娘を陵辱するような、そんな背徳感があって、確かにそそられますね。ハハハハ・・・・」
「フフフ・・・そういうことなんですよ。どうやら『特殊倶楽部』内でも、そういうタイプの『ニンフ』が特に受けが良いみたいで、どうせ新たに『ニンフ』を『作る』のならそいういうタイプを『量産』して欲しいという要望が出されたみたいなんです。まあ、彼らの『令嬢』『令夫人』化にはそういう経緯があるということです。」
「なるほど、よくわかりました。・・・・・しかし、それを聞くと、より一層自分が『Nランク』でなかった幸運に感謝したくなりますよ。男に生まれながら、他の男の性的欲望によって身も心も都合良く変えられていく。これは性奴隷というよりはもう人形・・・いや、セックスドールですよ。」
「ええ、確かにそうですけど、私たちにはそんな感慨に耽っている余裕はありませんわ。
いかに滞りなく慶花というセックスドールを作り上げることができるかが大事なんです。
それに・・・・・どうせ作るなら最上のセックスドールを作りたいじゃありませんか。ね常田さん フフフ・・・・」
 瑞穂の目にはサディスティックな光が宿っていた。

「ところで、先生、慶花のブロック4の指導はいつ頃まで続くんですか?」
「う~ん、実は・・・もうほとんど終わっているんですよ。」
「え?では、すぐにでも『ブロック5』、つまり『ニンフ』化への準備を急がないといけないじゃないですか?」
「常田さん、『ブロック5』に移行するには、絶対条件があったのを覚えていますか?」
 常田は瑞穂に指摘されて、記憶の糸を辿った。
 そう言えば、随分マニュアルを読んでいない。最後に読んでからもう4か月くらいになる。瑞穂の指摘する部分については記憶の片隅にすら残っていなかった。
「どうやらお忘れのようですから、ご説明しますけど・・・・」
 瑞穂は皮肉混じりの口調で話を始めた。
「『ブロック5』移行の前に、行わなければならないことが二つあります。いずれも『Nランク』者に、すでに引き返すことのできない段階に入っていることを強く再認識させるために必要なことなのですが、まず一つ目は『除籍』です。」
「『除籍』・・・ですか?」
 常田は瑞穂に指摘されて、マニュアルの内容を思い出そうとした。確かに「除籍」という項目があったような記憶がある。
「つまり、本人の国籍、及び戸籍を抜き・・・・」
 瑞穂がそこまで言いかけた時、常田が急に思い出したように大きな声を上げた。
「ああ、思い出しました。つまり本人の在籍をすべて抹消し、存在そのものを消すということでしたね。婚姻関係にある者はその前に離婚の合意も必要という、あれですね?」
「はい、そうです。で、慶花の場合はご存じの通り、弘美という妻と婚姻関係にありますから、『除籍』の前に離婚の合意が必須というわけです。まあ、慶花自身は、自ら女性として生きることを決意していますから、離婚そのものは同意しているのですが、離婚がそのまま『除籍』、つまり本人の存在が消えることになるとは思っていません。それに伺った限りでは、現段階で妻の弘美にも離婚の意思はないのでしょう?」
「ええ、確かにその意思はないと思いますね。以前訪問した際に山村誠也という男と結構いい仲であるのはわかりましたが、恐らく離婚までは考えていないでしょう。第一、水瀬家から籍を抜くことは仕事上も問題があるでしょうからね。」
「ええ、恐らくそういうことでしょうね。だから離婚の同意を得るのが難しい現段階では『除籍』は不可能だということです。」
「ううむ、なるほど・・・。で、もう一つの条件とは・・・何でしたっけ?」
「フフフ・・まだ思い出しませんか? もう一つは肉体的な処置です。『Nランク』者にもう後戻りができないことを認識させる、肉体的処置・・・つまり『去勢』です。」
「きょ、去勢?」
「はい、睾丸の摘出手術です。」
 常田はマニュアルの中程のページに「睾丸摘出手術」と朱書された部分があったのを思い出した。
「ああ、確かに書かれてましたね。」
「ええ。『睾丸摘出手術』には本人及び、親族の同意が必要です。まあ慶花の場合には、本人と妻の弘美ということになりますが、これは現段階ではほとんど不可能です。慶花はプチ整形すら拒否していますし、ピアスすら開けようとしません。まして『睾丸摘出手術』なんか同意するわけがありません。従って、この条件も現段階ではクリアできないということです。」
「ううむ・・・じれったいもんですね。どっちも本人の知らない間に強制的に処置してしまったら良さそうなものですがね。」
「これは、常田さん、お役人とは思えない発言ですわ。あくまで『自由意志』が大原則ではなかったですか?フフフ・・・」
 瑞穂は苛々を隠そうともしない常田をまるで宥めるかのような口調で言った。
「あ、いや・・・それはそうなんですが・・・では、本人がその気になるまで待つしかないということなのでしょうか?」
「ええ、まあ、残念ながらそういうことになるでしょうね。」
 瑞穂の声もいくぶん不満げだった。
「全くそんな悠長なことしてて、またトラブルでも起こって滞りが出たら、責任は全部こっちなんですから、本当に宮仕えはつらいですよ。」
「ええ、トラブルが起きない保証はないですものね。ご同情申しあげますわ。フフフ・・」
「それに例のビデオ撮影もしなければならないんですから、本当に現場も大変ですよね。」
「ビデオ・・・ですか?」
「ハハハ、先生がさっき慶花に言われて思い出した、例のビデオですよ。慶花が妻を説得するための。今更でっち上げだったなんて言えないでしょう?撮影だけでもしないと慶花が疑い始めるんじゃないですか?」
「ああ、そうですね、確かに・・・・」
 そこまで言いかけて、瑞穂は顔色を変えた。明らかに何かを思いついた様子だった。
「ど、どうしました?」
「ええ、今ふとあることを思いつきまして・・・・ビデオ撮影をうまく利用すれば、先ほどの二つの条件もクリアできるのではないかと・・・まだ、頭の中がまとまってはいないのですが・・・でも・・・フフフ・・・うまくいきそうだわ・・・・フフフ・・・ええ、絶対にうまくいくわ。ハハハ・・・」
 瑞穂の表情が徐々に明るくなっていった。閃きが少しずつ形になっていったのである。


 その後、カウンセリングルームに後藤良介も呼ばれ、3人による打ち合わせがおよそ2時間かけて行われた。   
 計画は、良介と常田の意見で一部手直しがされたものの、概ね瑞穂のアイディア通り進めることとなった。
 この奸計とも言うべき計画が実行に移された時、慶花の「ニンフ」化への道はさらに加速し、その運命の歯車も大きく回り始めることとなるのだった。

****************************************

 ビデオカメラの前で、慶花はぐったりと疲れ切った表情を浮かべていた。
 今朝から始められた撮影は、撮り直し撮り直しの連続で、11回目でやっとオーケーが出た。
 フラワープリントのサンドレスの胸元には、緊張のためか、それとも照明の熱さのためかうっすらと汗が滲んでいた。
 以前の弘美宛のビデオ撮影時とは違って、今回のカメラワークは当然ながら、顔のアップ以外に全身撮影もあった。

「すっかりお嬢様に変身した慶花を見てもらうんだから、できるだけフェミニンな服装の方が良いわ。それにメイクも派手すぎないように上品にね。でも、せっかくだからちょっと胸元を開けて、奥さん、驚かしてあげましょうか?」
 瑞穂は撮影前に慶花にそんなからかい半分の言葉をかけながら、洋服選びを手伝った。 慶花は開いた胸元から覗く胸の谷間を気にしながら撮影に臨んだ。

 セリフはほとんど瑞穂の台本通りであり、中には口にして恥ずかしくなるような表現や言い回しなどもあったが、その内容については慶花の言いたいことをほぼ網羅していたので、その点については納得している。
 恐らく弘美がこの映像を見てくれたら、自分はすでに別人格である「慶花」という女性として生きることを選択し、それ故会社経営に戻るつもりはないことを理解してくれるだろう。それはもちろん寂しいし、つらいことではあるのだが、弘美から社長就任への躊躇いを取り除くためにはやむを得ないことなのだ。

 ただ、撮影が終了しても慶花の心には達成感や満足感はなかった。
 どうしても不安がぬぐい去れないことがあったのだ。
 それは美穂が検閲官を納得させるためと称して付け足した3つの項目についてである。

 美穂は撮影前に説得力のある口調で慶花に言った。
「たぶん、台本のままだと検閲を通りそうもないの。検閲を通らなかったら、奥さんに見せることもできないんだから意味ないでしょ?」
「あの・・・どこか問題でもあるんでしょうか?」
「ううん、問題って言うより、検閲官がこれでは信じないんではないかってことなのよ。つまり本気度が伝わってこないって言うか、単なるお芝居だと思われる可能性があるってこと。」 
「お芝居・・・?」
「そう。『慶花』に生まれ変わったっていうことも、会社の経営を奥様に譲りたいっていうこともね。だからそれが本気だっていう証拠を見せなくちゃいけないの。」
「証拠・・・・ですか。 でもどうしたら?」
「フフフ・・・良い方法があるのよ。いいから私の指示する通りに言えばいいの。」
 瑞穂はそう言って台本に3つの項目を付け足した。
 一つ目が、離婚に関すること。二つ目が、会社及び財産、資産の譲渡に関すること。そして三つ目が、何と、睾丸摘出手術の同意に関することだった。
 
 それらが新たに加わった台本を見た時、慶花は心臓が止まってしまうのではないかと思った。全く自分の意図している内容ではなかったからだ。特に睾丸摘出手術など夢にも思っていないことだった。もちろん慶花はその新しい台本を拒否した。
 しかし瑞穂はまたもや説得力のある口調で慶花を諭した。
「このくらいのことをしないと検閲官を納得させることはできないわ。それに、この3つの項目については、映像を見てもらう前に奥様に、『この3つの項目に関しては、検閲を通すためのお芝居です。ご主人の本心ではありませんので無視してください。』ときちんと伝えるから、絶対に大丈夫よ。」
 それでも尚、慶花は拒否したのだが、「それじゃ、撮影はやめる?」という瑞穂の言葉に最終的には同意せざるを得なかった。撮影そのものをやめるという選択肢はなかったからである。

 撮影が終わり部屋に戻る際、慶花は瑞穂に5回目の念押しをした。
「本当に映像を見せる前に、妻にきちんと伝えてくださいね。忘れないでください。お願いします。」
 それは聞きようによっては、念押しと言うより哀訴とも言うべき言葉だった。



プロフィール

Author:サテンドール
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女性化小説なら国内・海外を問わず大好きです。

特に屈辱系・羞恥系・強制系・寝取られ系・立場逆転系・年齢退行系・SISSY系などなど・・・。

happy よりは、unhappy ending が好み。
(ちょっと、性格がゆがんでるのかも^^)

私事ですが、以前某サイトに 
「高野奈緒美」のペンネームで
『ある性転者の告白』という拙い小説を掲載させて頂いておりました。事情があって途中で掲載を止めましたが、その完結編も当ブログでご紹介できればと思っています。

それとランキングにも参加させていただきますので、
ポチッとクリックいただければ幸いです。

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