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N/Nプロジェクト 第2章

〔第2章〕

 コンフェクショナリー・ミナセの本社ビル最上階の社長室からは、眼下に県の名を冠した第一野球場が見える。
 折から地域主催の野球大会が開かれていて、グラウンド内の白熱したプレイとそれぞれの観客席からの熱のこもった応援の様子が伝わってくる。
 水瀬弘美は物思いにふけりながら、無意識にその動きを追っていた。
 野球に興味があるわけではない。午前中の新商品開発会議と午後の新規事業計画重役会議による疲労感がもたらした行動だった。

「コンフェクショナリー・ミナセ 社長代理」
 これが、現在の弘美の肩書きである。
 以前も取締役の一人であったので、会議への参加も社長室への出入りも戸惑いは感じない。ただ、以前のオブザーバー的な参加とは明らかに役割が違っているのである。精神的にも肉体的にも、また責任の上からも逃れようのない大きな重みを感じているのだった。 けれども、それは同時にやりがいのある重みでもあった。
 当然、夫の慶太が帰るまでの社長「代理」であることはわかっているが、この経験が自分のキャリアにおいて大きなプラスになることは明らかだった。場合によれば、慶太が戻って来た後、関連事業のトップに就いてみたいという欲すら沸いてきているのだった。
 元々弘美には上昇志向があった。大学で経営学を専攻したのもそのためだ。
 だが、今回のように、代理とは言え、降ってわいたような社長就任など、当然ながら想像もしていなかった。

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 弘美の住む高級マンションに、常田厳が後藤良介を伴って訪れたのは、もう2週間ほど前になる。
 その3日前、夫の慶太は指定された面談のために上京し、夕刻になって管轄部署の女性職員から、慶太の検査結果について重大な疑義が見つかったので、再検査の必要が生じ、その結果が出るまで外出許可が下りない旨の連絡があった。
 弘美は目安としてどれくらいかかりそうなのかと尋ねたが、明確な返答はなかった。ただ詳しいことが決まり次第必ず連絡をもらうことを約束し電話は切れた。    
 弘美の胸には多少の不安が去来したが、公共の機関で行われることなので間違いはないだろうと自分に言い聞かせ、努めて不安を打ち消そうとした。
 幸い追加の連絡は翌日すぐに届いた。今回は女性職員からのものではなく、落ちついた中年男性と思える声だった。
 常田厳と名乗るその男性は、自分は慶太の担当になった役人であり、詳しい状況を知らせるために訪問したいと告げてきた。
 無論、弘美には断る理由はない。一刻も早く詳しい状況を知りたいと思っていたくらいである。両者は日時を打ち合わせて電話を切った。
 
「結論から申し上げます。再検査の結果、ご主人は『Dランク』と判明いたしました。従いまして、『適性教育機関』での再教育が必要と判断され、現在そちらに移られております。」
 常田は応接間に通されるや、名刺交換もそこそこに話を始めた。
「『Dランク』・・・と申しますと・・・あの・・・」
 弘美は自分に送られてきた結果表のランク説明を思い出そうとした。だが、残念ながら思い出すことはできなかった。自分が「Aランク」であったことに安堵して、他のランクのことなど気にも留めなかったからである。

「『Dランク』とは、『現在の職業・職域または社会的地位が不適であるばかりでなく、検査結果の一部または全てに基づいて、最適性への変更は不可能である。『適性教育機関』での、一定期間の再教育が必須。その達成度により、比較的適性度が高いと判断しうる職業・職域・社会的地位に就くことが義務となる。』とあります。」
 常田と同行した後藤良介がマニュアルに書かれている内容を事務的に読み上げた。
「ということは、水瀬は社長として戻ることはできないということですか?」
 弘美の質問に頷こうとした後藤を制するようにして、常田が答えた。
「いえ、そうとは限りません。ご本人に現職への復帰の希望が強く、『適性教育機関』での達成度からも現職への適性度が高いと判断されれば、そのまま社長としたお戻りいただくことは可能です。」
「あの、主人の・・主人の場合はどうでしょう? 見通しとしてどうなんでしょう?」
「ご主人の場合は間違いなく復帰されることになるでしょう。これまでのご主人の経営手腕とか諸々が判断材料になりますから。」
 弘美の顔に安堵の色が浮かんだ。
「で、その教育機関での再教育というのはどのくらいかかるのでしょうか? いえ、はっきり言って社長復帰までどのくらいかかるのでしょう?」 
「それは個人差がありますので、明確には申し上げられませんが、およそ1年位をお考えいただきたいと思います。」
「い、一年も・・・ですか? あの、その間、水瀬の代わりはどうしたら・・・・」
「奥様は経営にも参画されていますね?しかも今回の適性検査の結果も『Aランク』です。さらに言えば、他のデータからも経営者としての資質を十分備えていらっしゃいます。いかがですか、社長代理としてご主人の留守を守られては?」
 弘美はしばらくの間、常田の提案に頭を巡らせた。
 自分に果たしてできるのだろうかという不安と、一年という限られた期間ならむしろやってみたいという意欲との葛藤が決断を鈍らせた。

 だが、常田の次の言葉で弘美の心が決まった。
「奥様が断られた場合、私どもは最適性と判断される第三者を強制的に配置することになります。その場合、ご主人が再教育を終了しても社長の座に復帰する可能性はありません。その点も十分にご承知おきいただいた上でお決めください。」
 第三者に経営権を譲るなど絶対にあってはならない。まして慶太がそれを望むわけはない。弘美はきっぱりと言い切った。
「わかりました。私が・・・私が代理を引き受けます。でも、もう一度確認させてください。水瀬は、必ず復帰できるんですよね?一年後には必ず・・・」
「ええ、もちろんです。ご主人の気持ちに変化がなければ。」
「変化?変化とはどういうことです?」
「ご主人が自ら経営者としての立場を捨てたいとお考えになった場合です。」
「アハハ・・・そんなことはあり得ません。水瀬にとってこのコンフェクショナリー・ミナセは生き甲斐そのものです。子供のいない私たちにとっては大事な子供みたいな存在でもあるんです。それを手放すなんてあり得ません。 わかりました。それでかえって確信しました。一年後の水瀬の復帰を。」
「そうですか、それなら結構です。」
 常田は弘美に気づかれないように、小さく後藤に目配せを送った。
 後藤もそれに答えて小さく頷いてみせた。
「ところで、その間の連絡は・・・水瀬との連絡はどのようにしたらいいのでしょう?」
 常田は当然とも言える弘美の質問に意外なほど事務的な返答をした。
「原則として、直接の連絡はできないことになっています。再教育に悪影響があるからという理由です。従って、どうしても連絡が必要な場合は私どもが介在させていただいた上で書面のやり取り、音声録音、画像録画といった形で行います。もちろん再教育に影響があると判断される部分は許可されませんが。」
 弘美は、この時初めて「Dランク」という評価の持つ意味の重大性と過酷さに気づいた。
 だが、とにかく与えられた条件の中で、最善を尽くさなければならない。そして一年後の慶太の復帰を望ましい形で迎えたい。弘美は改めてそう決断したのだった。

 
 東京に向かう新幹線の車中で、後藤は常田に向かって話しかけた。
 新幹線の到着を待つ間、駅構内のレストランで食事を済ませ、その際に飲んだビールに幾分酔っているのか、声の調子がいつもよりも高かった。
「常田さん、あんな風に奥さんを騙さなくちゃいけないんですか?水瀬慶太は社長復帰はあり得ないんでしょ? あれじゃ、詐欺ですよ。」
「しっ! 声が大きいよ。 君は本当に単純というか何というか・・・。いいかい?私たちが行っているプロジェクトは部外者にはいっさい知られてはいけないものなんだ。もしも自分の夫に復帰の可能性がないと知ったら、妻はどういう行動をとるかね?中には結果に納得できないので説明してほしいと抗議する者も出てくるだろう。もしかしたらマスコミに話す人も出るかもしれない。そうなればプロジェクトの中身が露見するリスクは格段に大きくなってしまう。だから、現段階ではそういったリスク要因はすべて排除しておかなければならないんだ。」

「でも、いずればれることでしょう?『Dランク』の連中とはちがって、『Nランク』の連中は、家族の元に戻ることもできないんだから。」
 後藤は常田の注意に従って、若干声のトーンを落として言った。
「それはそうだ。でも、1年後、いや数ヶ月先でもいい。彼らはどうなっているか、君にも想像できるだろう?」
 後藤の脳裏に女性化した慶太の姿が映る。髭を生やした顔からは女性の顔は連想できないが、それでも小柄で華奢な体つきから何とかイメージすることができた。
「その段階になって妻が知ったらどうするかね?」
「抗議するでしょう。夫に何をした?って・・・」
「それが夫の意志によるとわかってもかね?」
「そ、それは・・・」
「だれが、そんな身内の変態男の恥をさらしたいと思う? 女になるだけでなく、『ニンフ』になって男の性奴隷になりたいなんていう変態男の恥を・・・。」
 後藤の脳裏に、セクシーなランジェリー姿で大きな男に抱きすくめられながら、うれしそうに微笑む慶太の姿が浮かぶ。後藤はぞっと悪寒が走るのを感じて、小さく首を振った。

「先日、施設のカウンセリングルームで話したように、女性化が彼らの自由意志で行われるようにし向けるのは、そういうリスクを排除するためでもあるんだよ。」
 後藤は常田の冷徹な話しぶりに、そしてプロジェクトの奥に隠された残忍性に微かな恐れを抱き、持っているビール缶が小刻みに震えるのを感じた。
「そ、それにしても、『Nランク』の連中っていうのは、悲惨なもんですねぇ。会社を奪われ、妻とも別れさせられ、女にされて、男の慰みものされる。もう、考えただけで鳥肌もんですよ。」
 後藤は恐怖心をかき消すようにことさら明るい口調で言った。
「ところで君は・・・君は『何ランク』だったんだい?」
「え、私ですか? それは当然『Aランク』ですよ。常田さんは? 常田さんも『Aランク』でしょ?」
「いや、残念ながら・・・B。 『Bランク』だよ。」
 常田の表情に一瞬陰りが滲む。
「あ、そ、そうでしたか・・・でも、Bって職業を変える必要はないんですよ・・・ね?」 後藤は慰めるような口調で言った。
「ああ、表向きは・・・な。でも、BはBだよ。特に役所という場所ではなおさらだ。ちょっとしたミスが命取りになりかねないんだ。だからこそ、この担当の仕事はミスするわけにいかないんだ。」
 常田の顔には悲壮感すら漂っていた。
「私も・・・全力で協力しますから・・・お互いがんばりましょう。」
 後藤の精一杯の励ましの言葉だった。
 二人は無言の笑みを交わすと、すでに開いている缶ビールで二度目の乾杯をした。

***************************************

 コンコン・・・コンコン・・・
 弘美は、社長室のドアを叩くノックの音にハッとした。
 窓から野球グラウンドをぼうっと眺めていたので一度目のノックは聞き逃したが、二度目の音ははっきり聞き取れた。それは弘美を現実の世界に引き戻す音だった。
「は、はい・・・どうぞ・・」
 弘美は落ちついた口調で返答した。
「社長代理、この企画書に目を通して頂けますか?」
 大柄でガッチリとした男が笑みを湛えながら入室してきた。スーツ越しからも体格の良さが伝わってくるスポーツマンタイプの男だ。
「あら・・・誠也くん・・・」
 弘美は、来室者が山村誠也だと知ってホッとした。
 

 弘美と誠也はもともと幼なじみで、小さい頃は誠也の弟の直也を含め数名のグループでよく遊んでいた。
 年齢は弘美より2歳年上の32歳であるが、気があったのか特に親しくしていた。
 幼なじみという関係も、普通なら年齢を重ねると疎遠になったりするものだが、二人の友情は決して消えることはなかった。いや、実のところ友情と考えていたのは弘美だけで、誠也の方は、いつしか弘美を恋愛対象として見るようになっていた。しかし、弘美が大学を卒業してしばらくの後に、コンフェクショナリー・ミナセの次期社長と目されている水瀬慶太との交際を始めると、自らの恋愛感情を抑えるしかなかった。それほど「ミナセ」の名は地元では大きなブランドだった。
 誠也は、慶太と弘美の盛大な結婚式披露宴で、新婦側の友人代表の一人としてスピーチも行っている。
 その際に述べた「いつか二人の関係がダメになったら、私が弘美さんを代わりにいただきますから。」という言葉は決して冗談ではなかった。それは一瞬会場中の大顰蹙を買ったが、誠也のさわやかな話しぶりとスポーツマンらしい屈託のなさがかえってその後の雰囲気を盛り上げもしたのである。もちろんひな壇に座る慶太と弘美もそれを冗談だと受け取って大きな笑顔で聞いていた。
 後に経営学の修士課程を終えた誠也を、コンフェクショナリー・ミナセの本社に厚遇で迎え入れるよう薦めたのはむろん弘美だが、誠也の優秀な成績を見て、慶太自身もそのことに異論はなかった。
ミナセ入社後の誠也はすぐに頭角を現し、いつしか慶太の経営アドバイザー的な役割を演じるようになっていく。誠也にとってもそれはやりがいのある仕事だった。それに加え、取締役会などに時折姿を現す弘美と談笑する楽しみもあったのである。

 だが、誠也の身内には一人やっかいな人物がいた。それは弟の直也である。
 弘美にとっては誠也同様幼なじみの存在ではあるが、誠也ほど気が合うわけではなかった。
 直也は優秀な兄を持つ弟にありがちな、少々卑屈なところがあり、多少自堕落なところもあった。
 この山村兄弟は早くに両親を失っている。従って、二人にとってはお互いが唯一の家族ということになる。そういうこともあって、誠也は、大学を卒業しても定職に就くわけでもなく、その日暮らしをしている弟を放っておくわけにはいかなかった。
 誠也は慶太に、直也を何とか会社に就職させてもらえないか、と相談した。
 慶太は即座に承諾した。誠也のこれまでの仕事ぶりを考えれば弟の就職など大したことではなかった。
 だが、この直也が大きな事件を起こしたのは、入社後2年を経た頃だった。
 先代から伝わる洋菓子のレシピを盗み出し、ライバル店に横流ししようと企んだのである。
 事件は直前に露見し未遂に終わったが、このことを知った慶太は激怒し、即刻直也を解雇した。妻の弘美と誠也は何とか考え直してくれるよう説得したが、他のものならまだしも、レシピは「洋菓子のミナセ」にとっては失うことのできない財産である。慶太の意志は固かった。
 その後、再び荒んだ生活に戻った直也が徐々に犯罪の道に手を染めるようになったのは当然の流れだとも言える。
 現在直也は、3件の窃盗と2件の暴行により服役中である。
 彼は取り調べ中、慶太に対する恨みを何度も口にしたらしい。もちろんそれは単なる逆恨みというものであるが、屈折し卑屈な精神の直也にとってはぬぐい去ることのできない恨みとなったのである。
 兄の誠也は、弟の解雇後も変わらず職務を遂行していたが、さすがに逮捕という事実に直面すると複雑な思いが芽生えていったのである。
 聡明な彼のことだから、慶太を恨むのは筋違いであることは理性的には、わかっている。しかし、たった一人の家族である弟を逮捕に追いやったのは慶太であるという思いも心のどこかには残ったのだった。
 だが、それはそれとして、何らかの事情により社長の慶太が不在となり、それを守るために懸命になっている弘美がいる。
 誠也は微かに芽生える邪心を心の奥にしまい込み、弘美を支えられるのは自分しかいないという純粋な思いに突き動かされていたのだった。



「誠也くん・・・はダメでしょう? 社長代理?」
 誠也の屈託のない笑顔が満面に広がる。
「あ、そうね。ここでは・・・山村部長・・・だったわね。」
 誠也の笑顔につられて、弘美の顔にも満面の笑みが戻る。
「やっぱり、疲れる? 社長業って?」
「うん、そうね。なれないことばっかりだし・・・。ちょっと参ってる・・・かな?」
「何でも言ってくれよ。俺でできることは何でもするから。大事な弘美ちゃんのためだから・・・ね。」
「うん、ありがとう・・・なんか不安で・・・やっぱり私も女だったんだね?」
「アハハ・・・そりゃそうさ。 だから、きつくなったら愚痴でも言って甘えちゃえばいいんだよ。女なんだからさ。」
「うん、ありがとう。じゃ、甘えたいときには甘えちゃうからなぁ。覚悟しておけよ。誠也ァ フフフ」
「はいはい、わかりました。弘美社長代理様 ハハハ・・・」 
 二人の大きな笑い声が社長室中を満たした。
重責に押しつぶされそうになる弘美にとって、この誠也との語らいの一時が唯一の癒しの瞬間だった。

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N/Nプロジェクト 第1章

〔第1章〕

 殺風景な部屋の窓から見える景色は、ただ広々とした草原と、遙か遠くの山々の稜線、ゆっくり流れゆく小さな白い雲だけだった。防音が施されているのか外界の音も聞こえてはこない。
 水瀬慶太(みなせけいた)は、ただ流れゆく雲を見つめながらため息をついた。
 大型バスに揺られ、この施設に連れて来られたのはまだ数時間前のことだ。
 「適性検査」の結果に重大な間違いが見つかり再検査が必要とだけ告げられ、この場所に有無を言わさず連れて来られたのである。
 ずいぶん強引なことをするな、と慶太は思ったが疑念を抱くことは全くなかった。ただ、その割にずいぶん長い時間待たせるものだとも思う。待ち時間を過ごす手段はため息をつきながら窓外の風景に目をやることくらいしかなかった。


 慶太の頭に、2週間ほど前の妻、弘美とのやり取りが浮かぶ。
 仕事から帰宅した慶太に弘美が封書を差し出した。「親展」と大きく朱書された公的な文書だった。先日受けた「適性検査」の結果であることは、裏書きを見てすぐにわかった。
「私、Aランクだったの。ホっとしちゃった。ね、あなたも早く見てみたら?たぶんあなたもAランクでしょうけど・・・。」
 弘美の口調はいつもより明らかに快活だった。
「んん?なんだ?そのAランクって?」
 慶太は弘美の返事を待つこともせずに、無造作に封書の封を開けた。
 最初に目に入ったのは、「検査表の見方」という数枚綴りの小冊子だった。そして、その2ページ目に弘美の言う「ランク」についての説明があった。弘美がなぜうれしそうに「Aランク」だったことを報告したのかも合点がいった。

 慶太は別添の「検査データ表」と「検査結果表」に目を通した。
「え?弘美?ランクってどこに書いてあるんだよ?」
 すでにキッチンで夕食の準備を始めている弘美に書斎から声をかけた。
「ええ?どこって、検査結果表にかいてあるでしょ?」
 弘美は廊下を書斎に近づきながら答えると、そのまま不思議そうな表情を浮かべながら、すでにドアの開いている書斎の中へと入ってきた。 
「いや、やっぱり書いてない。ランクについては何も・・・書いてない。」
「え?そんなはずないわ。ちょっと貸してみて・・・あら、本当だわ。書いてない。おかしいわね。何かの間違いかしら」
 それが間違いでないことは、その後すぐに判明した。弘美の封書に入っていないもう一枚の書面が、慶太の封書には入っていた。それは「面接」の案内書であったが、それが単なる「面接」ではないことは、出席が必須であることと、もし欠席した場合の処罰規定まで記されている点で明らかだった。

 しかし、実際に指定された場所で行われたのは「面接」ではなく、事務的な「通告」だった。
「検査結果に重大が疑義が見つかりましたので、再検査を行います。これから、別の場所で、同様の疑義のある方々で一斉に再検査を行います。ご家族の方にはこちらからご連絡いたしますのでご心配はいりません。」
 眼鏡をかけた神経質そうな事務官からの言葉を聞いた後、程なくして慶太は大型バスの車中の人となったのだった。
 
 
 コンコン・・・ ドアをノックする音に、慶太はハッとした。
「あ、どう・・」
 慶太の許可の言葉を待たずに、ドアは無造作に開けられ、20台後半くらいのやせ型の男が部屋に入ってきた。
「水瀬慶太さん・・・ですね? 時間ですので、私についてきてください。」
 慶太は、案内されるまま男の後について廊下を進んだ。
 見渡すと廊下はかなり長い。緊張感のため到着した時には気づかなかったが、今いる建物がかなり大きなものであることは容易に想像できた。
 慶太の通された『カウンセリングルーム 5』という小さな部屋には、ダークブラウンのレザー製のソファと、間に低いガラス製のテーブルが置かれ、カウンセリングルームというよりは応接間という感じがした。いや、真新しい白い壁を考え合わせると、病院の待合室のような感じもする。
(どうして、カウンセリングルームで再検査なんてするんだ?)
 慶太が、妙な違和感を覚えながら部屋を見回していると、小さなノックの音と共に、一人の女がゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた。
 女は慶太の前のソファに静かに腰掛けると、簡単な自己紹介を始めた。
 名前は向山瑞穂(むかいやま みずほ)、年齢32歳、当施設のカウンセラーの一人という簡単なものだった。正面から見ると、かなり美しく魅力的な女である。ただ、愛想というものが全く見られない。良く言えば「クールビューティ」ということなのだろうが、悪く言えば「鉄仮面」という印象だ。

「では、カウンセリングを始めます。」
 女は静かに口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。私は、適性試験の再検査のためにここに連れてこられたんだ。何かの間違いじゃないか?」
「いえ、間違いではありません。ここでは再検査など行いません。と言うより、検査の結果には何一つ誤りなどありませんから、再検査そのものが必要ではありません。」
「で、では、何のために・・・こんな所に・・・?」
 慶太は意外な事実に直面し、思わず声を上ずらせた。
「これから、ご説明いたしますので、よくお聞きになってください。」
 女は冷静かつ冷徹な表情で、分厚いファイルを引き寄せると、テーブルの上に広げて見せた。
「水瀬さん、あなたの今回の検査結果、ランクが書かれてありましたか?」
 慶太はこみ上げてくる不安を抑えながら、静かに首を振った。
「そうですね。何も書かれていなかったですよね。それはもちろん単なる誤りではありません。いえ、むしろとても重大な事を意味しているのです。」
 慶太は思わず、ごくりとつばを飲んだ。女はちらっと慶太の反応に目をやり説明を続けた。
「結論から先に申し上げます。あなたの適性検査の結果はDでした。しかし、それとは別に大きな問題が見つかりました。『性別の不適合』という問題です。」
 慶太にとって『性別の不適合』などというあまりに意外な単語の出現が、Dランクだったことのショックをすっかり覆い隠してしまった。
「つまり、あらゆるデータから水瀬さんは正式な男性としては認められないということです。従って、通常のDランク者のように再教育を受講する権利もありませんので、適性度の高い職業への移動も不可能です。」
「そ、それは・・・ど、どういう・・・」
「驚かれるのも無理ないことですが、これは現実です。冷たい言い方になりますが、このままでは我が国にとって不要な人物ということです。私たちはあなた方を『Nランク』と称しています。これは、単に検査結果の欄にランクが書いていないからではありません。
少数精鋭を目指す我が国の将来にとって、男性としての十分な働きができない男性は、もはや男性ではない。そしてそのような人物は何のメリットももたらさない。無用な存在であるということ。つまりNothingのNなのです。」
 この女はもしかするとサディストなのかもしれないと、慶太は思った。冷徹な説明ぶりもそうだが、時折目の奥に見える微かな好奇の光がそれを物語っていた。

(それにしても、この女は一体何を言っているんだ、自分が男ではない?いや何の存在意義もない人間? そんなはずはない)慶太は心の中で自問した。
「そ、それはおかしい。私はこれでもれっきとした・・・」
 女は初めて微笑みを浮かべ、慶太の言葉を遮った。
「社長さん・・・コンフェクショナリー・ミナセの社長さんですよね?もちろん、承知しております。でも、それと検査結果は全く無関係です。」
 慶太の不満そうな表情を無視して、女はファイルに目を落とした。
「水瀬慶太 35歳 コンフェクショナリー・ミナセ2代目社長 既婚 子供なし。 妻、弘美 30歳 同社取締役 適性検査Aランク・・・・と、まだまだデータは揃っています。しかしこれらのデータはあなたの適性検査には全く影響を与えません。」
 
 コンフェクショナリー・ミナセと言えば、地元では知らぬ者のいない有名な洋菓子製造販売会社であり、おしゃれで高級感のある店舗20数カ所と、関連事業としてレストラン・コーヒーラウンジ等も展開している企業である。また「ミナセの洋菓子」と言えば、かなりのステータスのあるブランドであり、地元はもちろん全国にもファンは多い。
 当然ながら、従業員数も地元企業の中では5本の指に入り、地元の雇用を守るという点でも大いに貢献していると言える。
 慶太の父親である先代が、町の洋菓子店から一代にして作り上げた企業ではあるが、慶太の代になってからも業績が落ちたことはない。それ故、自らの経営手腕について疑ったことはないのだ。
 それだけに、「男」として、いや「国民」として無であるという検査結果にはどうにも納得ができないのである。

「で、では一体、何を根拠に、私をその・・・『Nランク』とやらに判定したんだっ?」
 慶太は鋭い視線を、女の、他人を小ばかにしたような表情にぶつけた。
「まずは・・・一つは身体的な問題です。水瀬さん、身長はいくつですか?」
 女の顔に明らかな冷笑が浮かんでいる。
 身長・体重などの身体的基本データはすでにファイルに記入済みのはずであり、今更質問する内容ではない。だが、それが慶太にとってコンプレックスになっているのを察知したのか、わざわざ口に出して質問してきたのだ。
「ひゃ・・160センチ・・・くらいだ。」
「いえ、正確には159センチですよね? 」
 慶太の顔に赤みが走る。わずかでも高く言おうとして、それを指摘されたことに羞恥心がわき上がってきたのである。
「それから・・・体重は48キロですね。男性としてはとても小柄でいらっしゃいますね。もちろん身長・体重だけで決まるものではありませんが、重要な要素の一つです。」
 
 慶太には人には言えない身体的コンプレックスが三つあった。
 一つは、身長・体重という体格についてである。学生時代から体格に恵まれた男友達の間に入ることは避けてきたし、目の前の向山瑞穂のような高身長の女(恐らくは、160センチ台後半か、170センチくらいだろう)の前に出ると気後れがすることもあった。しかし、その反面で昔から交際の対象は、比較的背が高くスタイルの良いモデル体型の女がほとんどだった。妻である弘美もその例外ではない。
(気後れするからこそ、他の要素を使って女を落としたい。)
 それは明確にコンプレックスの裏返しだとも言えた。
 二つ目は、若く見られる、と言うより幼く見られる「童顔」である。好きでもない髭を蓄えているのはそれを隠すためだ。
 そして最後の三つ目は、男性器の貧弱さだった。社会人になってすぐに行ったソープランドで、ソープ嬢が慶太のそれを見るなり「まあ、かわいい、赤ちゃんみたい」と言った一言がトラウマになり、それ以来風俗には行っていない。そもそも風俗嬢が男性の性器の貧弱さを口にすることなど、普通はない。それだけについ本音が出てしまった言葉とも言える。
 慶太は温泉が嫌いだ。ただ、決して風呂が嫌いなのではない。他の男達と共に風呂に入ることが嫌いなだけである。
 

「それに、男性機能についてなんですが・・・」
 慶太はカウンセラーの瑞穂から第三のコンプレックス部分に話が及ぶと察知し身体を固くした。適性検査の際の身体検査では性器の検査も行われたからである。
 だが、幸い瑞穂の口からその問題が出ることはなかったが、より以上に大きな問題に話は及んだ。
「水瀬さんには、お子さんはいらっしゃいませんね?」
 慶太は動揺を悟られまいと視線を下げたまま小さく頷いた。
「今回の検査で奥様はいたって健康体であることが確認されています。それに奥様はお子さんを欲しがっていらっしゃるとのこともわかっています。ということは、原因は水瀬さん、あなたということになりますよね?そこでデータを調べてみたのですが・・・ 」
 慶太は瑞穂のサディスティックに光る目の光を感じ取りながら、適性検査時に行われた「精子」採取を思い出した。こんな事まで調べるのか、と思いながらもトイレで行った自慰行為のことを。
「無精子症・・・という病名はお聞きになったことがありますか?水瀬さんは無精子といことはないのですが、極度の少精子症であることが判明しています。まず女性を妊娠させることは不可能です。それに・・・」
 瑞穂は片方の口元を上げ、意味ありげな笑みを浮かべた。
「サイズ的にも問題があるようですので、きっと女性を性的に満足させることはできないでしょう。」
 慶太は瑞穂から次から次へと語られる「男性失格」の烙印をただ赤面しながら受け止めるしかなかった。
 日頃はプライドをという鎧をまといながら優秀で強い経営者を演じている目の前の小男が、羞恥心にで打ちひしがれていく様子を見て、瑞穂は性的興奮を覚えた。
(イヤだわ。私・・・やっぱり、Sなんだわ。フフフ・・・)
 瑞穂は興奮で紅潮する頬を察知されないよう、壁に掛かっている時計の方に視線を逸らした。その日おろしたばかりの紫色のパンティが濡れてきているのがわかった。

「し、しかし・・・それだけでは、性的不適合ということにはならないだろう?」
 慶太はわずかばかり残されたプライドを集めて、瑞穂の目を直視しながら強い口調で言った。
「ええ 確かにおっしゃる通りです。たとえ子供を欲しがっている愛しい奥様に子供を授けることもできず、性的にも満足させられない『無能男性』でも、男性は男性ですからね。それに女性を強引にリードする力強さと体力のない『男性失格者』でも、やっぱり男性は男性ですし・・・。」
 瑞穂が『無能男性』と『男性失格者』という言葉に、わざと強勢を置いて言うと、慶太の「から元気」が再び色褪せていった。

「でも、水瀬さんの場合にはそれだけではないのです。ちょっとここをご覧ください。」
 ガラステーブルに広げられたファイルの中に、「L・V・D値」と青書された部分と「O・S・D値」と朱書された部分がある。瑞穂はかなり目立つその部分を指さした。
 瑞穂の事務的な説明によれば、「L・V・D値 」とは、Leadership(指導力)・Dominance(支配欲)・Virility(力強さ)のそれぞれの頭文字を取ったものであり、「O・S・D値」とは、Obedience(従順さ)・Subservience(従属性)・Docility(おとなしさ)のそれぞれの頭文字を取っているということだった。

「つまり、『L・V・D値』とは、本能的に男性らしい男性が所有する特質であり、逆に女性らしい女性が所有する特質が『O・S・D値』ということになります。これは適性検査のあらゆる項目から得られたデータを客観的に分析した結果、割り出された数値です。いずれも上限を100として表されていますが、水瀬さんの場合・・・」
 瑞穂はここまで言って、口元に冷たい笑みを浮かべて慶太の反応を伺った。いや、伺った言うよりは楽しんでいると言った方が適切であろう。
 『L・V・D値 4Pt』 『O・S・D値 96Pt』
 それが慶太の数値だった。
「『L・V・D値 90以上』『O・S・D値 10以下』というのが、いわゆる男性らしい男性の典型的な数値です。逆に『L・V・D値 10以下』『O・S・D値 90以上』というのが女性らしい女性の典型的な数値ということになります。従って水瀬さんの数値は・・・」
「じょ、女性らしい女性の典型・・・・」
 あまりのショックに慶太の口からこぼれるのはただ呟きだけだった。
「ええ、しかも4Ptと96Ptですから、さらにその特質が如実に表れていると言えるでしょう。ちなみに奥様の数値はご存じですか?身内の方ですから、教えて差し上げてもいいでしょう。『L・V・D値 79Pt』『O・S・D値 35Pt』です。どちらかと言えば男性気質が強いくらいですが、まあ、最近の女性には見られがちの数値です。
いずれにしても、水瀬さんの数値は女性であっても、最近としては希な数値です。まして男性にこのような数値が出ることは本来あり得ないことだとご理解ください。」

 ご理解?ご理解と言われて何を理解したらいいのだろう。
 訳のわからないままにバスに乗せられ、冷徹な女の前に引き出され、チンプンカンプンの数字を並べられた上、お前は男ではない。心の中は女なんだと言われているのだ。 
それを理解しろとはあまりに残酷である。夢なら早く覚めてくれ。
 慶太は目眩を感じながらも、何とか我を保とうとした。

「し、しかし、私はこれまで経営者として、いや男として立派に国にも貢献してきたと思うが・・・。」
 慶太は何とか声を絞り出し、懸命の抗議を行った。
「先ほども申し上げましたが、そのことと適性検査の結果は全く無関係です。 それに、あなたは経営者としてのご自分を評価なさっているようですが、必ずしもそうとばかりは言えないのではないでしょうか?」
「そ、それは・・・どういう意味だ?」
「よろしいですか? あなたは2代目経営者ですね。 もし先代が会社を残していなければ、経営者となることもなかったのではないですか?」
「それは・・・そうかもしれない・・・しかし、私が今の会社の規模にしたんだ。それは間違いがない。」
「けれど、もし仮に、より最適性のある人が経営者となっていたら、もっと会社は発展していたとは考えられませんか?」
「そんな・・・仮定の質問には・・・」
「答えられない?まあ、いいでしょう。 いずれにしても今回の結果、あなたは経営者としての立場を失うことになります。」
「そ、それでは・・会社は・・・どうなるんだっ?」
「確か、奥様はAランクでしたね? 取締役としてAランクの結果が出てるのですから、十分経営者の素養が備わっているということでしょう。 しかも奥様の『L・V・D値』は、会社経営者としても最適だと考えられますが。」
「で、では、私は一体・・・どうなるんだ?」
「どうなると申しますと?」
「だから、どういう立場になるというんだ? どういう職業を与えられ、どの位の収入があり、妻との関係はどう・・・」
 慶太は自分の声が、怒りに震えているのが分かった。だが冷静になどなれるはずもなかった。
 そんな慶太の様子をあざ笑うかのように瑞穂の冷徹で残酷な発言が遮った。
「水瀬さん、あなたは勘違いなさっているようです。『国民適正化法』の対象者はAからDまでのランク者のみです。ですから、配置転換が行われるのも対象者だけです。国は、男性として価値を待たない「Nランク」の人たちを男性として見なさないばかりか、国民とも認めません。つまり存在そのものが否定されているのです。存在していないのだから、特定の職業に籍を置くことはできませんし、結婚生活など論外です。」
「と・・・・ということは・・・私たちには生きる権利すらないと? 自殺でもしろと・・・言っているのか?」
「いえ、そうは言っていません。一般の国民としての生きる権利はないということです。つまり、あなた方の存在はこの施設内でのみ認識され、施設外ではその存在すら認識されないということです。」
「つ、つまり、一生この施設から外には出られない・・・ということなのかっ?」 
「この閉鎖的な空間で一生を終えるという選択もあるでしょう。でも他にも無いわけではありません。それは・・・」
 慶太の嗚咽混じりの息づかいが一瞬止んだ。瑞穂の顔を見つめながら、次の言葉を待った。
「国にとって価値のある存在になるということです。「Nランク」というレッテルは永遠に消えませんが、「Nランク」であっても国にメリットをもたらすならば、十分に存在意義はあるはずですから。」
「ぐ・・・具体的には、どうしろと言ってるんだ?もっとはっきり言ってくれ。」
 慶太のせっつくような質問に瑞穂はうっすらと笑みを浮かべながら答えた。
「それは、あなたご自身で判断なさってください。よろしいですか? 水瀬さん。この施設内で、私たちはあなた方にいっさいの強制はいたしません。全てご自身の自由意志と選択によって生き方を考えてください。私たちはその希望に添って、最善と思えるサポートとアドバイスをさせていただくだけです。よろしいですか?全てはご自分で決めていただきます。」

****************************************
   
 約一時間弱のカウンセリングが終わり、『カウンセリングルーム5』では、ガラステーブルを挟んで向山瑞穂と正対する形で二人の男が座っていた。先ほどまで水瀬慶太が失意の中で打ちひしがれていた席である。
 若い方の男は後藤良介と言い、慶太をこの部屋に案内してきた男である。
 年齢は27歳。やせ形で冷淡そうな表情が特徴的だ。
 施設においては「ヘルパー」としてカウンセラーの指示に従って雑務をこなす役割を担っていた。
 もう一人は40台後半の少し小太りの中年男である。名前を常田厳といい、服装と雰囲気からいかにも役人然とした匂いが漂ってくる。

「それで、いかがでしたか? 水瀬慶太の様子は?」
 常田が運ばれてきたコーヒーを一口すすった後、話を切り出した。
「ええ、相当動揺していますけど、初日として大いに成果ありってところでしょうか。男性としての無能さ、無力さを特に強調して誘導していますので、精神的にブレイクダウンするのもそうは時間がかからないと思いますよ。」
 瑞穂の表情には有能な研究者としてのプライドがにじみ出ていた。
「そうですか、それを聞いて安心しました。ただ、くれぐれも忘れないでいただきたい。全ては彼自身の自由意志により行われなければならないこと。これは本日収容した約150名の『Nランク』者全員に適応され、一人の例外も許されません。よろしいですね?」
「ええ、当然承知しております。もちろん、それが『自由意志』という名の『強制』であることも・・・フフフ」
 瑞穂は皮肉混じりの笑みを常田に向けた。
「ええ、その通りです。彼らの行く末は『特殊倶楽部』での『ニンフ』と決まっているのです。あらゆる手段を使って実行されなければなりません。しかし、あくまで表面上は彼らの自由意志に基づく選択であるという形が残らなければいけません。」
 常田の役人口調の説明に、初めて後藤が口を挟んだ。
「でも、なぜそんな形にこだわるんですか?どうせ男として役立たずな連中なんだ。強制的に無理矢理、手術でも何でもして『ニンフ』にしてしまえばいいじゃないですか。」
 
 どうやら後藤は「Nランク」者に対して相当な嫌悪感を抱いているようだった。
 後藤の直情的な質問に、常田はふっと冷たい笑みを漏らすと、諭すような口調で答えた。
「それはね。上の人たちの保身のためだよ。君も知っての通り、『N/Nプロジェクト』は本来人道的には許されるものじゃないんだ。だから秘密裏に進行していくわけだが、でも、いずれは世間に知られてしまう可能性もあるだろう。その時、強制性が認められたらどうなると思う?当然責任問題に発展するじゃないか。でも、もし仮に『ニンフ』になった彼らが元男だということが判明したとしても、それが彼らの意志によるもので、我々は単に善意のアドバイスとサポートをしただけなら・・・・」
「ああ、なるほど、そういうことですね。」
 後藤は常田の語尾を遮ると、大きく頷きながら納得の笑顔を見せた。
 二人のやり取りを黙って聞いていた瑞穂もつられるように小さく頷いた。

「ところで、常田さん、水瀬慶太の家庭とか会社とかはどうするんですか?」
 少し間をおいて、瑞穂が口を開いた。テーブルには慶太のデータが開かれたままだ。
「ああそれは、大丈夫です。水瀬慶太の女性化、いや『ニンフ』化への進行状況を見て、適宜対応していきますので。先生はこちらの方だけに集中なさってください。それにしても、同時に150人もの『処置』を行わなければならないんですから、役所の方もてんてこ舞いなんですよ。まあ、それでも、私や向山先生や後藤君のような担当者が付いたんですから水瀬慶太も幸せでしょう。アハハ・・・」 

 その後、彼らによる会談は、慶太の女性化への第一段階の目標を再確認し、約1時間をかけて終了した。
 具体的に言えば「カウンセリング」を通じて慶太の精神を少しずつ「崩壊」させていくことだった。


「カウンセリング」は、初日、2日目、3日目と日を追う毎に、一問一答の対話形式から、徐々に瑞穂のリードする割合が増していき、最終的には、慶太の発言がほとんどないまま瑞穂の詰問調の言葉に、ただ力無く頷くだけで終始する形へと変化していった。
 ただ全体として共通しているのは、その内容が慶太の男性として不十分さ、無力さ、そして「Nランク」というものが恥ずべきもので、国にとって何らの利益ももたらさず、害毒ですらあるという面を強調するものであった。
 それはもはや「カウンセリング」などというものではなく、正に「洗脳」そのものだった。

 そして、「カウンセリング」開始から12日後、ついにその時がやって来た。
 カウンセリングが終わりに近づいた頃、瑞穂の前で突然慶太が嗚咽し激しく身体を震わせると、次の瞬間大声で叫び出したのだ。
「俺は、もう生きていても無駄だっ  お願いだ・・・もうこれ以上生きていたくないんだっ 俺みたいな役立たずは死んだ方がいい! 殺してくれ。頼む。殺してくれぇ・・」
 瑞穂はあまりに突然の変貌ぶりに一瞬たじろいだが、これが慶太の精神の「崩壊」だということをすぐに察知し、それまでのカウンセリング中には決してすることのなかった行動をとったのである。
 瑞穂は慶太の横に躊躇うことなく腰を下ろすと、頭を抱え込むようにうずくまり嗚咽を繰り返す慶太の肩をそっと抱き寄せながら、優しく頭を撫でたのである。
「そう、そんなに苦しかったのね。いいわ、思いっきり泣きなさい。泣いて気持ちが落ちついたら、またお話聞いてあげるから。」
 瑞穂の言葉からそれまでの冷たい敬語が消え、慰めるような優しい言葉に変わっていた。もしも第三者がこの光景、つまり小柄な慶太を大柄な瑞穂が抱き寄せ、まるで諭すように慰めている光景を背後から見れば、恐らく母と子、姉と弟のいずれかの間柄だと認識したに違いない。
(いよいよ、次のステップに進む時ね。予想より少し早いけど、まあいいわ。)
 瑞穂は少しずつ嗚咽の声が静まっていく慶太の頭を撫でながら、頭の中で、予め考えてあった「次のステップ」の内容を再確認していた。

「次のステップ」とは、崩壊した慶太の精神を「再構築」することだった。むろん「再構築」と言っても、元に戻すのではない。作り替えるのである。
 バラバラになった精神の破片から、慶太の女性化への過程において妨げになるものを排除し、必要なものだけを集めて作り上げていくのである。
 それは、不良品の混じったジグソーパズルから不良品のピースだけを排除して残りを集める作業と似ていると言えるかもしれない。
 だが、そうして集めたピースだけではジグソーパズルは完成しない。ピースが不足しているからだ。
 ジグソーパズルならその不足しているピースをどこかから調達してくればいいが、慶太の精神の場合には、何を用いてその不足分を埋めるのか。もちろん、そこには周到に準備され計画されたプランがあった。慶太の女性化への確実なステップとなりうるプランが。
 
 とは言え、今はバラバラのピースから不良品を排除し、正規品だけを集める作業を急がなければならない。
 瑞穂は嗚咽の止んだ慶太の顔を上げさせると、微かな笑みを浮かべながら静かに口を開いた。
「どうして、死にたいなんて思ったの?話してみて、ね。」
「ぼ、僕は・・・生きていたって無駄だから・・。」
 慶太は施設到着以後、初めて一人称として「僕」を使った。これは瑞穂の母親のような口ぶりにシンクロしてしまったからかもしれないが、明らかに心の中に変化の兆しが現れているとも言えた
 慶太は学生時代から、人前では意識的に「俺」を使っていた。それは小柄で童顔というコンプレックスを隠すための「はったり」でもあったのである。
「ん?無駄?どうしてそう思うの?」
「だって、僕は・・男なのに妻に子供を授ける事もできないし・・・男なのにこんな小さな身体で・・それに、男なのに、女の人を・・・」
「性的に満足させられない? ペニスが小さいから?」
「・・・う、うん。」
 慶太の返事は聞き取れないほど小さかった。
「フフフ・・・それは全て『男なのに』という前提があるからでしょ? いい?あなたは男ではないのよ。科学的データからも社会的にも。男ではないのに女に子供を授ける必要がある? 男ではないのに大きくて逞しい身体や力強さが必要? それに・・・」
 瑞穂は、慶太の反応を楽しむように見つめながら、わずかに間を置いた。
「それに、男ではないのに女性とセックスは必要? ううん、第一、男ではない人とのセックスを望む女はいないわ。」
 瑞穂の冷笑を浮かべたサディスティックな表情に、慶太の頬を赤みが走った。
 だが、それは初日のカウンセリング時での「怒り」の感情から発せられたものとは違って、明らかに「羞恥」に基づいた紅潮だった。
「男ではないんだから『L・V・D値』で示されるような指導力も支配欲も力強さもみんな必要ないわ。会社だって、あなたより発展させてくれる適任者がいる。男でもないあなたが無理してがんばる必要なんてないのよ。。とにかくあなたは全ての客観的データを信じて、男としての偽物の鎧を脱ぎ捨てて本当のあなたとして生きること。 そうすれば死にたいなんて気持ちにはならないでしょう。」
 瑞穂の説得力のある話しぶりに、慶太は何故か心に微かな安堵感が広がっているのを感じていた。もちろんそこには12日にも渡って行われてきた巧みな「洗脳」の成果もあったのだが。

「会社も失い、男としての生き方もすべて捨てて生きろと・・・それが僕に残されたたった一つの生き方だと・・・言うのですね?」
 それは質問というよりは、自らを納得させるための自己暗示のようなものだった。
 慶太の心にはすでにある種の諦観のようなものが芽生えていた。同時に微かだった安堵感は小さな幸福感へと変わってきているのが自分でもわかったのである。
 瑞穂は、慶太が微かな微笑みすら浮かべているのに気づき、その日のカウンセリングの成功を確信した。
 もちろんこの日を境に、慶太の女性化への道が一気に進んでいくというものではない。だが彼の意識の中の「男性性」を排除し、「ユニセックス化」するという第一段階の目標は、予定より早く達成することとなったのである。
 女性化願望の欠片もない男性を女性化する、しかも表向きは強制ではなく、自由意志によって女性化するという難題をクリアするには、どうしても「ユニセックス化」という過程が必要だとマニュアルにも記載されていたし、また研究者として瑞穂自身も異論を挟むものではなかった。
 だがその一方で、慶太がヘルパーの後藤に連れられて部屋を出て行った後、S女性としての本能、つまりすぐにでも慶太の女性化を進めたいという願望が沸々と沸いてくるのだった。

 瑞穂は、椅子に深く腰掛けながら目を瞑った。
 脳裏には、今部屋を後にしたばかりの慶太の姿が浮かんでくる。
 髭も剃り、すっかり童顔になった慶太はなんとうっすらとメイクまでしている。
 それは小柄で細身の身体と相まって、少女のような愛くるしさである。
 服装に目をやると、パステルカラーのキャミソールとデニムのミニスカートを身につけ、恥ずかしそうに視線を逸らしている。ツインテールの髪が緊張でフルフルと揺れているのがわかる。
 やがて、思い切ったように視線をこちらに向けると、ピンク色に染められた唇をゆっくりと開き、
「瑞穂センセイ・・・慶花、もうすっかり女の子でしょ? ね、センセイ、慶花可愛い?」
と小さな声で囁く。
「ええ、すっかり可愛い女の子になったわね。そう、慶花ちゃんって言うのね。すてきなお名前ね。」
 脳裏の中の自分が答える。
 しかし、慶花の顔がすぐに曇る。
「で、でもね、センセイ・・・慶花、『ニンフ』さんになるの怖いの。『ニンフ』さんのお勉強とっても大変。慶花、いつも叱られてるの。それにね・・・」
「ん?それに?なに?」
「『ニンフ』さんになるには、小さすぎるって・・・」
「小さすぎる?何が?」
「あの・・・お、オッパイ・・・Eカップのオッパイにならないとダメだって。 ね、センセイ、慶花のオッパイ、大きくしてくれる?」
「わかったわ。先生に任せておいて。すぐに大きくしてあげるから。」
 次の瞬間、小さかった慶花の胸に微かな振動が起こると、柔らかな盛り上がりが現れ、それがすぐに大きな膨らみへと変化し、プルンプルンと音が聞こえてきそうなEカップの美しい巨乳にまで達した。
「ありがとう、センセイ。慶花、これできっと『ニンフ』さんになれるよね。」
 慶花はそう言うと、徐々に姿を消していった。
「そうよ、なれるわよ。りっぱな『ニンフ』になって、男達のおもちゃになりなさい。それが『Nランク』の生き方なんだから。 わかった? 水瀬慶太さん?・・フフフ」
 瑞穂は消えゆく慶花に向かって、追いかけるように声をかけた。 
 
 瑞穂は激しい絶頂感から覚めて、静かに目を開けた。
 スカートの裾が捲れあがり、右手はブラックサテンのパンティの中に導かれていた。
 人差し指と中指にしたたり落ちるほどの愛液がまとわりついている。
 瑞穂は大きなため息をついた。
「フフフ・・・もうすぐ本当の慶花ちゃんにしてあげるわ。待ってなさい。」
 瑞穂の熱く湿った笑い声が無人のカウンセリングルームに響いた。



N/Nプロジェクト 序章

〔序章〕

 西暦20×1年
 数年来の審議を経て、「国民適正化法案」が国会を通過した。
 この法律は、人口減少の流れの中でいかに国力を維持・向上させるかという問題を解決するために、いわゆる「少数精鋭」でも経済・社会・文化・教育等々の水準を維持し、かつ発展させることを目的として成立したものだった。
 具体的には、義務教育を終了した時点で、国民全員に適性検査を義務づけ、能力・適性から精神面・体力面等に至るまで、およそ30項目に渡る結果により、将来進むべき進路を決定してしまうものだった。
最初に国会に提出された頃には、世論を二分するほどの激論がわき上がったが、いくつかの諸外国で同様の法案が通り実施され、しかもかなり良い方向に進んでいることがわかると、国民世論も次第に賛成意見が多くなっていき、ついには法案通過の運びとなったのである。
 ただ、これから義務教育を終了する子供たちへの実施は良いのだが、問題は成人に対しての実施をどうするかということだった。もちろん成人は対象外とするという選択肢はない。むしろ、学者の間では、成人に対してこそ急いで行わなければならないという意見が多かったくらいである。
 そこで、現在65歳までの成人については一年間という時間をかけ、誕生月順に順次、実施していくこととなった。

そして翌年(20×2年)3月の実施を最後に16歳より65歳までの国民全員の適性検査が終了した。
 翌月より、その検査結果が各個人宛に順次通知された。
 検査表には、30項目に渡るデータと共に最終適性判断として、A・B・C・Dの4段階の結果が記されてあった。
 
 そのランク分けは以下の事柄を示すものである。

A=現在の職業・職域または社会的地位は最適性であり、変更の必要はなし。

B=現在の職業・職域または社会的地位はほぼ適性である。国としては最適性を推奨する  が、現行のままを希望する場合には変更を義務づけるものではない。
  (最適性の職業・職域等への変更を希望する場合には、担当者による個別のカウンセ   リングを通じて、全面的に支援を行う。)

C=現在の職業・職域または社会的地位は不適である。20×3年3月までに、変更する  ことを義務づける。そのため、担当者による個別のカウンセリングが必須。ただし、  能力及び精神面・体力面には全く問題がないので、最適性のある職業・職域・社会的  地位への変更は可能である。(ただし、本人の希望ではなく適性検査の結果に基づく。)

D=現在の職業・職域または社会的地位が不適であるばかりでなく、検査結果の一部また  は全てに基づいて、最適性への変更は不可能である。『適性教育機関』での、一定期  間の再教育が必須。その達成度により、比較的適性度が高いと判断しうる職業・職域  ・社会的地位に就くことが義務となる。

 以上が「表向き」公表されているランク分けの詳細だった。

ところが、この結果分けには公表されていないもう一つのランクが存在したのである。
 そのランクに入った場合には、通知書類の結果欄は空白で、その代わりに、担当者による個別面談(必須)の実施予定日時が記されてあった。さらにその面談を特別な理由なく欠席した場合の罰則規定まで付されてあった。

 担当機関の職員は、それを内々に 「Nランク」と呼んでいた。
 Nは、NOTHINGのNで結果欄に「何も書かれていない」ことから、誰からともなくそう呼ぶようになったのだが、本当の意味は、このままの状態では社会的な貢献は「何もない」つまり、社会的にはNOTHINGだという意味も兼ねるようになっていった。
 では、その「Nランク」に属する人とはどういう人だろうか。
 それは、適性検査の結果、ランクDとされた上に、他のいくつかの検査結果を通じて「性別」について、客観的に不適合と判断された人たちだった。
 間違ってはならないが、いわゆる「性同一性障害」として認識されている人たちのことではない。
 この頃の日本は「性同一性障害」に対する社会的偏見は殆どなくなっていた。従って、自ら、そうであることを公表するのは全くと言っていいほど問題にはならない。現に彼らの多くは、この適性検査前にすでに社会的に認められており、適性検査の結果には全く影響を与えなかった。
 では、「Nランク 」における性別の不適合とはどういうものか。
 それは、簡単に言えば、潜在的な性別の不適合者という言い方が正しい。つまり自らはまったく認識していないにも関わらす、客観的な分析結果によって、精神的または肉体的に、あるいはその両面で性別不適合であることが判明した人たちである。
 この「Nランク」該当者には女性も含まれてはいたが、その男女比は圧倒的に男性の方が高かった。それを環境ホルモンの影響によると分析した学者もいたが、真偽のほどは確かめられてはいない。
 いずれにせよ、ここでは一部の例外を除き、圧倒的に比率の大きかった「Nランク」男性該当者に話を絞って説明を続けたいと思う。
 
 国は密かにこの「Nランク」男性の扱いに対する議論を続けた。
 当初は、十分な精神的治療により男性としての性別に適合させるべきだという穏当な意見が主流を占めていたが、ある著名な精神医学者の意見が、その後の議論の流れを変えてしまった。
 彼の持論によると、「データの分析結果を見ると、Nランクの男性については、どんなに精神的治療を施しても、完全に男性としての性別に適合させることは不可能である。つまり、潜在的には不適合状態が残ってしまう。」というものだった。
 この参考意見以降、議論の流れは過激な方向に向かい始め、ついには、「国として不要の人物なのだから、密かに抹殺すべし。」などという暴論めいたものまで出始めたのである。
 
 そんな中、一人の女性高級官僚が、ポツリと、『特殊倶楽部』のことを口にしたのである。
「もし彼らが、本当の女性なら『特殊倶楽部』で、『ニンフ』として働かせることもできるのに・・・。今、『ニンフ』集めには苦労してるので・・・。」
 この彼女の冗談とも本音とも取れる言葉に対し、議論の場に、ある種の緊張感と共感の雰囲気が広がった。
 
 ここで彼女の意見の詳細を説明しなければならないが、その前に当時の労働環境における闇の部分について、若干の説明を加えておく必要があるだろう。
 人口減少が進んでいく中、肉体的に過酷で危険な労働に振り分けられる労働力が不足していた日本では、その面を外国人労働者に依存するようになっていった。だが、それも長くは続かない。なぜなら経済的に弱体化していく日本に、外国人出稼ぎ労働者は魅力を感じなくなっていったからである。
 そこで次に考えついたのが、刑務所に収容されている受刑者の登用という苦肉の案だった。
 十分な保安上の安全を確保しながら、当初は比較的軽い刑の受刑者のみで運用されたが、人手不足がすぐに露呈し、対象者の幅を拡げていくようになる。そして最終的には全受刑者が対象となるまでに至ったのである。当然ながら殺人犯や強盗犯、さらには凶悪な性犯罪者まで含まれるようになっていった。また、中には出所の望みのない終身受刑者(当時の日本は死刑制度が廃止され、極刑として『終身刑』が導入されていた)もいたのである。 そうなると気の立った者同士の小競り合いが暴動に繋がるという危険性も無視できず、所管部署はその対策を講じるようになった。
 何とか彼らの高ぶった精神状態を治め、かつ労働意欲を維持させる方法はないものかとの論議の中、最終的に到達したのが『特殊倶楽部』の設置だった。わかりやすく言えば、彼らの高ぶった欲望を解放するという目的のためだけに作られた慰安施設である。
 そこでは、制限はあるものののアルコールやたばこも許され、簡単な娯楽施設も揃い、ストリップショーや個室マッサージといった風俗系のサービス施設まで備わっていた。だが、彼ら受刑者の労働意欲を最も高めたのは、定期的に発表される『優秀勤務賞』受賞者のみに与えられる『特別室』使用の権利だった。
 『特別室』内では、指名した『ニンフ』(英語のnymph: 元は「美しい妖精」から「美少女」の意味もあるが、今ではnymphomania:「色情狂・淫乱女」などの略語としても使われる)と呼ばれる女性と一夜を共にすることができた。そしてその中での性的サービスには制限がなく、過激なSMプレイやレイププレイ、さらにスカトロプレイといった変態的なプレイまで全てを満たすことができた。許されていないのは、『ニンフ』の生命を危険にさらすプレイぐらいだった。
 
 『特殊倶楽部』の設置だけでも、十分な成果があった上に、この『特別室』の導入による労働意欲の向上はめざましいものがあった。そのため、所管部署からの指示により、全国に十数カ所ある『特殊倶楽部』に『特別室』の設置が必須となった。
 しかし、そのためには魅力的で、あらゆる性的な要求にも応えられる有能な「ニンフ」が相当数必要となり、担当者はその募集を急ぐこととなった。
 当初は、全国の風俗嬢の中から、魅力的で評判がよく、技術的にも優れた女性に極めて高額な報酬を提示することで、一応必要数の「ニンフ」は確保することができた。だが、翌月には、約半数の「ニンフ」が退職を申し出、さらにその翌月には、当初の一割の人数しか残らないという有様だった。
 それは何より仕事内容の過酷さが原因だった。性欲の限界に達した受刑者たちの『特別室』内で行う行為により、命を落としかけたり、精神的な病に冒される「ニンフ」まで現れたのである。そしてその噂は全国の風俗業界に瞬く間に広がり、その後の募集の妨げとなった。
 風俗嬢からの募集が不可能となった担当官が次に白羽の矢を立てたのは、なんと同じ受刑者だった。比較的刑期の長い女性受刑者の中で容姿が端麗で、しかも風俗嬢等の経験があり、精神的にも強い人物を密かに人選した担当官は、刑期の半減と『特殊倶楽部』内でのかなり自由な生活を保障することを条件に個別に説得にあたった。刑期の長い受刑者を選んだのは、たとえ半減したとしてもかなりの期間の刑期が残っているため、安定した人材(ニンフ)確保に繋がると考えたからだった。
 この苦肉の策により、再びニンフの確保は成功した・・・かのように見えた。だが、結果は前回と同じだった。しかも、今回は仕事の過酷さが原因で自殺者をも生み出すことになってしまったのである。受刑者ゆえ、半ば強制的に就かされた仕事から逃れるには死を選ばざるを得なかったのである。
 悪い評判の広まる速度は驚くほど速い。約1か月後には、全国の女性刑務所に収容中の受刑者の間で、この出来事を知らない者はいなかった。
 
 再び担当者の肩に「ニンフ」確保の難題が重くのしかかってきたのである。
 そしてその所管部署の責任者の一人が前述の女性高級官僚だったのである。
「Nランク」男性の扱いと「ニンフ」女性の確保という一見無関係と思われる二つの問題が、彼女の一言で完全にシンクロしていった。
 もちろん議論参加者の間には、そんなことが許されるのかと自問した者もいたに違いない。しかし両難問を一気に解決できる代案を持ち合わせている者は誰一人いなかった。

 こうして、
「『Nランク』男性を強制的に性転換し『ニンフ』とする」
 という前代未聞の信じがたい決定が満場一致でなされたのであった。

 基本路線が決定すると、翌日からは各専門家にも諮問し、具体的な方法が決められていった。
 そして約2ヶ月の期間を費やし、実施計画マニュアル案が作成され、さらに数回の会議における若干の修正を経て、ついに「N/Nプロジェクト実施マニュアル」(N/Nとは、「Nランク」と「Nymph」のそれぞれの頭文字)が完成し、プロジェクトに関わる所管職員達に極秘裏に配布されたのであった。
 
  その年の暑い夏が終わり、やっとかすかな秋風が吹き始めた頃のこと、○○県の小高い山の裾野に建設された真新しい施設に、5台の大型バスが順次到着した。
 乗客は全国から集められた約150名「Nランク」男性たちだった。年齢も職業も身体的特徴も何も一致するもののない彼らが、ただ適性検査における「性別不適合」という共通点だけで、この人里離れた施設に集められたのである。
 世間では適性検査の結果による配置転換が順次進んでいて、慌ただしく騒々しい雰囲気だったが、この施設の周辺はそんな喧噪とはかけ離れた静けさを保っていた。
 この世間と隔絶された地で、実質的な「N/Nプロジェクト」は始まったのである。
 だが、もちろん150名の男たちの誰一人として、そんなプロジェクトの存在を認識している者はいない。本人にもまたそれぞれの家族にも、検査結果に重大な疑義があったので再検査を行うということしか告げられてはいない。
 彼らはこの日から、短い人で8ヶ月、長い人で13ヶ月もの間、この施設内からの外出はもちろん、外部との直接の連絡手段も絶たれることとなったのである。



長らくご無沙汰してごめんなさい。

長らくご無沙汰しましたが、ようやく時間も取れるようになり、少しずつ復帰させていただこうと思います。

お休み中もたくさんの方々からのアクセス、そしてコメント等もいただき、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

以前のように頻繁な更新はまだできませんが、ある程度定期的に更新をさせてもらおうと思っています。

懲りずにおつきあいいただければ幸いです。

で、更新第一弾として、

オリジナル小説「N/Nプロジェクト」本編を掲載させていただこうと思います。

そこそこの長編ですが、どうぞ飽きずに最後までおつきあいいただければと思います。


サテンドール

プロフィール

サテンドール

Author:サテンドール
=============================================
女性化小説なら国内・海外を問わず大好きです。

特に屈辱系・羞恥系・強制系・寝取られ系・立場逆転系・年齢退行系・SISSY系などなど・・・。

happy よりは、unhappy ending が好み。
(ちょっと、性格がゆがんでるのかも^^)

私事ですが、以前某サイトに 
「高野奈緒美」のペンネームで
『ある性転者の告白』という拙い小説を掲載させて頂いておりました。事情があって途中で掲載を止めましたが、その完結編も当ブログでご紹介できればと思っています。

それとランキングにも参加させていただきますので、
ポチッとクリックいただければ幸いです。

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