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N/Nプロジェクト 第1章

〔第1章〕

 殺風景な部屋の窓から見える景色は、ただ広々とした草原と、遙か遠くの山々の稜線、ゆっくり流れゆく小さな白い雲だけだった。防音が施されているのか外界の音も聞こえてはこない。
 水瀬慶太(みなせけいた)は、ただ流れゆく雲を見つめながらため息をついた。
 大型バスに揺られ、この施設に連れて来られたのはまだ数時間前のことだ。
 「適性検査」の結果に重大な間違いが見つかり再検査が必要とだけ告げられ、この場所に有無を言わさず連れて来られたのである。
 ずいぶん強引なことをするな、と慶太は思ったが疑念を抱くことは全くなかった。ただ、その割にずいぶん長い時間待たせるものだとも思う。待ち時間を過ごす手段はため息をつきながら窓外の風景に目をやることくらいしかなかった。


 慶太の頭に、2週間ほど前の妻、弘美とのやり取りが浮かぶ。
 仕事から帰宅した慶太に弘美が封書を差し出した。「親展」と大きく朱書された公的な文書だった。先日受けた「適性検査」の結果であることは、裏書きを見てすぐにわかった。
「私、Aランクだったの。ホっとしちゃった。ね、あなたも早く見てみたら?たぶんあなたもAランクでしょうけど・・・。」
 弘美の口調はいつもより明らかに快活だった。
「んん?なんだ?そのAランクって?」
 慶太は弘美の返事を待つこともせずに、無造作に封書の封を開けた。
 最初に目に入ったのは、「検査表の見方」という数枚綴りの小冊子だった。そして、その2ページ目に弘美の言う「ランク」についての説明があった。弘美がなぜうれしそうに「Aランク」だったことを報告したのかも合点がいった。

 慶太は別添の「検査データ表」と「検査結果表」に目を通した。
「え?弘美?ランクってどこに書いてあるんだよ?」
 すでにキッチンで夕食の準備を始めている弘美に書斎から声をかけた。
「ええ?どこって、検査結果表にかいてあるでしょ?」
 弘美は廊下を書斎に近づきながら答えると、そのまま不思議そうな表情を浮かべながら、すでにドアの開いている書斎の中へと入ってきた。 
「いや、やっぱり書いてない。ランクについては何も・・・書いてない。」
「え?そんなはずないわ。ちょっと貸してみて・・・あら、本当だわ。書いてない。おかしいわね。何かの間違いかしら」
 それが間違いでないことは、その後すぐに判明した。弘美の封書に入っていないもう一枚の書面が、慶太の封書には入っていた。それは「面接」の案内書であったが、それが単なる「面接」ではないことは、出席が必須であることと、もし欠席した場合の処罰規定まで記されている点で明らかだった。

 しかし、実際に指定された場所で行われたのは「面接」ではなく、事務的な「通告」だった。
「検査結果に重大が疑義が見つかりましたので、再検査を行います。これから、別の場所で、同様の疑義のある方々で一斉に再検査を行います。ご家族の方にはこちらからご連絡いたしますのでご心配はいりません。」
 眼鏡をかけた神経質そうな事務官からの言葉を聞いた後、程なくして慶太は大型バスの車中の人となったのだった。
 
 
 コンコン・・・ ドアをノックする音に、慶太はハッとした。
「あ、どう・・」
 慶太の許可の言葉を待たずに、ドアは無造作に開けられ、20台後半くらいのやせ型の男が部屋に入ってきた。
「水瀬慶太さん・・・ですね? 時間ですので、私についてきてください。」
 慶太は、案内されるまま男の後について廊下を進んだ。
 見渡すと廊下はかなり長い。緊張感のため到着した時には気づかなかったが、今いる建物がかなり大きなものであることは容易に想像できた。
 慶太の通された『カウンセリングルーム 5』という小さな部屋には、ダークブラウンのレザー製のソファと、間に低いガラス製のテーブルが置かれ、カウンセリングルームというよりは応接間という感じがした。いや、真新しい白い壁を考え合わせると、病院の待合室のような感じもする。
(どうして、カウンセリングルームで再検査なんてするんだ?)
 慶太が、妙な違和感を覚えながら部屋を見回していると、小さなノックの音と共に、一人の女がゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた。
 女は慶太の前のソファに静かに腰掛けると、簡単な自己紹介を始めた。
 名前は向山瑞穂(むかいやま みずほ)、年齢32歳、当施設のカウンセラーの一人という簡単なものだった。正面から見ると、かなり美しく魅力的な女である。ただ、愛想というものが全く見られない。良く言えば「クールビューティ」ということなのだろうが、悪く言えば「鉄仮面」という印象だ。

「では、カウンセリングを始めます。」
 女は静かに口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。私は、適性試験の再検査のためにここに連れてこられたんだ。何かの間違いじゃないか?」
「いえ、間違いではありません。ここでは再検査など行いません。と言うより、検査の結果には何一つ誤りなどありませんから、再検査そのものが必要ではありません。」
「で、では、何のために・・・こんな所に・・・?」
 慶太は意外な事実に直面し、思わず声を上ずらせた。
「これから、ご説明いたしますので、よくお聞きになってください。」
 女は冷静かつ冷徹な表情で、分厚いファイルを引き寄せると、テーブルの上に広げて見せた。
「水瀬さん、あなたの今回の検査結果、ランクが書かれてありましたか?」
 慶太はこみ上げてくる不安を抑えながら、静かに首を振った。
「そうですね。何も書かれていなかったですよね。それはもちろん単なる誤りではありません。いえ、むしろとても重大な事を意味しているのです。」
 慶太は思わず、ごくりとつばを飲んだ。女はちらっと慶太の反応に目をやり説明を続けた。
「結論から先に申し上げます。あなたの適性検査の結果はDでした。しかし、それとは別に大きな問題が見つかりました。『性別の不適合』という問題です。」
 慶太にとって『性別の不適合』などというあまりに意外な単語の出現が、Dランクだったことのショックをすっかり覆い隠してしまった。
「つまり、あらゆるデータから水瀬さんは正式な男性としては認められないということです。従って、通常のDランク者のように再教育を受講する権利もありませんので、適性度の高い職業への移動も不可能です。」
「そ、それは・・・ど、どういう・・・」
「驚かれるのも無理ないことですが、これは現実です。冷たい言い方になりますが、このままでは我が国にとって不要な人物ということです。私たちはあなた方を『Nランク』と称しています。これは、単に検査結果の欄にランクが書いていないからではありません。
少数精鋭を目指す我が国の将来にとって、男性としての十分な働きができない男性は、もはや男性ではない。そしてそのような人物は何のメリットももたらさない。無用な存在であるということ。つまりNothingのNなのです。」
 この女はもしかするとサディストなのかもしれないと、慶太は思った。冷徹な説明ぶりもそうだが、時折目の奥に見える微かな好奇の光がそれを物語っていた。

(それにしても、この女は一体何を言っているんだ、自分が男ではない?いや何の存在意義もない人間? そんなはずはない)慶太は心の中で自問した。
「そ、それはおかしい。私はこれでもれっきとした・・・」
 女は初めて微笑みを浮かべ、慶太の言葉を遮った。
「社長さん・・・コンフェクショナリー・ミナセの社長さんですよね?もちろん、承知しております。でも、それと検査結果は全く無関係です。」
 慶太の不満そうな表情を無視して、女はファイルに目を落とした。
「水瀬慶太 35歳 コンフェクショナリー・ミナセ2代目社長 既婚 子供なし。 妻、弘美 30歳 同社取締役 適性検査Aランク・・・・と、まだまだデータは揃っています。しかしこれらのデータはあなたの適性検査には全く影響を与えません。」
 
 コンフェクショナリー・ミナセと言えば、地元では知らぬ者のいない有名な洋菓子製造販売会社であり、おしゃれで高級感のある店舗20数カ所と、関連事業としてレストラン・コーヒーラウンジ等も展開している企業である。また「ミナセの洋菓子」と言えば、かなりのステータスのあるブランドであり、地元はもちろん全国にもファンは多い。
 当然ながら、従業員数も地元企業の中では5本の指に入り、地元の雇用を守るという点でも大いに貢献していると言える。
 慶太の父親である先代が、町の洋菓子店から一代にして作り上げた企業ではあるが、慶太の代になってからも業績が落ちたことはない。それ故、自らの経営手腕について疑ったことはないのだ。
 それだけに、「男」として、いや「国民」として無であるという検査結果にはどうにも納得ができないのである。

「で、では一体、何を根拠に、私をその・・・『Nランク』とやらに判定したんだっ?」
 慶太は鋭い視線を、女の、他人を小ばかにしたような表情にぶつけた。
「まずは・・・一つは身体的な問題です。水瀬さん、身長はいくつですか?」
 女の顔に明らかな冷笑が浮かんでいる。
 身長・体重などの身体的基本データはすでにファイルに記入済みのはずであり、今更質問する内容ではない。だが、それが慶太にとってコンプレックスになっているのを察知したのか、わざわざ口に出して質問してきたのだ。
「ひゃ・・160センチ・・・くらいだ。」
「いえ、正確には159センチですよね? 」
 慶太の顔に赤みが走る。わずかでも高く言おうとして、それを指摘されたことに羞恥心がわき上がってきたのである。
「それから・・・体重は48キロですね。男性としてはとても小柄でいらっしゃいますね。もちろん身長・体重だけで決まるものではありませんが、重要な要素の一つです。」
 
 慶太には人には言えない身体的コンプレックスが三つあった。
 一つは、身長・体重という体格についてである。学生時代から体格に恵まれた男友達の間に入ることは避けてきたし、目の前の向山瑞穂のような高身長の女(恐らくは、160センチ台後半か、170センチくらいだろう)の前に出ると気後れがすることもあった。しかし、その反面で昔から交際の対象は、比較的背が高くスタイルの良いモデル体型の女がほとんどだった。妻である弘美もその例外ではない。
(気後れするからこそ、他の要素を使って女を落としたい。)
 それは明確にコンプレックスの裏返しだとも言えた。
 二つ目は、若く見られる、と言うより幼く見られる「童顔」である。好きでもない髭を蓄えているのはそれを隠すためだ。
 そして最後の三つ目は、男性器の貧弱さだった。社会人になってすぐに行ったソープランドで、ソープ嬢が慶太のそれを見るなり「まあ、かわいい、赤ちゃんみたい」と言った一言がトラウマになり、それ以来風俗には行っていない。そもそも風俗嬢が男性の性器の貧弱さを口にすることなど、普通はない。それだけについ本音が出てしまった言葉とも言える。
 慶太は温泉が嫌いだ。ただ、決して風呂が嫌いなのではない。他の男達と共に風呂に入ることが嫌いなだけである。
 

「それに、男性機能についてなんですが・・・」
 慶太はカウンセラーの瑞穂から第三のコンプレックス部分に話が及ぶと察知し身体を固くした。適性検査の際の身体検査では性器の検査も行われたからである。
 だが、幸い瑞穂の口からその問題が出ることはなかったが、より以上に大きな問題に話は及んだ。
「水瀬さんには、お子さんはいらっしゃいませんね?」
 慶太は動揺を悟られまいと視線を下げたまま小さく頷いた。
「今回の検査で奥様はいたって健康体であることが確認されています。それに奥様はお子さんを欲しがっていらっしゃるとのこともわかっています。ということは、原因は水瀬さん、あなたということになりますよね?そこでデータを調べてみたのですが・・・ 」
 慶太は瑞穂のサディスティックに光る目の光を感じ取りながら、適性検査時に行われた「精子」採取を思い出した。こんな事まで調べるのか、と思いながらもトイレで行った自慰行為のことを。
「無精子症・・・という病名はお聞きになったことがありますか?水瀬さんは無精子といことはないのですが、極度の少精子症であることが判明しています。まず女性を妊娠させることは不可能です。それに・・・」
 瑞穂は片方の口元を上げ、意味ありげな笑みを浮かべた。
「サイズ的にも問題があるようですので、きっと女性を性的に満足させることはできないでしょう。」
 慶太は瑞穂から次から次へと語られる「男性失格」の烙印をただ赤面しながら受け止めるしかなかった。
 日頃はプライドをという鎧をまといながら優秀で強い経営者を演じている目の前の小男が、羞恥心にで打ちひしがれていく様子を見て、瑞穂は性的興奮を覚えた。
(イヤだわ。私・・・やっぱり、Sなんだわ。フフフ・・・)
 瑞穂は興奮で紅潮する頬を察知されないよう、壁に掛かっている時計の方に視線を逸らした。その日おろしたばかりの紫色のパンティが濡れてきているのがわかった。

「し、しかし・・・それだけでは、性的不適合ということにはならないだろう?」
 慶太はわずかばかり残されたプライドを集めて、瑞穂の目を直視しながら強い口調で言った。
「ええ 確かにおっしゃる通りです。たとえ子供を欲しがっている愛しい奥様に子供を授けることもできず、性的にも満足させられない『無能男性』でも、男性は男性ですからね。それに女性を強引にリードする力強さと体力のない『男性失格者』でも、やっぱり男性は男性ですし・・・。」
 瑞穂が『無能男性』と『男性失格者』という言葉に、わざと強勢を置いて言うと、慶太の「から元気」が再び色褪せていった。

「でも、水瀬さんの場合にはそれだけではないのです。ちょっとここをご覧ください。」
 ガラステーブルに広げられたファイルの中に、「L・V・D値」と青書された部分と「O・S・D値」と朱書された部分がある。瑞穂はかなり目立つその部分を指さした。
 瑞穂の事務的な説明によれば、「L・V・D値 」とは、Leadership(指導力)・Dominance(支配欲)・Virility(力強さ)のそれぞれの頭文字を取ったものであり、「O・S・D値」とは、Obedience(従順さ)・Subservience(従属性)・Docility(おとなしさ)のそれぞれの頭文字を取っているということだった。

「つまり、『L・V・D値』とは、本能的に男性らしい男性が所有する特質であり、逆に女性らしい女性が所有する特質が『O・S・D値』ということになります。これは適性検査のあらゆる項目から得られたデータを客観的に分析した結果、割り出された数値です。いずれも上限を100として表されていますが、水瀬さんの場合・・・」
 瑞穂はここまで言って、口元に冷たい笑みを浮かべて慶太の反応を伺った。いや、伺った言うよりは楽しんでいると言った方が適切であろう。
 『L・V・D値 4Pt』 『O・S・D値 96Pt』
 それが慶太の数値だった。
「『L・V・D値 90以上』『O・S・D値 10以下』というのが、いわゆる男性らしい男性の典型的な数値です。逆に『L・V・D値 10以下』『O・S・D値 90以上』というのが女性らしい女性の典型的な数値ということになります。従って水瀬さんの数値は・・・」
「じょ、女性らしい女性の典型・・・・」
 あまりのショックに慶太の口からこぼれるのはただ呟きだけだった。
「ええ、しかも4Ptと96Ptですから、さらにその特質が如実に表れていると言えるでしょう。ちなみに奥様の数値はご存じですか?身内の方ですから、教えて差し上げてもいいでしょう。『L・V・D値 79Pt』『O・S・D値 35Pt』です。どちらかと言えば男性気質が強いくらいですが、まあ、最近の女性には見られがちの数値です。
いずれにしても、水瀬さんの数値は女性であっても、最近としては希な数値です。まして男性にこのような数値が出ることは本来あり得ないことだとご理解ください。」

 ご理解?ご理解と言われて何を理解したらいいのだろう。
 訳のわからないままにバスに乗せられ、冷徹な女の前に引き出され、チンプンカンプンの数字を並べられた上、お前は男ではない。心の中は女なんだと言われているのだ。 
それを理解しろとはあまりに残酷である。夢なら早く覚めてくれ。
 慶太は目眩を感じながらも、何とか我を保とうとした。

「し、しかし、私はこれまで経営者として、いや男として立派に国にも貢献してきたと思うが・・・。」
 慶太は何とか声を絞り出し、懸命の抗議を行った。
「先ほども申し上げましたが、そのことと適性検査の結果は全く無関係です。 それに、あなたは経営者としてのご自分を評価なさっているようですが、必ずしもそうとばかりは言えないのではないでしょうか?」
「そ、それは・・・どういう意味だ?」
「よろしいですか? あなたは2代目経営者ですね。 もし先代が会社を残していなければ、経営者となることもなかったのではないですか?」
「それは・・・そうかもしれない・・・しかし、私が今の会社の規模にしたんだ。それは間違いがない。」
「けれど、もし仮に、より最適性のある人が経営者となっていたら、もっと会社は発展していたとは考えられませんか?」
「そんな・・・仮定の質問には・・・」
「答えられない?まあ、いいでしょう。 いずれにしても今回の結果、あなたは経営者としての立場を失うことになります。」
「そ、それでは・・会社は・・・どうなるんだっ?」
「確か、奥様はAランクでしたね? 取締役としてAランクの結果が出てるのですから、十分経営者の素養が備わっているということでしょう。 しかも奥様の『L・V・D値』は、会社経営者としても最適だと考えられますが。」
「で、では、私は一体・・・どうなるんだ?」
「どうなると申しますと?」
「だから、どういう立場になるというんだ? どういう職業を与えられ、どの位の収入があり、妻との関係はどう・・・」
 慶太は自分の声が、怒りに震えているのが分かった。だが冷静になどなれるはずもなかった。
 そんな慶太の様子をあざ笑うかのように瑞穂の冷徹で残酷な発言が遮った。
「水瀬さん、あなたは勘違いなさっているようです。『国民適正化法』の対象者はAからDまでのランク者のみです。ですから、配置転換が行われるのも対象者だけです。国は、男性として価値を待たない「Nランク」の人たちを男性として見なさないばかりか、国民とも認めません。つまり存在そのものが否定されているのです。存在していないのだから、特定の職業に籍を置くことはできませんし、結婚生活など論外です。」
「と・・・・ということは・・・私たちには生きる権利すらないと? 自殺でもしろと・・・言っているのか?」
「いえ、そうは言っていません。一般の国民としての生きる権利はないということです。つまり、あなた方の存在はこの施設内でのみ認識され、施設外ではその存在すら認識されないということです。」
「つ、つまり、一生この施設から外には出られない・・・ということなのかっ?」 
「この閉鎖的な空間で一生を終えるという選択もあるでしょう。でも他にも無いわけではありません。それは・・・」
 慶太の嗚咽混じりの息づかいが一瞬止んだ。瑞穂の顔を見つめながら、次の言葉を待った。
「国にとって価値のある存在になるということです。「Nランク」というレッテルは永遠に消えませんが、「Nランク」であっても国にメリットをもたらすならば、十分に存在意義はあるはずですから。」
「ぐ・・・具体的には、どうしろと言ってるんだ?もっとはっきり言ってくれ。」
 慶太のせっつくような質問に瑞穂はうっすらと笑みを浮かべながら答えた。
「それは、あなたご自身で判断なさってください。よろしいですか? 水瀬さん。この施設内で、私たちはあなた方にいっさいの強制はいたしません。全てご自身の自由意志と選択によって生き方を考えてください。私たちはその希望に添って、最善と思えるサポートとアドバイスをさせていただくだけです。よろしいですか?全てはご自分で決めていただきます。」

****************************************
   
 約一時間弱のカウンセリングが終わり、『カウンセリングルーム5』では、ガラステーブルを挟んで向山瑞穂と正対する形で二人の男が座っていた。先ほどまで水瀬慶太が失意の中で打ちひしがれていた席である。
 若い方の男は後藤良介と言い、慶太をこの部屋に案内してきた男である。
 年齢は27歳。やせ形で冷淡そうな表情が特徴的だ。
 施設においては「ヘルパー」としてカウンセラーの指示に従って雑務をこなす役割を担っていた。
 もう一人は40台後半の少し小太りの中年男である。名前を常田厳といい、服装と雰囲気からいかにも役人然とした匂いが漂ってくる。

「それで、いかがでしたか? 水瀬慶太の様子は?」
 常田が運ばれてきたコーヒーを一口すすった後、話を切り出した。
「ええ、相当動揺していますけど、初日として大いに成果ありってところでしょうか。男性としての無能さ、無力さを特に強調して誘導していますので、精神的にブレイクダウンするのもそうは時間がかからないと思いますよ。」
 瑞穂の表情には有能な研究者としてのプライドがにじみ出ていた。
「そうですか、それを聞いて安心しました。ただ、くれぐれも忘れないでいただきたい。全ては彼自身の自由意志により行われなければならないこと。これは本日収容した約150名の『Nランク』者全員に適応され、一人の例外も許されません。よろしいですね?」
「ええ、当然承知しております。もちろん、それが『自由意志』という名の『強制』であることも・・・フフフ」
 瑞穂は皮肉混じりの笑みを常田に向けた。
「ええ、その通りです。彼らの行く末は『特殊倶楽部』での『ニンフ』と決まっているのです。あらゆる手段を使って実行されなければなりません。しかし、あくまで表面上は彼らの自由意志に基づく選択であるという形が残らなければいけません。」
 常田の役人口調の説明に、初めて後藤が口を挟んだ。
「でも、なぜそんな形にこだわるんですか?どうせ男として役立たずな連中なんだ。強制的に無理矢理、手術でも何でもして『ニンフ』にしてしまえばいいじゃないですか。」
 
 どうやら後藤は「Nランク」者に対して相当な嫌悪感を抱いているようだった。
 後藤の直情的な質問に、常田はふっと冷たい笑みを漏らすと、諭すような口調で答えた。
「それはね。上の人たちの保身のためだよ。君も知っての通り、『N/Nプロジェクト』は本来人道的には許されるものじゃないんだ。だから秘密裏に進行していくわけだが、でも、いずれは世間に知られてしまう可能性もあるだろう。その時、強制性が認められたらどうなると思う?当然責任問題に発展するじゃないか。でも、もし仮に『ニンフ』になった彼らが元男だということが判明したとしても、それが彼らの意志によるもので、我々は単に善意のアドバイスとサポートをしただけなら・・・・」
「ああ、なるほど、そういうことですね。」
 後藤は常田の語尾を遮ると、大きく頷きながら納得の笑顔を見せた。
 二人のやり取りを黙って聞いていた瑞穂もつられるように小さく頷いた。

「ところで、常田さん、水瀬慶太の家庭とか会社とかはどうするんですか?」
 少し間をおいて、瑞穂が口を開いた。テーブルには慶太のデータが開かれたままだ。
「ああそれは、大丈夫です。水瀬慶太の女性化、いや『ニンフ』化への進行状況を見て、適宜対応していきますので。先生はこちらの方だけに集中なさってください。それにしても、同時に150人もの『処置』を行わなければならないんですから、役所の方もてんてこ舞いなんですよ。まあ、それでも、私や向山先生や後藤君のような担当者が付いたんですから水瀬慶太も幸せでしょう。アハハ・・・」 

 その後、彼らによる会談は、慶太の女性化への第一段階の目標を再確認し、約1時間をかけて終了した。
 具体的に言えば「カウンセリング」を通じて慶太の精神を少しずつ「崩壊」させていくことだった。


「カウンセリング」は、初日、2日目、3日目と日を追う毎に、一問一答の対話形式から、徐々に瑞穂のリードする割合が増していき、最終的には、慶太の発言がほとんどないまま瑞穂の詰問調の言葉に、ただ力無く頷くだけで終始する形へと変化していった。
 ただ全体として共通しているのは、その内容が慶太の男性として不十分さ、無力さ、そして「Nランク」というものが恥ずべきもので、国にとって何らの利益ももたらさず、害毒ですらあるという面を強調するものであった。
 それはもはや「カウンセリング」などというものではなく、正に「洗脳」そのものだった。

 そして、「カウンセリング」開始から12日後、ついにその時がやって来た。
 カウンセリングが終わりに近づいた頃、瑞穂の前で突然慶太が嗚咽し激しく身体を震わせると、次の瞬間大声で叫び出したのだ。
「俺は、もう生きていても無駄だっ  お願いだ・・・もうこれ以上生きていたくないんだっ 俺みたいな役立たずは死んだ方がいい! 殺してくれ。頼む。殺してくれぇ・・」
 瑞穂はあまりに突然の変貌ぶりに一瞬たじろいだが、これが慶太の精神の「崩壊」だということをすぐに察知し、それまでのカウンセリング中には決してすることのなかった行動をとったのである。
 瑞穂は慶太の横に躊躇うことなく腰を下ろすと、頭を抱え込むようにうずくまり嗚咽を繰り返す慶太の肩をそっと抱き寄せながら、優しく頭を撫でたのである。
「そう、そんなに苦しかったのね。いいわ、思いっきり泣きなさい。泣いて気持ちが落ちついたら、またお話聞いてあげるから。」
 瑞穂の言葉からそれまでの冷たい敬語が消え、慰めるような優しい言葉に変わっていた。もしも第三者がこの光景、つまり小柄な慶太を大柄な瑞穂が抱き寄せ、まるで諭すように慰めている光景を背後から見れば、恐らく母と子、姉と弟のいずれかの間柄だと認識したに違いない。
(いよいよ、次のステップに進む時ね。予想より少し早いけど、まあいいわ。)
 瑞穂は少しずつ嗚咽の声が静まっていく慶太の頭を撫でながら、頭の中で、予め考えてあった「次のステップ」の内容を再確認していた。

「次のステップ」とは、崩壊した慶太の精神を「再構築」することだった。むろん「再構築」と言っても、元に戻すのではない。作り替えるのである。
 バラバラになった精神の破片から、慶太の女性化への過程において妨げになるものを排除し、必要なものだけを集めて作り上げていくのである。
 それは、不良品の混じったジグソーパズルから不良品のピースだけを排除して残りを集める作業と似ていると言えるかもしれない。
 だが、そうして集めたピースだけではジグソーパズルは完成しない。ピースが不足しているからだ。
 ジグソーパズルならその不足しているピースをどこかから調達してくればいいが、慶太の精神の場合には、何を用いてその不足分を埋めるのか。もちろん、そこには周到に準備され計画されたプランがあった。慶太の女性化への確実なステップとなりうるプランが。
 
 とは言え、今はバラバラのピースから不良品を排除し、正規品だけを集める作業を急がなければならない。
 瑞穂は嗚咽の止んだ慶太の顔を上げさせると、微かな笑みを浮かべながら静かに口を開いた。
「どうして、死にたいなんて思ったの?話してみて、ね。」
「ぼ、僕は・・・生きていたって無駄だから・・。」
 慶太は施設到着以後、初めて一人称として「僕」を使った。これは瑞穂の母親のような口ぶりにシンクロしてしまったからかもしれないが、明らかに心の中に変化の兆しが現れているとも言えた
 慶太は学生時代から、人前では意識的に「俺」を使っていた。それは小柄で童顔というコンプレックスを隠すための「はったり」でもあったのである。
「ん?無駄?どうしてそう思うの?」
「だって、僕は・・男なのに妻に子供を授ける事もできないし・・・男なのにこんな小さな身体で・・それに、男なのに、女の人を・・・」
「性的に満足させられない? ペニスが小さいから?」
「・・・う、うん。」
 慶太の返事は聞き取れないほど小さかった。
「フフフ・・・それは全て『男なのに』という前提があるからでしょ? いい?あなたは男ではないのよ。科学的データからも社会的にも。男ではないのに女に子供を授ける必要がある? 男ではないのに大きくて逞しい身体や力強さが必要? それに・・・」
 瑞穂は、慶太の反応を楽しむように見つめながら、わずかに間を置いた。
「それに、男ではないのに女性とセックスは必要? ううん、第一、男ではない人とのセックスを望む女はいないわ。」
 瑞穂の冷笑を浮かべたサディスティックな表情に、慶太の頬を赤みが走った。
 だが、それは初日のカウンセリング時での「怒り」の感情から発せられたものとは違って、明らかに「羞恥」に基づいた紅潮だった。
「男ではないんだから『L・V・D値』で示されるような指導力も支配欲も力強さもみんな必要ないわ。会社だって、あなたより発展させてくれる適任者がいる。男でもないあなたが無理してがんばる必要なんてないのよ。。とにかくあなたは全ての客観的データを信じて、男としての偽物の鎧を脱ぎ捨てて本当のあなたとして生きること。 そうすれば死にたいなんて気持ちにはならないでしょう。」
 瑞穂の説得力のある話しぶりに、慶太は何故か心に微かな安堵感が広がっているのを感じていた。もちろんそこには12日にも渡って行われてきた巧みな「洗脳」の成果もあったのだが。

「会社も失い、男としての生き方もすべて捨てて生きろと・・・それが僕に残されたたった一つの生き方だと・・・言うのですね?」
 それは質問というよりは、自らを納得させるための自己暗示のようなものだった。
 慶太の心にはすでにある種の諦観のようなものが芽生えていた。同時に微かだった安堵感は小さな幸福感へと変わってきているのが自分でもわかったのである。
 瑞穂は、慶太が微かな微笑みすら浮かべているのに気づき、その日のカウンセリングの成功を確信した。
 もちろんこの日を境に、慶太の女性化への道が一気に進んでいくというものではない。だが彼の意識の中の「男性性」を排除し、「ユニセックス化」するという第一段階の目標は、予定より早く達成することとなったのである。
 女性化願望の欠片もない男性を女性化する、しかも表向きは強制ではなく、自由意志によって女性化するという難題をクリアするには、どうしても「ユニセックス化」という過程が必要だとマニュアルにも記載されていたし、また研究者として瑞穂自身も異論を挟むものではなかった。
 だがその一方で、慶太がヘルパーの後藤に連れられて部屋を出て行った後、S女性としての本能、つまりすぐにでも慶太の女性化を進めたいという願望が沸々と沸いてくるのだった。

 瑞穂は、椅子に深く腰掛けながら目を瞑った。
 脳裏には、今部屋を後にしたばかりの慶太の姿が浮かんでくる。
 髭も剃り、すっかり童顔になった慶太はなんとうっすらとメイクまでしている。
 それは小柄で細身の身体と相まって、少女のような愛くるしさである。
 服装に目をやると、パステルカラーのキャミソールとデニムのミニスカートを身につけ、恥ずかしそうに視線を逸らしている。ツインテールの髪が緊張でフルフルと揺れているのがわかる。
 やがて、思い切ったように視線をこちらに向けると、ピンク色に染められた唇をゆっくりと開き、
「瑞穂センセイ・・・慶花、もうすっかり女の子でしょ? ね、センセイ、慶花可愛い?」
と小さな声で囁く。
「ええ、すっかり可愛い女の子になったわね。そう、慶花ちゃんって言うのね。すてきなお名前ね。」
 脳裏の中の自分が答える。
 しかし、慶花の顔がすぐに曇る。
「で、でもね、センセイ・・・慶花、『ニンフ』さんになるの怖いの。『ニンフ』さんのお勉強とっても大変。慶花、いつも叱られてるの。それにね・・・」
「ん?それに?なに?」
「『ニンフ』さんになるには、小さすぎるって・・・」
「小さすぎる?何が?」
「あの・・・お、オッパイ・・・Eカップのオッパイにならないとダメだって。 ね、センセイ、慶花のオッパイ、大きくしてくれる?」
「わかったわ。先生に任せておいて。すぐに大きくしてあげるから。」
 次の瞬間、小さかった慶花の胸に微かな振動が起こると、柔らかな盛り上がりが現れ、それがすぐに大きな膨らみへと変化し、プルンプルンと音が聞こえてきそうなEカップの美しい巨乳にまで達した。
「ありがとう、センセイ。慶花、これできっと『ニンフ』さんになれるよね。」
 慶花はそう言うと、徐々に姿を消していった。
「そうよ、なれるわよ。りっぱな『ニンフ』になって、男達のおもちゃになりなさい。それが『Nランク』の生き方なんだから。 わかった? 水瀬慶太さん?・・フフフ」
 瑞穂は消えゆく慶花に向かって、追いかけるように声をかけた。 
 
 瑞穂は激しい絶頂感から覚めて、静かに目を開けた。
 スカートの裾が捲れあがり、右手はブラックサテンのパンティの中に導かれていた。
 人差し指と中指にしたたり落ちるほどの愛液がまとわりついている。
 瑞穂は大きなため息をついた。
「フフフ・・・もうすぐ本当の慶花ちゃんにしてあげるわ。待ってなさい。」
 瑞穂の熱く湿った笑い声が無人のカウンセリングルームに響いた。



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コメント

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§ Re: いつも

>hitomi 様
コメントありがとうございます。
いろいろな嗜好の方がいらっしゃいますので、すべての方に好まれる作品を書くのは難しいですが、hitomiさんのご意見も参考にさせて頂くつもりです。これからも応援おねがいします。

> どきどきしてみています。再開ありがとうございました。ひとつ個人的おねがいなのですが、強制女性化される子が、おつむが弱くされると何か悲しくなってしまいます(主人公と自分を重ねて読んでいるので)。できれば男の意識が残ったまま、おつむは正常のままで屈辱的に女性化させられると萌えます。わがままですがよければご検討ください。

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プロフィール

サテンドール

Author:サテンドール
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女性化小説なら国内・海外を問わず大好きです。

特に屈辱系・羞恥系・強制系・寝取られ系・立場逆転系・年齢退行系・SISSY系などなど・・・。

happy よりは、unhappy ending が好み。
(ちょっと、性格がゆがんでるのかも^^)

私事ですが、以前某サイトに 
「高野奈緒美」のペンネームで
『ある性転者の告白』という拙い小説を掲載させて頂いておりました。事情があって途中で掲載を止めましたが、その完結編も当ブログでご紹介できればと思っています。

それとランキングにも参加させていただきますので、
ポチッとクリックいただければ幸いです。

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