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N/Nプロジェクト 第7章

〔第7章〕

 桜の開花宣言が全国各地から聞こえ始めた3月下旬のある日、水瀬弘美は自宅のマンションで常田厳と後藤良介の来訪を待っていた。
 夫である水瀬慶太の近況報告を、彼らがもたらすことになっているからである。

 ここまでの道のりは弘美にとって決して容易なことではなかった。
 慶太との別居が始まってから、ほぼ5か月が経過した先月の初旬、弘美はとうとう行動に出た。
 いくら法律に基づいて国家が行うこととは言え、これほどの長期間、家族との連絡も取れない状態にしておくのはおかしいでないか、何とか連絡を取って話をする手段はないのか、と考えた弘美は知り合いの中央の役人に抗議をしたのである。
 それは、社長である慶太の留守中を守らなければならないという重圧から少しでも解放されたいという気持ちの表れでもあったが、それ以上に大きかったのは揺れ動く自らの心にしっかりとしたくさびを打ちたいという気持ちからだった。

 気持ちの揺れの原因は、もちろん山村誠也の存在である。
 実業経験の乏しい弘美を全面的にバックアップし、的確なアドバイスとサポートをしてくれたのは言うまでもなく誠也だった。そのおかげで会社の業績も以前と比べて遜色ない。いや、部門によっては業績がめざましく発展したものもあるくらいだ。
 そしてプライベートの面で、重圧と寂しさから崩れそうになる弘美を支えたのもやはり誠也だった。
 
 そんな頼りがいのある誠也との間に「一夜の間違い」が生じてしまったのは必然だったのかもしれない。
 もちろん、一夜限りと心に誓った上での情事である。
 それは弘美だけでなく、誠也も同じ思いだった。
 だから、「間違い」はその日以降は起こってはいない。
 ただ時折、脳裏にその日の情熱的なセックスの光景がまざまざと甦り、弘美を苦しめるのだった。
 
 誠也は、夫の慶太とは何から何まで正反対だった。
 体格も力強さも、セックスへの情熱もテクニックも・・そしてあの逞しいペニスも。
それは全て慶太には求めることのできないものだった。
 弘美はその夜、生まれて初めて「絶頂」という感覚を知った。
 いや、それまでも、これが「絶頂」なのかと思ったこともあったが、それが誤解だったことがその日の誠也とのセックスでわかったのである。
 弘美はその夜3回の「絶頂」を味わった。

 弘美には自分の心が少しずつ誠也に傾き始めているのがわかった。
 だが、それは長期に渡り慶太とのコミュニケーションがないことが原因だと、自分を納得させた。 
 弘美はモデル体型のスタイルと目鼻立ちの整った容貌から、男性経験が豊富そうに見られることも多いが、実際には性に関してはかなり古風な考えを持っている。
 だから「一夜の過ち」を犯したからと言って、そのままだらだらと流されていくような女性ではない。
 自分はこれからも水瀬慶太の妻であるという強い自覚が弘美にはあった。
だからこそ、揺れそうな自分の思いにくさびを打つ意味で慶太との連絡手段を模索したのである。

 
 弘美の強い抗議にも関わらず、役人の反応は鈍かった。
 「検討します」の一言で、その後の連絡は皆無だった。
 考えてみれば当然のことで、いくら知り合いとは言え、相手は役人である。
 国家の秘密を市民に暴露するわけはないのである。
 そのことに気づいた弘美が次に取った行動は、腕のいい私立探偵に依頼し、夫の消息を探らせることだった。
 調査結果は、予想に反してかなり早くもたらされた。
 それは慶太の居場所が判明したからではない。これ以上調査しても、居場所の特定は不可能だと判断されたためだった。国家の秘密の壁が高く、厚いものであることが弘美にもわかった。
 ただ、探偵は確実な情報として、2点の事柄について報告した。
 1点目は、初期の「Dランク」者として「適性教育機関」で再教育を受けた者の内、約70パーセントの人間はすでにその過程を終了していて、適性度の高い職業での社会復帰ができているということ。
 2点目は、現在「適性教育機関」に在籍している者の中に「水瀬慶太」の名はないということだった。

「つまり、ご主人は、再教育過程を終了して何らかの職業に就いていながら、ご家族に連絡することができないのか、あるいは、元々Dランク者ではなかったか、のいずれかです。」
 探偵はそのように結論づけて、弘美からの依頼を終えた。

 弘美は動揺した。もしも連絡ができないのだとしたらそれはどういう状況が考えられるか、何らかの犯罪に巻き込まれているのか、事故か、それとも自殺か・・・
 弘美の心には最悪の状況まで浮かんだのだった。
 
 弘美はその内容を誠也に告げた。
誠也は動揺する弘美を何とか落ちつかせようとした。
「社長に何か特別なことなんて起こるはずがない。だから、もう少しすれば必ず連絡があるはずだ。」
 その言葉に何の根拠もないことは弘美も十二分に承知していたが、誠也の真剣な物言いは弘美の心をなぜか落ちつかせる魔力のようなものを持っていた。

 二人は丸一日方策を思案した後、ある程度有力な人物の力を借りない限り、物事は前に進まないだろうという結論に達した。
 そこで二人が考えたのは、慶太の父親である先代社長の時代から、何かと親交のある田上勇作にあたってみることにした。
 田上は地元選出の国会議員で、本人はまだ当選2回という若手ではあったが、その父親の田上勇太は大臣まで務めた大物議員であり、地元では田上家は有力な存在だった。
 残念ながら父親は亡くなっているので、彼にどれ程の力があるかわからないが、取りあえずお願いしてみようということになった。

 田上に依頼してから10日後、一本の電話が弘美の元にかかってきた。
 電話の声は、微かに聞き覚えのある声だった。
 弘美はそれが以前自分のもとを訪れたことある、常田厳だということはすぐにわかった。
 電話越しに常田は、とにかく会って話がしたい、詳細はその時に話す、と言った。
 弘美はできるだけ早めの来訪を希望した。一日でも一時間でも早く詳細な情報が聞きたいという当然の思いからである。
 そして今日この日が約束の日となったのだが、少しでも早く情報が欲しかった弘美は、常田との電話の後すぐに、口利きをお願いした田上勇作に電話をかけた。もしかしたら話の中で慶太に関する情報をすでに掴んでいるかもしれないと思ったからだ。
 だが、それは間違いだった。田上が口利きの中で掴んだ情報は、水瀬慶太は無事であり、消息について詳しい人間が説明をしに行くということだけだった。
 弘美は正直落胆したが、そのことはなるべく表に出さずに、口利きをしてもらったことへの丁重なお礼で電話を締めくくった。

****************************************

 約半年ぶりの常田厳の来訪には、今回も後藤良介が同行していた。
 弘美は、一人で話を聞く勇気が持てなかったので、山村誠也に同席を頼んでいた。
 
 丁寧な挨拶交換の後、真っ先に話を切り出したのは後藤だった。
 それは、山村誠也が同席していることへの不信感によるものだった。
 部外者が同席するのは良くないとはっきりと言った後藤に対して、弘美は誠也と慶太の関係、さらに現在の会社内での関係などを話し、何とか理解を得ようとした。
 後藤はその真剣な話しぶりに気圧され、しぶしぶ同意した。

「奥さんが田上先生に働きかけてでも、ご主人の情報を得たいと考えたのは、もっともなことです。」
 しばらくの後に常田が口を開いた。
「ええ。そう言っていたければ幸いです。それで・・・現在、水瀬はどこで何をしているんですか?」
 弘美は結論を急いだ。
「はい、まあ・・・でも少し込み入ってくると思いますので、ちょっと順序立てて話しをさせてください。」
 常田は、少し冷静さを失いかけている弘美に、ゆっくりとした口調で話しかけた。
「まず、第一に水瀬慶・・・太氏は、現在も無事に当方の管轄内の某所で暮らしておられます。」
 常田が「水瀬慶太」の名前を一瞬言い淀んだのは、もちろん長らくその名を呼んでいなかったからだ。常田は思わず「慶花」と口に出しそうになった自分に冷や汗をかいた。

「某所?某所とはいったいどこですか?『適性教育機関』ではないのですか?」
 誠也が弘美に変わって、強い口調で質問した。
「実は、水瀬さんの『Dランク』者としての再教育はすでに終了しております。従って現在は『適性教育機関』にはおりません。」
 弘美は、「やはり」と思った。私立探偵の調査結果は正しかったのだ。
「ただ、事情があってまだ社会復帰をしておりません。」
「じ、事情?どんな事情ですか?」
 弘美が常田の目を見つめながら問いかけた。
「水瀬さんは再教育終了後の適性判断において、現職への復帰が不可となりました。」
「不可? 現職への復帰が?」
「ええ、簡単に言えばこちらの社長としての復帰は認められなかったということです。」
「そ、それはおかしいじゃありませんか? だって、以前のお話だと再教育終了後は確実に現職への復帰ができるとおっしゃったじゃないですか?」
 弘美が興奮しているのを抑えようと、隣に座る誠也が弘美の背中を軽く撫でた。
 その姿を常田だけでなく後藤も目にし、そこに何かを感じ取ったのか、二人は確認するように視線を合わせた。

「それは・・・確かにそうは言いましたが、物事には例外があります。水瀬さんはその例外でした。」
「確か・・・あの時は水瀬の意志に変化がなければ復帰は確実とおっしゃったと思いますが・・・。もしかして、水瀬の心に変化・・・・つまり、会社経営の意志がなくなったと・・・そういうことなのですか?」
「いえ、そういうことではありません。再教育期間中、水瀬さんは現職への復帰を望んでおられました。」
 一瞬、弘美の顔に安堵の色が浮かんだ。
 もしも慶太の意志が変わっていないのであれば、仮に社長としての復帰は叶わなくとも、
会長や顧問などの形で経営に携わってもらうことが可能だと思ったからである。
 だが、その安堵は次の常田の言葉で脆くも崩れた。
「ただ、水瀬さんは再教育機関終了後の診断で『現職復帰不可』の判断がなされると、さすがにやる気が失せたのか、そのまま社会復帰をすることをためらうようになったのです。そして、しばらくの間、今までと違う自分を発見するための猶予期間が欲しいと言い出したのです。」
「そ、そんなことを水瀬が言い出したんですか?本当に?」
 弘美には常田の言葉が信じられなかった。あれだけ会社経営に情熱を注いできた慶太が、
やる気を失うなど、どう考えても合理性がないように思われたのだ。

「今までと違う自分の発見というのは、どういうことでしょうか?具体的におっしゃってくださいませんか?」
 考えのまとまらない弘美に変わって、誠也が質問した。
「つまり、一時的に『水瀬慶太』という人格を捨てて、新しい自分の可能性を探ってみたいと、ご本人はそうおっしゃっています。」
「ということは、別の人格になるということですか?」
 呆然とする弘美に代わり、もう一度誠也が質問した。
「ええ。そういうことです。ですから、一時的に『水瀬慶太』という人物が存在していないものだと、奥さんもご理解いただきたいと思います。」
「そ、そんな・・・そんなバカな話、信じられませんっ。これは何かきっと裏があるに違いないわっ」
「裏? 裏と申しますと?」
「例えば、あなた方が無理矢理水瀬を脅迫しているとか・・・」
「脅迫? どうして我々が水瀬さんの脅迫する必要があるのですか?」
「そ、それは・・・」
 確かに彼らに慶太を脅迫する動機はない、少なくとも弘美にはその動機が見つからないのである。
「よろしいですか、奥さん。水瀬さんが社会復帰されようが、別人格での生き方を選択されようが、我々には何の影響もないんです。 ねえ、後藤くん。」
 常田は、横に座って無言でやり取りを聞いている後藤に同意を求めた。
「は、はい。その通りです。」
 後藤は、急な質問に慌て気味に言葉を返した。
 
 実は、後藤は常田から会話中は一切口を挟まないように念を押されていた。
「きみは、お芝居ができないからね。」
 それが常田が後藤に言った言葉だった。
 もしも直情型の後藤が、重大な秘密事項を漏らしてしまったら、取り返しのつかないことになってしまう。まして相手は政治家に依頼するなど、かなり積極的な行動を取る弘美だ。念には念を入れる必要があると常田は思った。
 それ故、後藤は言われた通り黙って話を聞いていたのだが、内心では、
(この常田という男は、どうしてこうも次々と嘘が出てくるのだろう。俺にはとてもできない芸当だ。)と思っていたので、黙っているという選択は、ある意味正解だと感じていた。
 
「で、でも・・・やはり水瀬がそんなことを自分の意志でするとはどうしても思えないんですっ」
 弘美の目にはいつしか光るものが浮かんでいた。
 涙の原因が国への怒りなのか、慶太への落胆なのか、これから先への不安なのか、弘美自身もそれはわからない。ただ溢れてくる涙をどうしても抑えることはできなかった。
「そうですか、では仕方がないですね。証拠をお見せしましょう。本来は許されることではないので、できることならお見せするのは避けたかったのですが・・・。」
 常田はそう言うと、隣の後藤に目配せをした。

 後藤は全てを心得ているらしく、確認のために聞き返すこともなく、持参したノートPCをテーブルの上に置き、電源を入れた。
「これからお見せするのは、水瀬慶太さんの一昨日の映像です。まあ奥さん宛のメッセージ映像のようなものですが、よくご覧になってください。」
 常田はそう言うと、ノートPCを弘美と誠也の方に向けた。


 白い背景の画面に、一人の人物の姿がピントのぼけた状態で現れる。
 ピントは徐々に合っていき、その人物の表情を映し出す。 
「え?こ、これが・・・本当に・・・」
 弘美の驚きの声を受けて、すぐさま常田が返事をした。
「ええ、これが今の水瀬慶太さんです。少し外見も変わられてますので、驚かれたかもしれませんが、これも別人格として生活をしてみたいというご希望に基づいてのことなのでご理解ください。」

 弘美は常田の「少し」という言葉がまやかしであることがすぐにわかった。
 少しどころではない。こんな慶太の姿は長年共に生活していた弘美でも一度も見たことがなかった。  
 トレードマークだった髭がなくなり、長い髪の毛を無造作な男性ポニーテールスタイルに結ばれている。その長さから判断して、恐らく半年近くはカットしていないのではと思われた。
 弘美が認識した変化はそれだけではない。
 顔色が違っているのだ。照明の影響なのかかなり白くなっているように見える。ただその白さは病的なものではなく、健康的な艶々した輝きを伴っている。
 よく見ると皮膚自体も以前より薄く、肌理が細かくなっているようにも感じる。それはまるで、スキンケアの行き届いた肌の美しい女性の、いわゆる「スッピン」状態のようだ。
 さらに弘美を驚かせたのは慶太の眉だった。
 細くすっきりと整えられた眉は、外見を気にする男性が施すレベルを超え、明らかに女性的な雰囲気が感じられた。
 
「水瀬さんは、しばらく自分を見つめ直すために若い頃の気持ちを取り戻したいとおっしゃって、このような青年男性のような姿を選ばれたんです。」 
 常田は、驚きで言葉を失っている弘美と誠也に向かって言葉を発した。
「せ・・・青年・・・男性?」
 弘美は思わず呟いた。
 確かに常田の言うように画面の中の慶太は実年齢より若く見える。いや若く見えるなどというレベルではない。せいぜい20歳台前半にしか見えない。
 さらに言えば「男性」という表現にさえ違和感を感じる。
 弘美の目には、中性的な少年、それもかなり女性的な少年の姿にしか見えないのだ。   
 やがて画面の慶太が静かに口を開く。その口元には笑みが浮かんでいる。
「弘美・・・お元気ですか? もう半年くらいになるのかな? 僕の変わり方にちょっと驚いたかもしれないね、ごめんね、びっくりさせてしまって。 たぶん常田さんから話を聞いたと思うけど、しばらくの間、自分の新たな可能性を見つけるためにちょっと若返ってみようと思っているんだ。もちろん全部自分で決めたことだよ。 だから当分君の元には戻れないけど、許して欲しい。
 でもね、こうして水瀬慶太の鎧を捨てて生き直してみるとね、何か肩の荷がすっかり下りたっていうか、気楽になったよ。 最初は会社のこととか、君のこととか、気になっていたけど、今はすっかり消えて楽しく毎日を過ごしてるよ。会社は僕がいなくても、君がいるし優秀なスタッフもいるから、きっと大丈夫だよ。君も僕みたいに、たまには全部忘れてのんびりしてごらん ハハハ・・・ そうそう、これからね、この施設のミニシアターで映画を見るんだ。すごくいいラブストーリーらしいから、とっても楽しみなんだ。
じゃあ、そろそろ時間だから。当分会えないけど元気でね。 バイバイ」

 慶太の姿が画面から消え、白い背景だけが映し出され、そして映像が終わった。
 映像を見終えた弘美の頬には幾筋もの涙が伝っていた。
 彼女はその涙を拭おうともせずただ呆然と映像の消えた画面を見つめている。恐らく、様々な感情が同時にわき上がってきて、自分でもどう処理して良いのかわからなくなっているのだろう。

 疑問はいくつもあった。
 例えば、「君」と呼ばれたことだ。慶太は弘美のことを名前で呼ぶか「お前」と呼ぶのが常だった。さらに自分のことを「俺」ではなく「僕」と言っている。
 それに「ラブストーリー」だっておかしい。弘美の知っている慶太は「社会派映画」か「歴史系映画」しか興味がないはずである。弘美がたまに観ている「ラブストーリー」をバカにした顔で眺めることさえあったくらいだ。

 だが、弘美にとってそんな疑問以上に落胆したのは、あまりに「お気楽な」話しぶりと、終始ニコニコ笑顔を浮かべていたこと、そして無責任とも言えるその内容だった。
「あなた、私がどんなに苦労しているのか、わかってるのっ!ここはあなたの会社なのよ!」
 弘美は映像を見ながら、何度もその言葉を口にしかけた。

 さらにもう一つ気になって仕方がないのは、時折見せる違和感のある仕草だった。
 それは、若い青年のものなどではなく、もっと女性的なものだった。
そしてその仕草が、優しい語り口と妙にマッチしていることが余計に弘美を苛立たしい思いにさせた。

 そんないくつもの感情が複雑に絡み合った弘美に、映像そのものの不自然さに気づけと言っても無理だったかもしれない。
 映像は終始慶太の顔のアップのみで、首から下は一切映っていなかった。
 もしもこの時点で弘美か誠也のどちらかが、その不自然さに気づき指摘したならば、もしかしたらその後の慶太の運命は変わっていたかもしれない。


 常田と後藤が帰った後のマンションには、泣き崩れる弘美を抱きしめる誠也の姿があった。
 複雑な感情に押しつぶされそうな弘美にとって頼れるのは誠也しかいなかった。
 誠也もそんな弱さを見せる弘美に心から愛おしさを感じたのである。
二人の熱い抱擁はやがて情熱的な口づけへと変わっていった。

 二人はその夜、二度目の「過ち」を犯した。
 どうしようもない感情の高まりが、弘美の理性を奪ったのだ。
 ベッドの中で誠也の逞しい身体に組み敷かれている弘美の脳裏には、逞しい誠也とはまるで正反対の慶太の姿が浮かんでいた。頼りがいがなく、弱々しい慶太の姿はとても同じ「性」に属する存在とは思えない。
(もしかしたら、あの女性的な姿こそ慶太の本来の姿なのかもしれない)弘美にはそう思えてきたのだった。
 そんな慶太の姿も、誠也の男らしく逞しいペニスが熱いヴァギナを貫いた瞬間、弘美の脳裏から粉々に消えてなくなった。


***************************************

 弘美と誠也が情熱的な交わりに溺れている頃、常田と後藤は帰宅の途にあった。
 予約した新幹線の発車時刻ぎりぎりに到着した二人は、駅で缶ビール数本と弁当、それに軽いつまみ類を購入して飛び乗った。それでささやかながらお互いの労をねぎらおうということだ。

「なんとか無事に終わりましたね。」
 缶ビールを開けた後藤が、常田のそれに軽く合わせて乾杯のまねごとをすると、ため息混じりに言った。
「ああ、なんとかね・・・」
 常田も深いため息をついた。
「それにしても、常田さん、次から次へとよく咄嗟に嘘が出てくるものですね。感心しましたよ。」
「いや、咄嗟ではないよ。これでもあらゆる質問に答えられるように準備しておいたからね。」
 常田は後藤の皮肉混じりの言い方に、多少カチンときたものの、首尾良く使命が果たせたことに満足したのか、その不快感を表に出すことはなかった。
「さすがに中央の役人ですね。用意周到ってわけですか。」
「それはそうだよ。失敗は許されないからね。それにしても水瀬弘美も余計なことをしてくれるよ。田上先生に声をかけるなんて。先生も困っておられたよ。本当のことを伝えるわけにはいかないし、かと言って先代からお世話になってる水瀬家のことだから無下にもできないとね。」
「そうですね。それでわざわざ私たちがこうして説明に来なくてはならなくなったんですからね。」
「それもあんな映像まで作らなくてはならないなんてとんだ手間だったよな。」
「本当ですよ。私なんか、そんな面倒なことするくらいなら、今の本当の『慶花』の姿を見せてやったらいいじゃないかって思ったくらいですからね。」
「おいおい、何を言ってるんだよ。そんなことしたらエライことだぞ。いずれは世間にも知られることだろうが、今はとにかくその時期ではない。上もそれは必死だよ。」

 後藤は常田の話に小さく頷くと、弁当の包みを開け、箸を付けた。
 常田はそんな後藤の手の動きを、何気ない表情で見つめている。
 緊張感が続いていたからか、すぐには食欲がわかないようで、常田はビールとつまみだけを口に運んでいた。
「それにしても、あの映像を作るときは苦労しましたよね。」
 後藤が口に入っている食べ物をビールで流し込むと、意味ありげな笑みを常田に向けた。
「ああ、本当だね。でもあれはやっぱり瑞穂先生のおかげだよ。顔や髪型は化粧を落としたり、ああいう男性ポニーテールみたいにすれば何とかなるけど、話す内容や表情は先生がいなければできなかったよ。第一、慶花はこの話聞いた時、『そんな映像なんて撮りたくない』ってさんざん手こずらせたんだからね。それを説得したのも瑞穂先生だし、できる限り明るく話して弘美を安心させるように言ってくれたのも瑞穂先生だ。今回のことでは感謝しているよ。本当に。」
「でも、あの映像、逆効果ではないでしょうか? 現に水瀬弘美はあんな浮かれたような夫の話し方に複雑な表情を浮かべてましたけど。」
「ああ、そうだったね。でも少なくとも『慶花』が明るい表情で話してくれれば、脅迫されたり強制されているのでないと弘美に納得させることになるだろう?」
「まあ、それはそうでしょうけど・・・。」
「それに、彼らはいずれ離婚することになるんだ。妻の弘美が夫に愛想づかししてくれれば、それもスムーズに進むってものだよ。」
「そう言えば、今日一緒にいた男、なんて言いましたっけ? ええと・・・ああ、山村誠也でしたね。あれは弘美とすでにデキていますね。」
「ああ、後藤君もそう思った? 私もそう思ったよ。でもそれならなおさらいいじゃないか。離婚の障害がなくなって アハハハ・・ 」
「妻を寝取られ、社会的地位も奪われ、自分は無理矢理女にされて男の性処理のためだけに生きる・・・・『Nランク』ってやつは本当に悲惨な運命ですねぇ。」
 後藤の言葉に常田も黙って頷いた。

 後藤が食欲旺盛な様子で弁当を平らげていくのを見て、ようやく常田にも食欲がわいてきたのか、自分の弁当を開くと箸をつけ始めた。
「ああ、それはそうと、弘美が気にしなくて良かったですね?」
「え?何を?」
「顔から下が一切映っていないことをですよ。」
「ああ、そのことか。そうだね。あれも苦労したからね。」
「もしも首から下が映っていたら、さすがに気づくでしょう。身体の変化に。」
「うん、隠すなら相当ダボダボな服を着なくてはいけないし、そうすると相当不自然だからなぁ。それにしても例の『N1新薬』の効果はすごいね。たった2か月足らずであそこまでの変化をもたらすんだから。」
「はい。それは私も思いましたよ。最初は半信半疑でしたけどね。」
「まあ、いずれにせよ、弘美が、首から下が映っていない映像の不自然さに気づかなかったのは本当に助かったね。」
「本当ですね。私もそこだけがずっと気になっていましたから。アハハハ・・・」

 常田と後藤は何本目かのビールを空けた。
 酔いが回るにつれ上機嫌になった二人の笑い声は比較的乗客の少ない車輌の中で響いていた。

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コメント

§

女性化させられ妻を寝取られる・・・既婚Mにとっては極北の憧れです。この後の物語がとても楽しみです。

§ お久しぶりです

女性として矯正されるだけでなく、肉体も女性化。奥さんはどうなるかと思っていたら、寝取られるとは。「男であること」を失っていくんですね

§ Re: タイトルなし

>NTR夫 様
コメント感謝しております。この後の展開がご期待に添えればと願っています。

> 女性化させられ妻を寝取られる・・・既婚Mにとっては極北の憧れです。この後の物語がとても楽しみです。

§ Re: お久しぶりです

>森 和正 様
いつも丁寧なコメントありがとうございます。
またまた結構な長篇になってしまいましたが、最後までおつき合い頂ければ幸いです。

> 女性として矯正されるだけでなく、肉体も女性化。奥さんはどうなるかと思っていたら、寝取られるとは。「男であること」を失っていくんですね

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プロフィール

サテンドール

Author:サテンドール
=============================================
女性化小説なら国内・海外を問わず大好きです。

特に屈辱系・羞恥系・強制系・寝取られ系・立場逆転系・年齢退行系・SISSY系などなど・・・。

happy よりは、unhappy ending が好み。
(ちょっと、性格がゆがんでるのかも^^)

私事ですが、以前某サイトに 
「高野奈緒美」のペンネームで
『ある性転者の告白』という拙い小説を掲載させて頂いておりました。事情があって途中で掲載を止めましたが、その完結編も当ブログでご紹介できればと思っています。

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