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N/Nプロジェクト 第10章

〔第10章〕

 弘美は自宅マンションのリビングで、来客を待っていた。
 その顔には不安と動揺の色がはっきりと浮かんでいる。
 傍らにはそんな弘美を心配そうに見つめる山村誠也の姿もあった。
 
 常田厳から夫の慶太に関する重大な知らせがあるので、ぜひ訪問したいという連絡があったのは3日前のことだ。
「重大な知らせ」と聞いて、一刻も早くスケジュール調整をしたかったのだが、あいにく新規開発商品の最終打ち合わせなどが立て込んでいたため、今日にずれ込んだのである。 最近は弘美の社長ぶりも堂に入ったもので、社員の誰一人として彼女の正式名称である
「社長代理」と呼ぶ者はいなくなっている。ただ、「水瀬社長」と口にすると、慶太を連想すると思うのか、皆、一様に「弘美社長」と呼んでいる。
 今回の新規開発商品も「弘美社長」の肝いりで始まったプロジェクトであり、大手コンビニエンスストアとの業務提携による相当大規模な事業でもあった。その最終打ち合わせに「弘美社長」の不在は許されなかったのである。

 時計の針はすでに2時を回っている。
 新幹線に遅れはまず考えられないので、タクシーに滞りがなければ、そろそろ到着してもおかしくはない。
 弘美は一応携帯電話を確認してみた。時間変更などのメールは入っていなかった。

 ピンポーン・・・
 弘美が携帯を戻そうとした瞬間、ドアホンの音がした。
 モニターには常田厳と後藤良介の姿があった。
 弘美は隣に立つ誠也を心配そうな表情で見つめた。誠也はそれに頷いて応えた。


「本日は、水瀬慶太さんの事で重要なお知らせがあって参りました。」
 リビングのソファに腰掛けるなり、常田が神妙な面持ちで口を開いた。
「重要・・・と申しますと?」
 心配そうな表情を浮かべる弘美に代わって、誠也が尋ねた。
 常田も後藤も、今回は誠也が同席していることに、これといって特別な関心を示すことはなかった。
「奥様は、正式には、いまだに『社長代理』の立場でいらっしゃるとか?」
 常田は誠也の質問には応えず、弘美の方を向いて言った。
「ええ、まあ・・・正式には。」
 弘美は不安そうな声で答えた。
「なぜですか? なぜ社長に就任しないのですか?」
「なぜと言われても・・・」
「3か月ほど前に、こちらでご覧いただいた慶太さんの映像で、彼が別人格として生きたいと希望していることはご理解いただいたと思うのですが。」
「ええ、それはわかりました。でも正式に会社経営から身を退くと言っていたわけではありませんし、別人格と言っても単に一時的な気持ちかもしれませんし・・・。」
「なるほど・・・・・では、伺いますが、奥様は慶太さんと離婚されるおつもりはありませんか?」
「り、離婚・・・?な、なぜです? なぜ離婚しなくてはいけないのですか?」
「慶太さんが別人格で生きるということは、『水瀬慶太』ではなくなるということです。
つまり、あなたの夫である水瀬慶太はこの世から存在しなくなるということなのですから、離婚されるのは自然なことだと思うのですが・・・。」
「で、ですから・・・・そんなものは一時的な感情ではないかと申し上げているんです。第一、水瀬が離婚を言い出すはずはありません。」
「ほう、随分、自信がおありなのですね。それだけ慶太さんがあなたを愛しているとおっしゃりたいのですね?」
「え、ええ・・・」
「奥様も、慶太さんを愛していらっしゃると?」
「え、ええ・・・と、当然でしょ・・・そんなこと」
 弘美は慌て気味に答えると、隣に座る誠也の方に視線を送った。

 弘美は内心、常田の質問に動揺した。
「夫を愛しているのか」の質問に「はい、愛しています」と堂々と答えきれない自分がいた。
 3か月前に、映像を通じて慶太の頼りがいのない女々しい姿を目にして以来、それとは正反対の男らしく頼りがいのある誠也に惹かれていったのは確かである。あれほど理性で抑えていた身体の関係も、今ではそれほどの罪悪感を感じるわけでもなく、愛する者同士のごく自然な行為として受け止めるようになっている。
 最近では自分でも、身体が誠也の逞しいペニスにフィットしてきているのがわかる。「女の身体は愛する男の身体に合うように変化する」という言葉が本当なら、自分はきっと心だけでなく身体も誠也のことを愛しているのだろう。
 誠也とのセックスを経験すると、慶太とのそれは果たしてセックスと呼ぶに値するものだったのかという気さえしてくる。「絶頂」という感覚も初めて味わった。それにあれほど嫌だった「フェラチオ」という行為も、今では自分から望むほど好きになっている。恥ずかしいことだが、誠也の熱いザーメンを燕下する瞬間、同時に「絶頂」に達したこともある。自分がこれほどまでにセックスに貪欲で淫乱だったのかと思い知らされもした。
 
 だからと言って、離婚は別の話である。
 自分が今曲がりなりにも「社長代理」というポジションに就き、充実した生活が送れているのも、元はと言えば慶太と結婚したからであり、会社を所有する水瀬家に嫁入りしたからである。その恩義は決して忘れることはできない。それに自分は慶太を嫌っているわけではない。楽しい思い出もたくさんあるし、それに会社経営者として尊敬もしている。 それは愛とは呼べない思いなのかもしれないが、少なくともその思いがある以上、離婚などあり得ないことだ。
 それに、これは決して表に出してはいけない思いだが、離婚して水瀬家から出ることは経済的にも社会的にも得策ではないという打算も当然働いていたのである。

「では、もしも別人格で生きたいいう慶太さんの思いが、一時的なものではなく、それ故、会社経営からも身を退きたいと心から願っていることが証明されれば、奥様は正式に社長に就任なさいますか?」
 常田の真剣な眼差しが弘美に向けられた。
「ええ、まあ、その場合は・・・その場合は私が社長に就任せざるを得ないでしょう。」
 常田には、3か月前のややおどおどしていた弘美の表情が、いくぶん自信に溢れた表情に変化しているのがはっきりとわかった。
「その場合には、離婚もなさると?」
「い、いえ・・・それはまた別の話ですわ。」
「慶太さんが会社の経営権、所有財産等すべてを奥様に譲渡するとしても・・・ですか?」
「そ、それは・・・どういう事ですか?」
「ですから、会社も財産もすべて奥様のものになるとしても、離婚をするつもりはないかということです。」
「そ、それは・・・あ、あの・・・まあ・・でも仮定の話にはお答えできませんわ。」
 弘美は明らかに動揺していた。ある意味離婚の最大の障害となっている問題を常田が指摘したからである。

 常田は弘美の表情に手応えを感じたのか、口元を弛めて言った。
「わかりました。その答えはまあ、後で聞きましょう。ここまで伺えば十分ですので。じゃ、後藤くん、用意して。」
 常田の言葉を受けて、隣に座る後藤がバックからノートPCを取り出し、電源を入れた。「今からご覧いただくのは、現在の慶太さんの姿です。奥様に向けて、ご自身の意志で、またご自身の言葉で語っています。よくお聞きになってください。そしてご覧になった後で、どのようになさるか、奥様自身でお決めください。」
 常田は「ご自身の意志」「ご自身の言葉」をより強調するように言い、PCのモニターを弘美と誠也の方に向けた。

 モニターが動画画面になり、画像が浮かび上がった。
 その瞬間、弘美が怪訝そうな顔を誠也に向けた。
「すみませんが、ファイルが違うみたいですよ。これ、誰か女性の映像みたいですよ。」
 誠也が弘美に代わって常田に言った。
 常田は後藤と顔を合わせると、何やら含意のある笑みを浮かべた。そして画面をのぞき込むようにしながら、
「いや、間違っていませんよ。これで合ってます。」
 と事も無げに言った。
「ああ、そうか、この後に出てくるんですね?」
 誠也が笑顔で言うと、弘美も同調するかのように安堵の笑みを見せた。
 後藤が満面の笑みを湛えながら、PCをクリックした。
 映像が動き出した。

 フラワープリントの上品なサンドレスを身につけた「令嬢」が優しく微笑み、ゆっくりと口を開いた。
「お久しぶりです。弘美さん。私、誰だかわかります?・・・・・」
 弘美は小さく首を傾げた。常田と後藤は顔を見合わせ、微笑んだ。
「きっとお分かりにならないわね? あなたの戸籍上の夫、水瀬慶太です。ううん、今はね、『慶花』っていう名前になっています。でも、あなたの夫が、こんな姿になっているなんて、とても信じてはいただけでしょうね・・・・?」
 カメラは映像の「慶花」の全身をゆっくりと移動しながら映していく。
 白のミュールから覗くパールピンクのペディキュア、色白で形のいいふくらはぎ、ドレス越しでもわかる流れるようなヒップライン、ギュッとしまったウエスト、そしてわずかに開いた胸元に浮かび上がる谷間のラインがアップで捉えられた瞬間、弘美の口から叫び声が漏れた。
「う、うそ・・・うそでしょ? まさかそんな・・・・」
 弘美は大きく開いた口を両手で塞ぐと、ただ目を丸くして画面を見つめた。
「ちょ、ちょっと・・・映像を・・・止めてくださいっ!」
 気が動転し、今にも気絶しそうな弘美に気付き、誠也がとっさに声を上げた。
 後藤が一時停止をクリックした。

「驚かれるのも無理はありません。私たちのように変化の過程をつぶさに見てきている者でさえ、彼、いや彼女の変貌ぶりには驚かされるのですから、奥様のように久しぶりにご覧になったら、気を失いそうになるのも無理からぬことです。」
 常田は、肩で息をしている弘美と、その背中を抱き寄せるように優しく撫でながら、心配そうな表情を浮かべている誠也を見た。 
(この二人の仲は、間違いなく前回より深くなっている。これは離婚のためには好都合だな。)と常田は内心ほくそ笑んだ。

「こ、これは・・・別人だわ・・・フフフ・・・そうよ、別人に違いないわ。」
 呼吸が少し落ちついたのか、弘美が突然、笑顔で言った。もちろんそれは確信のある笑顔ではない。映像の女性が夫であるなどとはどうしても信じたくない、そんな思いのこもった笑顔だった。
「ハハハ・・・別人とは随分大胆な推理ですね。奥さん、何を根拠にそう思われるのです?」
「そ、それは・・・」
 弘美には理由などなかった。ただ、信じたくない、それが唯一最大の理由だった。
「第一、我々がそんなトリックをして何の得があるのですか?そんなことのために、わざわざこちらに出向くと思いますか?」
 確かに常田の言う通りである。そんな酔狂なことをして彼らに得られるものは何もないはずだ。恐らく彼らの言う通り、映像の女性は慶太なのだろう。だが、そうだと告げられて、「はい、そうですか」と答えられるほど、問題は簡単ではない。
 実を言えば、3か月前に夫の映像を目にした時、その女性的な雰囲気から、もしかしたら彼の目指す別人格が「女性」なのではないかという予感がなかったわけではない。メイクをし女性物の衣服を身につけた夫の姿を想像したこともある。だが、現実に今目にしている姿は弘美の想像を遙かに超えている。夫の女装姿なのだと思いこもうとしても、ひとかけらの面影も残っていないのだから、思いこむことすらできない。いや、そもそもこの「女性」が本当は男性であると誰が思うことができるだろう。美しい容貌はもちろんだが、醸し出す女性らしさ、姿勢の美しさ、魅力的な声と言葉遣い、どこをとっても完璧な「令嬢」ではないか。どこに自分よりも美しく魅力的な「女性」を夫だと認める妻がいるだろうか。
「まあ、いずれにしてもこの続きをご覧ください。そうすれば疑いも晴れるでしょうから。」
 常田の言葉を受けて、後藤が一時停止を解除した。
再び映像が動き出す。

「でも、これが私の本当の姿。弘美さん、きっと、私、本当は女だったんだわ。それを今まで気付かずに、いいえ、自分を騙して男のふりをしていたの。ここでの生活が私にそれを気付かせてくれたの。弘美さん、今まで、あなたを騙し続けてきたこと、心から謝ります。ごめんなさい。私には会社を経営する能力も資格もありません。会社はあなたのように優秀な女性が経営するべきです。私のように専業主婦になるのを夢見ているような女がそんなことしてはいけないんです。だから、弘美さん、私の代わりに会社を経営してください。一日も早く社長に就任して、会社を発展させてください。それが私の心からのお願いです。・・・・・・・」
 常田の合図で後藤が再び映像を一時停止させた。
 常田は呆然と画面を見つめている弘美に向かって、諭すような口調で語りかけた。
「いかがです?奥さん。疑いは晴れたでしょう?もう彼、いや彼女を解放してあげましょう。きっと今まで重荷だったのですよ。心の中は女性なのに、男と偽って社長などという立場にまつりあげられ、きっと疲れ切っていたのだと思いますよ。ご覧なさい、今の彼女の顔。生き生きとして美しいじゃないですか。それにあんな涙を流しながら、奥さんにお願いしているんですよ。もう慶花としての人生を歩ませてあげようじゃないですか。」
 
 常田に言われるまでもなく、すでに弘美の中では、映像の「女性」が夫の慶太であるという事への疑念は消えていた。カメラが「女性」の口元に寄った時、特徴的な小さなホクロを捉えていたからだ。
 その思いは隣に座る誠也も同様だった。弘美を励まそうと背中をさすっているその手がかすかに震えていることからもそのことがわかる。彼も恐らく口には出せない程のショックを受けているのだ。ただ、自分が冷静さを失ったら、誰が弘美を守るのかという責任感が、彼をギリギリのところで支えていた。

「わかりました・・・・おっしゃる通り、この女性は水瀬なのでしょう。」
 弘美は小さな声で言った。その目にはうっすらと涙が滲んでいた。その涙の源泉が、悔しさなのか、怒りなのか、それとも諦観なのか、それは彼女自身にもわからなかった。
「おわかりいただけましたか。では、社長に就かれることも決意されたと考えてよろしいんですね?」
 弘美は誠也の顔を見た。
 誠也はその目に彼女の思いを感じ取り、代わって口を開いた。
「社長がこうなった以上、社長代理が正式に社長に就任するのは当然です。一両日中にも緊急役員会議を開き、新社長就任の手続きを進めます。」
 弘美は誠也の言葉に小さく二度頷くと、こぼれ落ちそうな涙を指先で拭ってから、静かに口を開いた。
「ですから、お帰りになったら水瀬にお伝えください。『あなたの気持ちはわかりました。会社の方は私が責任をもって引き継ぎますので、ご安心ください。』と。」
 弘美の言葉には自らを鼓舞するかのような強い思いが感じられた。
「承知しました。そのようにお伝えします。では、離婚の方も納得していただいたと理解してよろしいのですね?」
 常田は弘美を見つめながら、念を押すように言った。
「ちょ、ちょっと待ってください・・・それは別問題だと、先ほども申し上げましたでしょ?」
 弘美は右手で常田を制するような仕草を見せ、慌て気味に言った。
「離婚をするおつもりはないと?」
「は、はい・・先ほども言いましたように、水瀬が別人格・・つまり、女性として生きたいという気持ちは一時的かもしれないでしょ? 第一、水瀬は一言も離婚の事を言っていないではないですか?」
「一時的? この映像をご覧になって水瀬さんの気持ちが一時的だとお思いですか?奥さんも気付いていられると思いますが、水瀬さんは自分の意志で薬を服用しています。もちろん、エストロゲン・・・つまり女性ホルモンです。水瀬さんがここまで劇的に変化した要因の一つでもあります。それを一時的な気持ちだとおっしゃるんですか?」
「そ、それは・・・」
 弘美は言い淀んだ。
 確かに身体の変化はドレス越しでもわかる。見たくはないが胸だって、自分と同じ、いや、もしかしたらワンサイズくらい上ではないかと思えるような膨らみが見て取れる。肌の肌理だって、色の白さだって、基礎化粧品だけで変化したレベルではない。そのことに気付いていながら、口には出せずにいたのだ。
 もちろん、ニューハーフやレディボーイといった男性が女性化のためにエストロゲンを服用するくらいのことは知っている。ただ、それを自分の夫に結びつけて考えるのが怖かったのだ。

「で、でも・・・エストロゲンの服用を止めれば元に戻るじゃないですかっ。気持ちが変わってもう一度、慶太としての人生を送りたいと思ったら、服用を止めれば済むことでしょ?時間はかかるかもしれないけど・・・。」
「ええ、確かに、エストロゲンの服用を止めればいずれ元の身体に戻るでしょう。水瀬さんの身体には男性ホルモンが流れているのですからね・・・・しかし、もし水瀬さんがその男性ホルモンの流れを止めることを望んでいるとしたらどうです?」
「ど、どういうことですか?それは・・・?」
 常田は、じっと二人のやり取りに耳を傾けていた後藤に合図をした。
 後藤は小さく頷くと、再び映像の一時停止を解除した。

 映像が暗転し、「慶花」の姿が消えた。
 一瞬の後、画面が明転し、再び「慶花」の姿が現れたが、どういうわけか先ほどのような笑顔ではなかった。見方によってはいくぶん不安げな表情に見える。
 
 実は、映像上はほんの一瞬に見える場面転換の間に、慶花と瑞穂の約1時間にも及ぶやり取りがあった。それがあの3つの事柄、つまり「離婚」「資産・財産の譲渡」「睾丸摘出手術」である。
 入念なセリフ打ち合わせの後、慶花は瑞穂に何度も念を押した。「これはあくまで検閲官を欺くためのもので本心ではない。」と妻に忘れず伝えるようにと。
 それは下手をすれば、慶花の運命を左右しかねない重大なやりとりなのだ。十分過ぎるほどの時間をかけたことも、不安げな表情でカメラの前に現れたことも当然と言えば当然だった。

 映像の中の「慶花」が口を開く。表情には笑みが戻っているが、いくぶん取って付けたようなぎこちなさが感じられる。
「実は私、他にも弘美さんにお願いしたいことがあるんです。たぶん気付いていると思うけど、私、ずっとお薬を飲んでいます。もちろん女性ホルモンです。一日でも早く本当の女性に生まれ変わりたいから。もちろんいずれは性転換手術を受けるつもりですけど、その前にしておきたいことがあるんです。それは・・・睾丸の摘出手術です。それをしておけばホルモンの効果もずっと現れやすくなるので、ぜひ受けたいんです。でも手術を受けるには私一人の意思ではできなくて、家族の同意がどうしても必要なんです。弘美さん、お願いです。常田さんのお持ちになっている同意書にサインをしてください。この手術を受けたら、二度と男性に戻ることができないのは私も知っています。知った上でお願いしているんです。私は二度と男性に戻るつもりはありません。もちろんあなたの夫として生きるつもりもありません。あなただって、夫が女性では困るでしょ? 離婚届、私のサインはしてあります。後はあなたがサインをして常田さんに渡してくだされば、私たちはもう他人です。私に気兼ねなくもっと素敵な男性を見つけてください。私も女性に生まれ変わったら素敵な男性を見つけるつもりですから、どうか心配しないでください。あ、そうそう、これも言っておかなくてはいけませんね。弘美さん、離婚して水瀬家から離れることになっても、何の心配もいりません。会社も私の資産や財産もすべてあなたに譲りますので、今後はあなたの一存で運用なさって結構です。私の一方的な理由で離婚をするんです。そのくらいは当然のことだと思っています。・・・・最後に、弘美さん、今までこんな私のために尽くしてくれてありがとう。そしてずっと私の気持ちを偽っていてごめんなさい。もう二度と会うことはないと思うけど、社長として活躍される弘美さんを、影ながら応援しています。どうぞお身体に気をつけてがんばってください。さようなら。」

 映像が止まり、画面が暗転した。
 最後に別れの言葉を口にした時、「慶花」の表情は口元の笑みとは裏腹に、憔悴しきっているように見えた。
 だが、その表情は映像を目にした弘美も同様だった。いや、憔悴という意味で言うなら弘美の方が遙かに深かったかもしれない。
 たった数時間の内に一体どれだけのショックを受けただろう。
 久しぶりに目にした夫は、すっかり上品な令嬢に変わっていた。しかも自分の心は女性で、男性に戻るつもりはないから、去勢手術まですると優しい女の声で言う。そして財産も資産も譲るから離婚して欲しいとまで言うのだ。
 こんな衝撃的な出来事を無感動に処理しきれるほど弘美の頭は冷静ではない。
 それでも何とか自分を見失わずにいられるは、そばで誠也が支えてくれているからだ。もしもこの場に彼がいなければ、取り乱し、大声を上げて泣き出したかもしれない。そう思うと弘美には誠也の存在がより大きなものに感じられるのだった。

 
 それから約2時間後、常田と後藤は、弘美の手によって署名された3枚の書類と共にマンションを後にした。
 1枚目は「離婚届」、2枚目は「財産・資産の譲渡契約書」、そして3枚目は「睾丸摘出手術同意書」である。これらには「慶太」の署名がすでになされている。つまり、この時点で、該当部署に提出されれば、すべて効力を発揮するということである。
 慶花と瑞穂の約束は果たされなかったのだ。瑞穂にその意思が最初からなかったのだから、それは当然の結果だった。だが、それを見抜けなかった慶花を責めるのはあまりにも酷だ。ブロック4での徹底した精神指導によって卑屈なまでの従順さを身につけさせられた慶花に、「恩人」である瑞穂を疑う気持ちなど持ちようもなかったのだ。つまりこのような結果になることは、瑞穂がこの奸計を思いついた瞬間に決まっていたということである。  

 常田と後藤が部屋を出た瞬間、弘美は誠也の胸に泣き崩れた。
 怒り、悲しみ、悔しさ、後悔、不安・・・・その時の弘美の心には、持ちうる限りの感情が去来したと言っても過言ではない。
 ただその中で、弘美自身がはっきりと意識した思いがある。
 それは、「自分には誠也しかいない。誠也こそ自分に幸福をもたらす唯一の存在だ。」という思いであり、同時に「今まで自分は慶太の幻を愛していたのだ。一日も早くその幻を心から消さなくてはいけない。」という思いだった。
 弘美は誠也の逞しい腕に抱きしめられながら、密かに「国民適正化法」に感謝していた。 もしも慶太の心が女性であることを知らないまま、この後何年も過ごしていたらと考えると寒気がする。それが早い段階でわかっただけ幸いだ。それに、8か月もの間、別居状態にしてくれたことも、今となってはありがたい処置だった。その間に誠也という「真の」男性を見つけることができたし、慶太の記憶を薄めてくれる働きもしてくれた。

「誠也・・・お願い、もっと強く抱いて・・・私の心からあの男、ううん、あの「女」の幻を消して・・・」
 弘美は、初めて「誠也」と呼び捨てにした。彼女の中で、幼なじみの「誠也くん」が、かけがえのない恋人「誠也」に変わったのである。
「ひ、弘美・・・」
 誠也にも弘美の気持ちが通じたのか、同じように呼び捨てで返すと、壊さんばかりの力で抱きしめ唇を求めた。

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コメント

§

読んでてとても引き込まれます。
続きが気になって仕方がないですね。
これからもがんばってください。
慶花をAVに出演させて欲しいです!

§ 慶花さん、奈落に堕ちていくのですね

ますます、慶花さんに国民適正化=ある意味で、性奴隷への調教が待っています。
>慶花をAVに出演させて欲しいです!
この撮影の時に、奥さんが新しい夫とやって来たら?
妻の前で男達に犯されながら、イク姿をさらすのでしょうか。

§ Re: タイトルなし

>性転様
コメントありがとうございます。
なかなか定期的に更新できませんが、
これからもおつき合い頂ければ幸いです。

> 読んでてとても引き込まれます。
> 続きが気になって仕方がないですね。
> これからもがんばってください。
> 慶花をAVに出演させて欲しいです!

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プロフィール

サテンドール

Author:サテンドール
=============================================
女性化小説なら国内・海外を問わず大好きです。

特に屈辱系・羞恥系・強制系・寝取られ系・立場逆転系・年齢退行系・SISSY系などなど・・・。

happy よりは、unhappy ending が好み。
(ちょっと、性格がゆがんでるのかも^^)

私事ですが、以前某サイトに 
「高野奈緒美」のペンネームで
『ある性転者の告白』という拙い小説を掲載させて頂いておりました。事情があって途中で掲載を止めましたが、その完結編も当ブログでご紹介できればと思っています。

それとランキングにも参加させていただきますので、
ポチッとクリックいただければ幸いです。

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