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N/Nプロジェクト 第11章

〔第11章〕

 慶花は窓から差し込む朝の日差しに目を覚ました。
 ぼんやりとした視界に淡いベージュの壁が浮かんだ。
 周囲を見回してみると様々な医療用機器が目に飛び込んできた。
 明らかに自室ではないことに気づき、一瞬ハッとするが、すぐにその驚きも消えた。
 そこが病室であるのは当然だった。
(そうだわ。昨日は入院したんだったわ。)慶花はそれを思い出してホッとした。

 一昨日のカウンセリング時に、瑞穂から、顔色がすぐれないことと、それがN1新薬の副作用の可能性もあることを指摘され、施設内病院での検査入院の手続きが取られたのである。 
 ちょうど一週間前に、常田の口から、妻の弘美への説得がうまくいき、正式に社長に就任する運びとなったという報告を聞いて、安心し緊張感が弛んでいた矢先のことだった。
 もし瑞穂の指摘の通り、顔色が悪いとしたら、ずっと張りつめていたための精神的疲労から出たものだろうと思ったが、万一、N1新薬の副作用ということなら取り返しのつかないことにもなりかねないので検査入院に同意することにしたのである。

 昨日の検査はごく簡単なもので、1時間もかからずに終了した。なぜ入院が必要なのか、わからなかった。ただ、翌朝に簡単な検査が一つ残っているので、そのために入院が必要なのだとだけ説明を受けた。
 昨夜、7時頃だっただろうか、白衣を着た一人の若い医師が部屋に入ってきて、錠剤の服用を指示した。翌朝の検査のために必要な薬であると言われ、水と共に服用した。
 それから医師としばらくの間、当たり障りのない談笑をしたところまでは覚えているが、その後の記憶がない。恐らくそのまま眠り込んでしまったのだろう。病室もベッドも、着ている入院着も何も変わっていなかった。

 いや、変化はあった。目覚めてすぐには気づかなかったが、意識がはっきりしてきてわかった。床に入った時、入院着の下は全裸だったのに、今は下半身にゴム製の下着を着用していた。もちろん自分で身につけた覚えはない。つまり誰かの手によって着せられたということである。
 慶花はそこに手を伸ばしてみた。かなり伸縮性の強い素材でウエスト部分を伸ばすことも困難である。ただ、右手の平の一部を入れてみると、ゴム素材に覆われて布製のものが存在しているのがわかった。通常の下着素材のような触れてみて心地良い素材ではない。どちらかというとザラザラしていて包帯のようにも思える。  
  
(えっ? ケガ・・・?)
 慶花の顔の不安がよぎった。
(でも、寝ている間に、ケガなんて・・・・)
 慶花はきつく締め付けるゴム製下着に手をかけると、力を込めて引きはがそうとした。 と、その瞬間だった。病室のドアをノックする音が聞こえた。
 慶花は手を止め、ドアに向かって返事をした。
「は、はい・・・どうぞ」
 
 部屋に入ってきたのは瑞穂だった。てっきり医師か看護師だと思っていた慶花は意外な来訪者に目を丸くした。
「あら、なんでそんなに驚いた顔してるの?」
 瑞穂はベッド脇の椅子に腰掛けると笑顔で声をかけた。
「い、いえ・・・てっきりお医者様か看護師さんだと思ったので・・・」
「フフフ・・・それはそうよね。ここは病院だものね。でも、一般の人だってお見舞いにくらい来るでしょ?」
「お見舞いって・・・ただの検査なのに・・・・」
 慶花の口元に笑みが漏れた。
「ただの検査? 慶花、あなたまだ気付いていないのね?」
 瑞穂が真顔で言った。
「え?き、気付いてないって・・・・なにを・・・ですか?」
「よく聞きなさい。あなたは検査のために入院したんじゃないのよ。手術を行うために入院したの。」
「ええ? しゅ、手術・・・・? も、もしかして・・・これ?」
 慶花は入院着の前を開け、下半身のゴム製下着の一部を瑞穂の前に晒した。
「ええ、そうよ。その下に手術痕があるはずよ。」
「い、一体・・・何の・・・何の手術をしたんですかっ!?」
「あら、慶花って意外と勘が鈍いのね? 手術と聞いてピンと来ない? フフフ・・・」
「え? ま、まさか・・・・」
 慶花の顔から血の気が引いた。「手術」という単語を最も直近で耳にしたのは「睾丸摘出手術」だったからだ。
「フフフ・・・どうやら気が付いたようね。その、まさかよ。慶花は『睾丸摘出手術』を受けたのよ。つまりもう完全に男と決別したっていうことね。」
「そ、そんな・・・だって・・・・私、そんなこと・・・・同意していませんっ!」
「あら?そうかしら? あなた、『手術同意書』にサインもしたし、奥さんにもサインしてくれるように頼んだんじゃなかったかしら? だから、医者もそれを見て手術をしたんだもの。」
「で、でも、それは・・・検閲を逃れるためって・・・それに・・・妻には本当の事を告げるからって・・・」
 慶花の目から涙が溢れ、頬を伝って落ちた。
「ええ、確かにそう言ったわ。でも、それは全部嘘。あなたに手術を受けさせるためのお芝居だったのよ。」
「何のために・・・そんな嘘を・・・」
「何のため?・・・・決まってるじゃない。全部、慶花のためについた嘘よ。あなたは自分では気付いていないかもしれないけど、心のどこかで、もしかしたらいつか『慶太』に戻ることがあるかもしれないと思っていたはずよ。そんなこと100パーセントあり得ないことなのに・・・。だから、その思いを断ち切ってあげるためにも、この手術は絶対に必要だったの。」
「そ、そんな・・・男に戻るなんて、私、考えていませんでした。女として生きることを決めていたのに・・・」
「だったら、問題ないじゃないの。女として生きるつもりなら、手術はむしろ喜ぶべきことじゃない。違う?」
「で、でも・・・・」
 慶花は反論できなかった。
 確かに瑞穂の言うことは、ある意味正しいような気もする。「慶花」としての人生を歩むことを決断した以上、「慶太」の影は一日も早く取り除いた方がいいに決まっている。いくらN1新薬の服用や女性美の追究を続けようと、「慶太」の影が残っている以上、完全に「慶花」になりきれないという考え方も理解できる。
 
「でも・・・何? 私の言っていること間違ってる?」
 瑞穂が強い口調で言った。
「で、でも・・・先生は・・・私を・・・だ、騙したじゃないですか?」
 慶花の怒りの矛先は、手術そのものから、瑞穂の行った行為へと移っていた。
 それはある意味で、手術自体を現実として受け止めよういう思いの表れでもあった。
「ええ、騙したわ。でも、それは慶花のためだって言ったでしょ? 私は、これからだって騙したり、嘘をついたりするかもしれないわ。それが慶花の幸せのためならね。」
「せ、先生・・・・」
 慶花は言葉に詰まった。瑞穂の開き直りにも似た言葉の中に、真剣に自分のことを思ってくれる気持ちを感じ取ったからである。

 ようやく手術という現実を何とか肯定的に受け止め始めた慶花に、瑞穂はその後約30分に渡り、術後の見通しなどと語って聞かせた。
 睾丸を失ったことにより、テストステロン、つまり男性ホルモンの分泌は止まり、服用中のエストロゲンの効果はこれまで以上に顕著になり、心身共に女性化が加速すること。
 精子の生成はできないので、例え体外受精などの方法であっても女性を妊娠させる能力がなくなったこと。
 陰嚢とペニスの矮小化は加速し、ペニスは小指の第2間接程度まで矮小化が進むと予想されること。
 男性としての肉体的刺激による性欲はなくなり、女性としての精神的幸福による性欲が増すこと。
 などである。
 いずれも通常の男性が耳にすれば、気を失いかねないような出来事だが、心身共に自分を一人の女性と考えている慶花にとっては、さほど衝撃を受けることでもなかった。
 
 そのことよりも、慶花には気になることがあった。
 瑞穂の言葉に耳を傾けながらも、いつそれを口に出そうか迷っていた。もしも悪い答えが返ってきたらと思うとなかなか口に出す勇気が出ないのだ。

「先生・・・一つ聞いてもいいですか?」
 瑞穂の説明が一段落したタイミングで、慶花は静かな口調で切り出した。
「うん?何?」
「あの・・・手術のことは、先生が私のことを思って、してくださったのはわかりました。でも、後、二つのことは、ちゃんと妻に伝えて頂けたのですか?」
「うん?何、二つのことって?」
「『離婚』のことと、『会社と財産・資産の譲渡』のことです。それが私の本心ではないと伝えていただけたのでしょうね?」
 慶花の真剣な問いかけに、瑞穂はフッと笑みを漏らすと、小さく首を左右に振った。
「いいえ。」
「い、いいえって・・・先生・・・それも伝えてくれなかったのですか?」
「ええ、伝えていないわ。奥さんのサインももらって、もうどちらも有効になっているわ。つまり、離婚も成立しているし、会社だけでなく『慶太』名義の財産・資産はすべて奥様の弘美さん名義変わっているわ。」
「そ、そんな・・・それじゃ、私には何も残っていないということですか?」
「ええ、そういうことになるわね。」
「それじゃ、この施設を出た時、どうやって・・・何を頼りに生きていけばいいんですか?」
「何を言いたいのか、よくわからないわ。」
「『Nランク』者は普通の職業に就くことはできないと、先生はおっしゃいましたね?」
「ええ、確かに言ったわ。」
「で、ですから、ここから外に出た後は、今まで築いた財産や資産を頼りに生活しようと思っていたんです。それが、これでは・・・どうしたらいいんですかっ?!」
 慶花の声に明らかな同様が感じられた。
 瑞穂はそんな慶花とは対照的に冷静な口調で言った。
「慶花、あなたはまだ誤解しているようね。」
「ご、誤解・・・?」
「『Nランク』者は普通の職業が就くことができないというのは本当よ。でもそれだけじゃないわ。それは最初にこの施設に来た時に言ったはずよ。もう二度と誤解のないようにはっきりと言っておくけど、あなたは国民として認められていないのよ。だから、資産や財産の所有など許されていないの。」
「そ、そんな・・・あんまりです・・・・」
「そんなこと言ったって、法律で決まっていることだから仕方がないわ。でも、もし所有していることが国に見つかれば、即没収となるところを奥様に譲渡することで免れたんだから、これもあなたのためになったでしょう?」
 慶花は、淡々とした口調で話す瑞穂の口元をただ呆然と見つめるしか術はなかった。
 何か方策を考えようにも、頭の中が混乱して一向にまとまらないのだ。

「で、でしたら・・・せめて妻との離婚は取り消してください。離婚をしていなければ、私たちは戸籍上は夫婦のままです。家にさえ戻れば、何とか生活くらいはできるはずですから。」
 慶花はやっとのことで思いついた考えを瑞穂にぶつけた。
「いいえ、それは無理だわ。すでに正式に処理されてしまっているもの。」
「で、では・・・復縁をさせてください。妻には私から説得しますから。同じ相手との復縁ならすぐに受理されるはずです。」
「ええ、確かに同じ相手との復縁なら女性の半年規定もないから、すぐに認められるわ。でもそれは国民として認められる者同士の場合よ。何度も言うけど、あなたは国民として認知されていない存在なのよ。つまり結婚そのものが認められないということよ。」
「では、じ、実家に・・・戻ります。両親は他界してますけど、親戚はいます。外見は変わったけれど、私が水瀬慶太であることがわかれば支えてくれるはずですから・・・。」
 慶花は消え入るような小さな声で言った。目には大粒の涙が浮かんでいた。
 それはまるで最後の嘆願のようだった。だが、それにも瑞穂は冷静な口調で返した。
「残酷なことを言うようだけど、その願いも叶えられないわ。」
「な、何故・・・何故なんですかっ?」
「あなたはもう戸籍上も『水瀬慶太』ではないからよ。と言うより、驚かないで欲しいんだけど、あなたの戸籍はもうこの世に存在しないの。」
「こ、戸籍が・・・ない? どういうことですか、それはっ?」
「だから何度も言うように、あなたは国民として認識されていないの。だから除籍されるのは当然でしょ。今までは婚姻関係にあったから、形式的に戸籍は残っていたけど、離婚した段階で婚姻関係はなくなっているから、それに関連して除籍の措置がとられたってこと。つまり、あなたには水瀬という姓もなくなっているの。あるのは『慶花』という通称だけよ。」
「ひ、ひどい・・・ひどいわ・・・あんまりだわっ!」
 慶花は大きな声を上げると、その場に泣き崩れた。ギリギリのところで耐えていた感情の堰がついに決壊したのだ。
 慶花は、改めて、「Nランク」の「N」がNothing の意味からとられたという、施設入所時に瑞穂から受けた説明を思い出した。 
 それは言葉だけではなかったのだ。慶花にはもう何も残っていなかった。会社も妻も財産も資産も失い、頼る者もなく、名前もなくなった。それらに比べれば、手術により奪われた睾丸なんて大したことではないような気さえしてくるのだ。慶花は襲い来る喪失感に涙が止まらなかった。
 

 およそ30分後、泣き疲れた慶花は、腫れ上がった目を瑞穂に向けて、自嘲気味に言った。
「結局、私にはこの施設の中で一生暮らすより他に方法はないということなんですね?」
 その口元には微かに笑みが浮かんでいた。
「一生は・・・無理よ。」
 瑞穂は無表情で言った。まるで事務的連絡のような平板な口調だった。
「む、無理・・・? 無理ってどういうことですか?」
「いい? 施設は現在の『Nランク』者だけに使用されるわけでないのよ。今年も来年もも使われるの。だから、あなたがこの施設内に止まることができるのは、今年の入所者が来る9月までよ。」
「く、9月までって・・・あと3か月しかないじゃないですかっ?」
「ええ、そういうことになるわね。」
「そ、そういうことになるって・・・それじゃ、3か月後には、何も持たず、何の頼りも行く当てもないまま、施設を追い出されるってことですかっ!?」
「ええ。そうね。そういうことになるわ。」
「それは、つまり・・・・私に・・・この私に、『死ね』と言っているのと同じことじゃないですかっ!?」
 慶花は再び泣き崩れた。嗚咽がさらなる涙を産んだ。
「生きる希望を失う」とは正にこういう思いをいうのだと慶花は思った。もしも施設入所当時の慶花だったら、いやまだ「慶太」としての意識が残っていた時だったら、この残酷な事実を告げられて、選ぶ選択肢は「自殺」しかなかったかもしれない。だが、幸か不幸か長期に渡る精神操作の過程で「自殺」を決断する勇気もなくなっている。自ら命を絶つことの恐怖心は、慶花の中では、他の何事をも超越した存在だった。つまり、例えどんな残酷な仕打ちであろうと生きながらそれを受け入れるしかないのである。
 そんな慶花の精神状態を十分に把握している瑞穂は、殊更冷淡な口調で言った。
「あなたが『死』を選ぶならそうなさい。何度も言っているけど、ここではすべて『自由意思』が尊重されるのだから。」
 慶花は泣きはらした目を瑞穂に向けた。その目は驚きで大きく見開いていた。
 慶花は内心思っていたのである。
(自分が「死」を口にすれば、瑞穂はきっと何か救いの手を差し伸べてくれるはずだ。だって、今までだってずっと自分のために力を尽くしてくれていたではないか。ここで見捨てるわけはない。)と。
 ところが実際に耳にしたのは、今まで聞いたこともないような口調とその内容である。慶花が驚くのは無理ないことだった。
 
 もちろん、瑞穂にはそんな慶花の心情は百も承知である。それを熟知した上での言動だったのである。   
(もう少し・・・・もう少しで慶花は落ちる。でも、焦っちゃダメ。冷静になるのよ。)
 瑞穂は、そう心に言い聞かせていた。
「ただ、『死』を選ぶ前にこれだけは知っておいた方がいいわ。法律だって永遠に変わらないわけではないってこと。つまり、あなたをこのような運命に導いた「国民適正化法」だって不変とは言えないってことよ。」
 慶花は瑞穂の言葉に顔を上げた。泣きはらした目は、次に続く言葉を待っていた。
「法律が変われば、慶花だって、もう一度国民として認められる可能性だってあるわ。もちろん手術を受けているんだから男性に戻る可能性はないけど、女性として普通の生活に戻ることはできるし、もしかしたら水瀬家への復帰も叶うかもしれないわ。その時にこの世にいなかったらどうするの? 後悔すらできないじゃないの。」
 
 慶花の目に一瞬光が差した。
 確かに瑞穂の言う通りなのだ。法律は絶対不変なものではない。変更される可能性も、いやなくなる可能性だってある。でも、そう簡単に変わることなどあるだろうか。
 瑞穂は慶花の微妙な心理状態を察知して言葉を継いだ。
「あなたはずっと施設内にいて、ほとんど世間の情勢がわかっていないかもしれないけど、『国民適正化法』に対する反対意見だってあるのよ。一昨日だって国会で激しく論争をしていたわ。」
 慶花の目には明らかな希望の光が宿っていた。嗚咽はいつしか消えていた。

 瑞穂は確かに嘘は言っていない。「国民適正化法」に対する反対意見があるのも事実だし、国会で激しい論争があったのも本当のことである。ただ、世論調査では支持9割に対し不支持はおよそ1割、首相に論争を挑んだ国会議員の所属政党が議席数3の超少数政党だったという事実を口にしかなっただけである。
 だが、ほんの些細なことにでも希望を見い出したいと思っている慶花には、そんな言葉の裏を感じ取る冷静さはなかった。慶花の頭には国論を2分するような大論争が巻き起こっているイメージしか浮かんでいなかった。
「わ、わかりました・・・先生がそうおっしゃってくださるなら、私、法律が変わることに希望を持って生きていきます。死ぬなんて、もう言いません。」
 慶花の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「そう。それを聞いて安心したわ。私だって慶花が死ぬなんて考えたくもないもの。」
 瑞穂の口元にも笑みが浮かんでいた。
 だが、二人の間の微笑みの交換はすぐに終わった。慶花の表情から笑みが消え、再び不安の色が浮かんだ。
「でも・・・・それまで・・・・それまでどうやって生きていったらいいのですか?この施設を出されて、どうやって・・・?」
 慶花の思いは当然だった。法律が変わることに希望を託して生きていこうにも、3か月後には施設から出なければならないのである。その厳しい現実には何の変わりもなかったのである。
 
 だが、瑞穂はこの問いかけが慶花の口から出ることを心待ちにしていたのだ。それこそが慶花を「ニンフ」化への最終段間に導く、大切なきっかけになることを彼女は知っていたのである。
「ねえ、慶花、これはあなただから言うんだけど、この施設を出てからも安心して生活できる方法が、たった一つだけあるわ。それには少し厳しい訓練が必要だけど、それが終われば生活には何の心配もいらなくなるわ。」
「えっ? そ、そんな方法があるんですかっ? 教えてください、先生、どんな方法なんですかっ!?」
「それは、ある特別な機関で仕事をしてもらうことなの。とても重要なお仕事で、国にも大きな貢献を果たすことができるのよ。だから、たとえ『Nランク』者であっても、そこでなら安心して生活を送ることができるの。」
「そんな重要なお仕事・・・私にできるでしょうか?」
「大丈夫よ、慶花なら。きちんと訓練さえ受ければ、きっとすばらしい『ニンフ』になれるわ。」
「ニ、ニンフ・・・?」
「ええ、そこで働く女性たちは皆、ニンフと呼ばれているの。だから慶花がもしそこで働けば、『ニンフ慶花』という呼び名がつくことになるわ。姓のなくなったあなたにはちょうどいいんじゃないかしら?」
「ニンフって・・・どういう意味なんですか?」
「う~ん、そうねぇ、確か・・・妖精とか美少女の意味だったと思うけど・・・」
 瑞穂はニンフ(nymph)が英語の俗語で、nymphomania(色情狂、淫乱)を表すことも、「特殊倶楽部」で受刑者たちの性の相手をする女性の名称であることも口には出さなかった。

「それで、どんなお仕事をするんですか?」
「そうね、おいおいわかると思うけど、まあ、労働する男性たちのお世話をする仕事とでも言ったらいいかしらね。」
「お食事とか、お掃除とか、お洗濯とかですか?」
「う~ん、まあそういうこともあるかもしれないけど・・・・」
「ああ、ホテルのメイドさんみたいなお仕事ですね? それだったら、私、自信があります。家事とか大好きですから。」
 慶花の顔が明るい笑みが浮かんだ。
「まあ、お世話するという意味ではメイドさんと似ているかもしれないわ。どう?やってみる?」
「ええ、お願いします。その『ニンフ』のお仕事、ぜひやらせてください。」
「訓練はきついかもしれないけど、いいのね?」
「は、はい・・・。」
「一度誓約書を書いたら、途中で止めることはできないけど、それでも大丈夫?」
「はい・・・大丈夫です。絶対に途中で投げ出したりしません。私これでも根気はあるんですから。」
 瑞穂は慶花の言葉に思わず吹き出しそうになった。その真剣な表情と口調もさることながら、「根気がある」という言い方がおかしかったのだ。
(慶花、確かにあなたは根気があるわ。私がこれまで何度も騙しているのに、今でも疑うことなく信じている。その根気には頭が下がるわ。もっとも、そうなるように仕向けているんだけどね。フフフ・・・)

 
 翌日、慶花は瑞穂に言われるまま「誓約書」を書いた。
「ニンフ」の仕事内容の説明を受け、自らの意思で志望したこと。誰からの強制も受けていないこと。そして、例えどんな厳しい訓練であろうと、途中で投げ出さないこと。 
 以上が誓約の内容だった。

 誓約書を書き終えた時、慶花の顔には明るい笑顔が溢れていた。
 すべてを失って絶望しかけたその時に一条の光が差し込んだようなものだ。笑顔が抑えきれないのは当然である。
 慶花はその光をもたらしてくれた瑞穂に心から感謝した。
 書き終えた誓約書を瑞穂に手渡すとき、慶花の目には大粒の涙が浮かんでいた。
 それを受け取る瑞穂の顔にも満面の笑みが浮かんでいたが、その笑みの種類は明らかに違っていた。
 瑞穂のそれは8か月かけてやっとここまで辿り着いたという安堵の笑みであり、これからの訓練で慶花がどんなニンフになるのかという期待の笑みであり、そしてその「ニンフ慶花」を一日も早く弄びたいというサディスティックな笑みでもあった。
 その夜瑞穂が、逞しい受刑者に組み敷かれるか細い「ニンフ慶花」の姿を想像しながら、オナニーに耽ったのは言うまでもない。

 さらに一週間後、慶花は退院の日を迎えた。
 前日の朝、術後初めて、その痕跡を目の当たりにした。
 不思議な姿だった。それまでは矮小化していたとは言え、ビー玉大の球体が皮膚の下には確かに存在していた。それが何もなくなっているのである。陰嚢を触っても跳ね返してくるものは何もなく、ただグニュッと余った皮膚が動くだけなのだ。それは寂しいというよりは滑稽だった。
 陰茎はまだ変化は見られない。恐らく手術以前に矮小化がかなりの段階まで進んでいたので、ここから先の変化は緩やかに進むのではないかと、診察した医者は言った。
慶花が変化を最も明確に認識したのはピンクのショーツを身につけた瞬間だった。
 フィット感がまるで違うのだ。ステッチの繊維が直接身体にまとわりついてくるような感じがする。極端に言えば、繊維と皮膚が一枚に張りつくような感覚である。それは違和感ではあったが、決して不快ではなく、むしろ心地良かった。
(ペニスがあってもこんなフィット感を感じるなら、もしペニスまでなくなったらどんな感じになるんだろう。)
 慶花は知らず知らずの内にそんなことを考えている自分に気付き、思わずハッとした。


****************************************
 
 慶花は病室まで迎えに来た瑞穂と共に部屋を出、そのままカウンセリングルームに向かった。
 部屋には珍しく先客がいた。30代半ばと思しき男女だった。二人はどうやら知り合いらしく、慶花と瑞穂が入室した時にも親しげに談笑していた。
「お待たせしました。今退院してきましたので。」
 瑞穂はそう言うと、右手を差し伸べた。最初は男、そして次に女がその手と握手を交わした。
 立ち上がった姿を見ると、男はかなり身長が高く、体格もよさそうである。笑顔は見せているが顔つきはかなり厳めしい。時折、慶花を見る目が威圧的で、思わず身を固くした。
 女の方も比較的身長は高めで、いくぶん太めの体型と合わせてみると、かなりの存在感を醸し出している。その雰囲気は濃いめのフルメイクを相まって、どこかのSMクラブの女王様のようにも見える。
 
「この子が担当して頂く慶花です。よろしくお願いしますね。」
 瑞穂は二人に慶花を紹介すると、次に慶花に向かって、
「こちらのお二人があなたの訓練を担当してくださる近藤幹夫さんと望月加奈子さんよ。ちゃんとご挨拶しなさい。」と言った。
「く、訓練って・・・?」
「バカね、あなたがニンフになるための訓練に決まってるでしょう?」
 慶花はハッとした。ニンフになるために訓練が必要なのは聞いている。ただ、ニンフがホテルメイドみたいのものと思っている慶花には、その訓練を目の前の男女が担当するというイメージがわいてこなかったのである。

「し、失礼しました・・・慶花と申します。これからどうぞよろしくお願いします。」
 慶花は慌て気味にお辞儀をすると、挨拶の言葉を口にした。
 加奈子は口元を弛めると、慶花の方に近づき右手を差し出した。
 慶花は当然握手を求められたものと思い、同じく右手を出した。
 ところが加奈子の手はそれを避けるかのように上方をへ移動し、慶花の細い顎を捉えた。そして顎をわずかに持ち上げ、視線を合わせると、フッと息を吐き出すようにして笑った。
「これはなかなか可愛い顔をしているわ。おどおどした伏し目がちも色っぽいわ。うん、これは鍛えれば相当なニンフになるわね。ハハハ・・腕がなるわ。」
 加奈子はそう言うと、握手などする素振りも見せぬままソファに座った。
 慶花の心に不安が走った。加奈子の話しぶりから、ニンフがただのホテルメイドではなさそうだということがわかったからだ。
 そしてその不安はこの後3人の間に交わされる会話を耳にすることで、増幅させられることとなったのである。

「望月さんたちは今回で担当は何人目??」
 瑞穂は目の前に座っている加奈子と幹夫に向かっていった。
 何故か慶花は3人の輪の中には加えてもらえず、一人離れた予備の席に座るよう指示された。だが、それはある意味良かったと言える。3人からのあからさまな視線に晒されるのを避けられるからだ。
「今回で二人目よ。一人目の子は先週終わって、「特殊倶楽部」に送ったばかりよ。」
(「特殊倶楽部」っていったい何なの?)慶花の心に不安が広がった。
「あら、まだ二人目なの?」
「それはそうよ。だって一人の訓練に2か月から3か月かかるんだもの。掛け持ちするわけでもないし。」
「そうね、その間一人にかかりきりだものね。で、その一人目の子ってうまくいったの?」
「うん、それがね・・・結構大変だったのよ。外見とか仕草とか言葉遣いはどこかの令夫人っていう感じでニンフには最適だったんだけど、元々某有名私立中学の校長で、かなりプライドの高い人だったらしくて、ニンフの仕事がどんなものかわかった途端、急に態度が変わって反抗的になったのよ。」
「あら、もしかしてブロック4までの精神操作がうまくいってなかったのかしら?」
「う~ん、だとしたらこっちはいい迷惑だわ。実技指導はこちらが責任持ってするけど、精神面は先生たちにお任せなんだから、そこは責任もってやってくれないと。」
「ごめんなさいね。私が担当カウンセラーになり代わって謝るわ。」
「それはもういいけど、先生、この慶花って子は大丈夫よね?途中で態度が変わって反抗的になったりしないわよね?」
 三人の視線が一斉に慶花に向けられた。慶花はその視線に耐えきれず、俯いた。頬には赤みが差していた。
「この子は大丈夫よ。とても素直で従順だし、それにどんなつらい訓練だって途中で投げ出さないって誓約書まで書いているんだから。ね、慶花、そうよね?」
 瑞穂はそう言うと、慶花の方に視線を送った。その目には有無を言わせぬ強制力があった。
「は、はい・・・」
 慶花には、蚊の鳴くような微かな声でそう答えるのが精一杯だった。

「それで、その反抗的な子どうしたの? 訓練をあきらめたわけじゃないんでしょ?」
「アハハ・・・そんなわけないでしょ。私もここにいる幹夫も、そんなに甘くはないわよ。
智美も・・・ああ、智美っていうのはその子の名前ね。元々は智士っていったらしいんだけど・・・。智美も、幹夫から平手打ちされたり、私からスパンキングを受けるたびに少しずつ反抗心も薄らいでいったわ。」
(平手打ち? スパンキング? 訓練ってそんな厳しいの?)慶花の不安は増していった。
「そう、じゃ、よかったじゃない。その後は訓練もスムーズにいったんでしょ?」
「ところが、そうはいかなかったのよ。ニンフとしての心得とか振る舞いとかまではなんとか進んだんだけど、いざ、客との接し方になると、また反抗的な態度をとるようになってきたのよ。特に客役の幹夫への実践練習になったら大変よ。泣き出すわ。逃げだそうとするわ。」
「それは大変ね。で、どうしたの?」
「フフフ・・・智美のプライドをズタズタにしてやったのよ。」
「ええ? どういう風に?」
「あのね、特別に許可を取って、智美が校長時代に特に厳しく指導していた元女子学生二人に来てもらったのよ。」
「ええ?何のために?」
「彼女たち、制服のスカート丈のことでよく校長室に呼び出されて、叱られていてみたいなの。時には罰としてスパンキングまでされたって聞いたわ。だから、逆に智美をスパンキングしてもらうためにね、呼んだってわけ。元教え子に女性化した姿を晒すだけじゃなくて、スパンキングまでされるんだから、もうプライドはズタズタでしょ?ハハハ・・」
「まあ、すごいこと考えついたわね。でも、それは確かに効果的かもしれないわ。」
「うん。で、その時の智美に何着せたと思う?フフフ・・・制服よ。 彼女たちが着ていた制服、しかも一番スカート丈の短いやつ。」
「うわっ、残酷ね、それは・・・。でも、ちょっと見てみたかったなぁ。フフフ・・」
「私も見せてあげたかったわ。あんな面白い場面、めったに見られないもの。彼女たちも最初は半信半疑だったけど、途中からはもうすっかりその気になっちゃって、しまいには高校時代に自分たちが言わされたセリフを智美が言うまでスパンキングを止めようとしなかったのよ。」
「へぇ、どんなセリフ?」
「『淫乱女子高生の智美はいつも男の子たちにパンチラを見せたくて、こんな短いスカートを履いています。男の子たちが智美のパンチラをオカズにオナニーしているのを想像するだけで感じちゃうんです。どうか、そんな変態マゾの智美をお仕置きしてください。』って、何度も何度も言わせるのよ。しかも泣き出して許しを乞うまでね。女の子って残酷よねぇ・・・ハハハ」
「うわぁ・・それは見物だったわね。何か想像するだけで興奮しちゃうわ。ねえ、慶花、あなたも反抗的な態度とってみてくれない? そうすれば私も面白い場面見られるから。
慶花の場合なら、元部下のOLとか呼んだら面白そうなんだけどな~ ハハハ・・・」
 慶花は瑞穂の言葉にゾッとした。瑞穂のサディスティックな一面が垣間見えたこともさることながら、元部下のOLにスパンキングされる自分の屈辱的な姿を想像して寒気がしたのである。
 慶花は、たとえどんなに訓練が厳しくとも、反抗的な態度だけは絶対に取ってはいけないと、無意識の内に心に言い聞かせていた。
(それにしても、反抗的な態度を示しただけでそんな厳しい罰を与えられるなんて、一体どんな訓練なの? そしてそんな訓練をしなくてはならない「ニンフ」というのは一体どういう人たちなの?)慶花の心には、新たな不安が次から次へとわき上がってくるのだった。
 

 その後、不安がぬぐい去れぬままカウンセリングルームを出た慶花は、瑞穂と二人の「トレーナー」、加奈子と幹夫の後に従った。
 向かった先は「ニンフ」となるための訓練室でもあるブロック5の一室であった。
 部屋に入った途端、慶花の不安は頂点に達した。
 室内の雰囲気が、これまで経験してきたそれとは全く異質だったのである。
 まず目に飛び込んできたのはボルドーカラーの壁面と、クラシックなデザインのソファ・テーブルなどの調度品、そして外光を遮断する厚手の遮光カーテンだった。
 奥には同系色の壁面に囲まれたベッドルームが別にあり、ダブルベッドやドレッサー、そしてかなり大きめのクローゼットが置かれていた。
 部屋全体から醸し出される雰囲気と、調度品類のデザイン、そしてベッドサイドのピンクの照明などを合わせて見ると、普通の部屋でないことは一目瞭然である。
「売春宿」・・・それが、慶花の受けた第一印象だった。
 一時代前の洋画で見た売春宿の一室が、目の前に再現されているようだった。

「ここが慶花のこれからの部屋になるのよ。もちろん、トレーニングもここで受けることになるわ。クローゼットの中には衣類も揃っているから後で確認しておいて。それからドレッサーの化粧品類もね。」
 瑞穂は不安げな顔つきで部屋中を見回している慶花に声をかけた。
「は、はい・・・でも何でこんな売・・・・か、変わった部屋で・・・」
 慶花は「売春宿みたいな」と言いかけて止めた。なぜかその言葉を口に出すのが憚られた。  
「決まっているでしょ? 早く慣れてもらうためよ。」
「慣れるって?」
「この部屋は、あなたがこの施設を出て、ニンフとして働く部屋を再現してあるの。だからここで慣れておけば特殊倶楽部に行っても戸惑わないでしょ?」
「と、特殊倶楽部って何なんですか? そ、それに・・・何故、こんな売春宿みたいな・・・」
「売春宿・・・みたいな?」
「ええ、この部屋を見たら誰だって・・・」
「フフフ・・・それはちょっと言葉の使い方がおかしいわね。」
「え?」
「だって、『売春宿みたいな』ではなくて、『売春宿そのもの』だもの。」
「ど、どういうことですか?」
「だって、『特殊倶楽部』は売春宿そのものだもの。ニンフはそこで働く娼婦のことよ。しかもただの娼婦ではないわ。どんな客の要望も受け入れる従順な心とテクニックを身につけた完璧な娼婦よ。慶花、あなたはそんな娼婦になるのよ。そのためにこれから厳しい訓練を受けるの。わかった?」
「そ、そんな・・・そんなぁ・・・・」
 慶花はそれだけ言うと、膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。ガクガクという痙攣が全身に全身を襲った。
 
 そんな慶花を抱き上げたのは、ずっと二人のやり取りを微笑みながら見ていた加奈子だった。彼女は後ろから震える慶花の小柄な体を抱き上げると、
「あらあら、こんなショックを受けちゃって、かわいそうに。大丈夫よ、心配しなくても。『パパ』と『ママ』の言うことを良く聞いて、言われた通りお勉強すれば、りっぱなニンフになれるわ。」と言い、まるで泣きじゃくる子供をあやすかのように、慶花の頭を撫でた。
「加奈子さん、『パパ』と『ママ』ってどういうこと?」
 瑞穂が微笑みながら、加奈子に尋ねた。
「フフフ・・・私たち、訓練中はそう呼ばせることに決めてるの。だから慶花にも当然そう呼んでもらうわ。」
「ええ?相手が年上でも?」
「そんなの関係ないわ。現にこの前の智美なんて本当はわたしたちより15歳も年上だったのよ。」
「まあ、15歳も年下の二人を『パパ』と『ママ』と呼ばなくてはいけないなんて屈辱的ね。」
「フフフ・・・ただ呼ばせるだけじゃないわ。訓練の前には必ず、目を見て挨拶させたわ。『パパ、ママ、今日も智美にフェラチオのご指導よろしくお願いします。智美のオクチでパパのチ○ポ、ご満足頂けるよう精一杯ご奉仕いたします。』ってね。でも、それを言いながら智美ったら涙流していたけどね。ハハハ・・」
「フフフ・・それはよほど悔しかったんだわ。でも、慶花は良かったわね。そんなに年の差がないもの。確か、6歳違いでしょ? たとえ相手が年下でも、その位なら『パパ』と『ママ』と呼ぶのは抵抗ないものね? ん? そうでしょ、慶花?」
 慶花は呆然とする意識の中で、加奈子が自分より6歳年下であることを知った。
 だが、そんなことはどうでもいいことだ。
 年下の男女をパパとママと呼ぶことなど大したことではない。問題はその「パパ」と「ママ」から受ける訓練が「ニンフ」という名の娼婦になるための訓練だということだ。
 
「せ、先生・・・どうしてちゃんと教えてくれなかったんですか?ニンフが娼婦だとわかっていたら私・・・・」
 慶花は涙混じりの声で瑞穂に詰問した。
「あら、ちゃんと説明したわよ。男性のお世話をする仕事だって。」
「そ、そんな・・・」
「あなたが勝手にホテルメイドみたいなものだって思いこんだんでしょ?」
「で、では・・・取り消してください。私、ニンフなんかになりたくないですっ!」
「アハハ・・・バカね。そんなことできるわけないでしょ。一度誓約書まで書いたのよ。あなただって実業界で仕事してきたんでしょ?その位わからないの? ああ、なるほど、もうすっかり世間知らずのお嬢様になっちゃって、そういう社会の厳しさも忘れちゃったのね。」
「じゃあ、どうしたら・・・どうしたらいいんですか?」
 慶花の声に嗚咽が混じった。
「決まってるでしょ。あなたはニンフになるしかないの。もう後戻りはできないのよ。一生懸命訓練をうけて、一人前の売れっ子ニンフになることね。」
「で、でも・・・やりたくないんです。どうしてもニンフになりたくないんです。」
「いい加減になさいっ! いつまでも抵抗するなら、あなたも智美のように元部下のOLでも呼んでスパンキングしてもらうわよ!」
 瑞穂の言葉に慶花は泣き崩れた。
 慶花は自分の無力を悟った。元部下のOLを呼ばれるという脅しに対してではない。いや、それも大きな理由だが、それ以上に、もはや何を言っても覆らないという厳しい現実に対しての無力感だった。

 
****************************************

 一言で「ニンフ」と言っても、皆が同じタイプの娼婦というわけではない。
 それでは多くの客達の様々な好みに合わせられないし、客も飽きるからである。
 そこで、施設ではブロック4終了時点までに、各「Nランク」者の容貌、スタイル、性格、雰囲気等を考慮してモデルとなる「ニンフ」像を作り上げ、ブロック5ではそれに近づけるよう徹底した訓練が行われる。

『やむなく娼婦に身を落とした没落貴族の元令嬢』・・・・それが、慶花に与えられたモデルだった。
 つまり外見、物腰、仕草、言葉遣いは上品でとても娼婦には見えないが、客の前ではあらゆる性的奉仕もこなす。ただ、その奉仕も生活のためにやむを得ず行っているような恥じらいや躊躇いを常に滲ませている。
 そんな複雑な役どころを慶花は演じなくてはならないのだ。
     
「でも、それができたらS男性からは大モテになるわ。そういう儚げな女を犯したくなるのはS男性の本能だからね。まして客は受刑者なんだから、きっとそういう一見取り澄ました上品な女を汚したいという欲望のある人はたくさんいるはずよ。」
 訓練前で不安な表情を浮かべる慶花に、加奈子はそう言った。
 
 この時、慶花は「ニンフ」が相手をする客が受刑者であるということを初めて聞かされ
た。ただ、聞いた瞬間こそ怯みはしたものの、それもすぐに消えた。「ニンフ」として客を相手にすること自体がもっと大きなウエイトを占めていたからである。

(深窓の令嬢然とした外見、物腰、仕草、言葉遣い等はすでにブロック4で完璧に仕上がっている。後はそこに背徳感のある娼婦像を付け足せばいいのである。)と加奈子は思った。
 
 まず、加奈子は慶花に次のことを義務づけた。
 服装はフェミニンで上品なもののみを着用し、ライトメイクであること。ただしその下に着るランジェリーは猥褻でエロティックなものでなくてはならない。
 そしてベッドでの実技指導の前にはランジェリー姿になると共に、ヘビーでセクシーなフルメイクを施す。 
 実はこれには加奈子なりの狙いがあった。
「特殊倶楽部」で実際に客を迎えることを想定したのである。
「特別室」に入ってきた客が最初に目にするのは場違いな程上品な令嬢の姿である。受刑者である客にしてみれば正に住む世界の違う、「高嶺の花」とも言うべき女である。もしかしたら部屋を間違えて入って来たのではという錯覚さえ抱くかもしれない。だが、その女が着ている服を脱ぐと、ストリッパーと見紛うばかりの扇情的なランジェリーを身に着けている。客はまずその意外性に魅了されると同時に、この女は娼婦なのだと再認識する。お高く止まっているが、自分に犯されるのを待っている女なんだ。ただ、気恥ずかしそうにしたり、俯きがちにしたりするのを見ると、もしかしたら無理矢理誰かに脅されているのかもしれない、と客は一瞬躊躇いを見せるかもしれない。女はそんな客をベッドに誘う。
相変わらずぎこちない仕草である。しかし、客をベッドに寝かせると、ドレッサーに向かい、セクシーはフルメイクを施す。客はここで確信する。女は自ら化粧し直して誘っている。あの真っ赤な口紅は俺にキスを、そしてフェラチオを求めている。客は欲情し、女をベッドに押し倒す。唇を奪い、自らのペニスを真っ赤に唇に押し当てる。嫌なら避けるはずなのに、女は唇を開き、ペニスを飲み込んでいく。女の顔は羞恥に赤くなっている。客は思う。きっと内心は受刑者である俺を蔑んでいるのだろう。しかし、お前は客の要求を満たさなければならない。なぜならお前は娼婦だからだ。嗜虐欲をかき立てられた客は陵辱の限りを尽くす・・・・・・。
 加奈子の中では「ニンフ慶花」がすでに映像となって見えていたのである。
 
 実技指導はベッドルームでの振る舞い、言動、仕草の訓練が一通り行われた後、ディルドウを使った実践的な訓練に入った。
「一口にペニスへの愛撫って言っても、たくさんのバリエーションがあるわ。主なものだけでも、指を使った手コキ、脚をつかった脚コキ、オッパイを使ったパイズリ、それに舌と口を使ったフェラチオがあるわ。それを客の反応を見ながら巧みに使い分けられるようにならないとニンフはつとまらない。客が口に出して要求した時はもちろんだけど、言われなくても何を望んでいるのか察知しなくてはいけないの。わかったわね?」
 加奈子は実践的訓練の前に諭すような口調で言った。
 慶花の心には言いようもない屈辱感が溢れていた。
 加奈子が自分に「手コキ」「脚コキ」「パイズリ」「フェラチオ」などの言葉を臆面もなく使うのは、自分が加奈子にとってそういう言葉を遠慮なく使える相手だということだ。それは自分がそういう行為を躊躇なくこなすことのできる人間、すなわち娼婦であると認識していることの証であるように思えたのだ。

 ディルドウを使った実践的訓練の中で、慶花を最も苦しめたのはやはり「フェラチオ」の習得だった。もちろん、手や脚、胸といった部分での奉仕のマスターも決して易しくはなかったが、それらはまだテクニックをマスターすれば比較的容易にこなすことができた。
ところが口と舌での奉仕ということになると、たとえ擬似ペニスといえども、口に触れなくてはいけない。リアルなペニスを模したディルドウを口に触れることはひどく屈辱的な行為に思えたのだ。だから技術以前の問題として、意識の面を克服しなければならなかった。
 また技術面にしても、他の奉仕とは比べものにならないくらい細やかなテクニックが要求された。例えば舌の使い方でも、「ここは舌先をとがらせてつつくように」とか、「ここは舌を柔らかく使って、舐め上げるように」とか、「茎の部分は舌の側面を使って刺激するように」とか、加奈子の指導は詳細に渡った。
 そして少しでも違う動きをすると、「何やってるの! さっき教えたでしょ? そこはもっとゆっくり舐め上げないとだめでしょ! もう、全く、あんただって、仮にも元男だったんだから、どこが気持ちいいのかくらいわかるでしょ?」などと容赦のない言葉が飛んだり、「もう、いい加減に覚えなさいよ。睾丸を舐めるときは優しく愛おしそうに舐めなさいって言ったでしょ?もしそういう気持ちになれないんなら、それが失った自分の睾丸だと思いなさい。そうすれば嫌でも愛おしく思うでしょう?」などといった残酷な言葉まで受け止めなくてはならなかった。

 ディルドウを使っての訓練でさえ苦労したのだから、近藤幹夫を客に見立てての訓練がどれほど困難であったかは容易に推測できるであろう。何しろ他人のペニスに触れ、口中に受け入れなければならないのだ。しかも6歳も年下の幹夫を「パパ」と呼びながらの奉仕である。そのおぞましさは背筋を寒くさせ、恥辱は顔を紅潮させ、そして屈辱は涙をもたらした。 
 慶花が泣きながらでも、幹夫のペニスに手を触れることができたのは、この訓練に入って3日目のこと。そして「手コキ」のテクニックにオーケーが出たのが、それからさらに3日後。その後、「脚コキ」のテクニックをマスターし、「パイズリ」による顔面シャワーを経験したのがさらにその6日後。
 しかしその後の「フェラチオ」の段階に入ってからは、なかなかオーケーが出なかった。

「フェラはニンフにとって最も大切なテクニックなのよ。これが下手だったら指名がつかないの。そうなったらニンフとしては失格。それがどういう意味かわかるわよね?」
 加奈子は、どうしてもフェラチオへの拒否反応が消えない慶花に、半ば脅しとも取れる言葉を投げかけたのである。
 それは慶花の心を動かすには十分だった。ニンフ失格が慶花にとって「死」をも意味する重大事であることは言うまでもないことである。
 その後慶花は嘔吐感と闘いながらも、加奈子の指示通りフェラチオの特訓に集中した。
幹夫のペニスから放出される夥しいザーメンを燕下もしたし、放出直前で口から離し顔で受け止めもした。その度に涙が出るほどの屈辱感を味わいながらも、加奈子のオーケーをようやくもらうことができた。
 ただ、加奈子がオーケーを出す際に付け加えた言葉は、慶花の心にさらなる屈辱感をもたらした。
「うん、なかなか上手になったわね。特に客がイキそうになると、動きを弛めたり、またちょっとしてから動きを速めたりするなんてテクニック、一体どこで覚えたの?もしかして男だった時にも他の男のペニス、おしゃぶりしてたんじゃないの? フフフ・・・」 
 決して加奈子の言うようなテクニックを使ったわけではなかった。
 客役の幹夫が大量に放出するザーメンを口中で受け止めるおぞましさに怯み、絶頂に導くのを躊躇っただけなのだ。
 それが、客に快感を長く味わってもらうための、娼婦としての高等テクニックだということなど慶花には知るよしもなかった。

 実践的訓練に入って、慶花を精神的に苦しめたものの一つに、アナルの調教があった。
 朝夕2回のエネマ(浣腸)と、アナルプラグの挿入が義務づけられた。
 エネマの苦しさは1週間ほどで慣れてきたが、アナルプラグの異物感にはどうしても慣れることはできなかった。いや、正確に言えば、「慣れさせてもらえなかった」と言うべきかもしれない。一つのアナルプラグに慣れたと見ると、加奈子の指示によってサイズアップされたものに交換させられたからだ。
 当初、アナルプラグの目的は姿勢を正すためで、エネマはプラグの挿入をしやすくするためだと言われた。
 確かにプラグを挿入していると、アナルに力を入れるため背筋は伸び、姿勢は良くなる。
それに脱落を防ごうとするため歩幅が狭くなり、自然と内股になる。それらの動きを女性的というなら確かにアナルプラグには効果があると言える。
 だが、それなら何故サイズアップの必要があるのだろうか。
 慶花はその疑問を思い切って加奈子にぶつけてみた。
 実は慶花にとって加奈子に質問するという行為自体、相当覚悟のいることだった。下手な言い方をすると口答え、または反抗的と取られ罰を受けることにもなりかねないのだ。それまでも、何度スパンキングの洗礼を受けたかわからない。
 慶花はできる限り機嫌を損ねないよう、言葉を選ぶ必要があった。

「ねえ、ママ。慶花、聞きたいことがあるんだけど・・・・」
 上目遣いで、遠慮気味に言った。
 加奈子は慶花が、自分を「ママ」と甘えた口調で言い、「慶花」と自称するのが特にお気に入りだった。年上の元会社経営者が、屈辱に耐えながら卑屈な態度を示すのが加奈子のS心を十分に刺激するらしかった。
「なあに? 慶花、聞きたいことって?」
 加奈子は満足げな笑みを浮かべた。どうやら慶花の口調が気に入ったようだ。
「あのね、ママ、どうしてサイズを変えるの?」
「サイズ? 何のサイズ?」
「あの・・・慶花の・・・お尻の・・・あの・・・」
「ああ、アナルプラグのサイズね? フフフ・・」
 慶花は黙って頷いた。
「決まってるでしょ? 慶花のアナルを広げるためよ。」
「え?何のためにそんなこと・・・?」
「バカねぇ、どんな大きなペニスでも受け入れられるようにするためでしょ?フフフ・・」
「ぺ・・・ペニス・・・!?」
「イヤねぇ、何をそんなに驚いているの? 当たり前のことじゃない。ニンフは身体のすべてを使って、客を満足させなくてはいけないのよ。アナルセックスだって訓練しておかなくちゃ。」
 慶花は言葉を失った。信じがたいことだが、慶花はこの時までアナルセックスのことは頭になかった。ニンフが娼婦である以上、客の性を受け止めなくてはならないのはわかっている。だから、例えどんなに辛くとも手や胸や口の訓練も受けてきた。しかしアナルセックスのことは微塵も考えたことはなかったのだ。
 もし訓練開始時に、慶花の心の中に「男」の部分が多く残っていたなら、男の性を受け止めると言われれば、きっとアナルセックスを連想したに違いない。
 だが、女が男の性の相手をすると言われ、それを連想するはずはない。つまり慶花の心はすでに「女」であったのだ。
 
 幸か不幸か、慶花がこの質問を加奈子にした時、慶花のアナルはディルドウの太さなら十分飲み込めるだけの拡がりを持っていた。
 だから、訓練としてディルドウを受け止めることに、肉体的な苦痛はほとんどなかった。しかし肉体的苦痛がないことがかえって精神的苦痛を増幅させた。
 自分のアナルが排泄器官ではなく、男の性を受け止めることのできる女性器に変わっているのだという現実。そしてその性器を使わなければ生きていくことさえできない人間に堕ちてしまったのだという事実。それが慶花の心を苦しめたのだ。
 
 アナルセックスを特別視していたのは慶花自身だけではない。訓練を指導する側、つまり加奈子や幹夫たちにとっても特別だったのである。
 それまでの訓練では、ディルドウでのレッスンが終了すると、必ず客役となった幹夫を相手に「実践練習」を行わなければならなかった。だが、アナルセックスだけはそれがなかったのだ。
 ディルドウでのレッスンにオーケーが出たことで、いつ幹夫との「実践練習」に移るのかと毎日が憂鬱であった慶花にとって、そのこと自体嬉しいことだったのだが、反対にそれがないことへの不安も感じていた。
 
 実は「N/Nプロジェクト」を通じてニンフとなった者たちは「アナルバージン」のまま、各「特殊倶楽部」に送られることが決められていたのである。
 もちろんそれはニンフの身体を守るためなどではない。あくまで所管部署側の恣意によるものだった。
 彼らの関心事は主に二点あった。
 一つは受刑者達の労働意欲をいかにして高め、維持することができるかという事。そしてもう一つは、特殊倶楽部での過酷な性的奉仕によってニンフ達が精神的病に冒されたり、自殺に追い込まれたりする危険性を排除する事だった。
 その二点を同時に解決するために考えられたのが、新ニンフの「アナルバージン」の利用だった。

 まず、受刑者達には自分たちが利用する「特殊倶楽部」に新ニンフがやって来ることを事前に通知する。
 同時に情報として、そのニンフが元男性であり睾丸摘出済みではあるが矮小化したペニスは残っていること。女性化したのも、ニンフになったのも本人の強い意志によるということ。ニンフになるための厳しいレッスンを受け、あらゆる性的奉仕が可能なこと。そしていまだに「アナルバージン」であることを付け加える。
 むろん、そのニンフがどれほど魅力的な「女」であるかを示す、フルヌード写真付きプロフィールも添えて。
 受刑者達には、仕事ぶりによって報奨として「彼女」の「ロストバージン」の相手ができる権利と共に、以後、特殊倶楽部内において「彼女」の「恋人」として楽しむことができる権利を与える。後者の権利は言い換えれば、『優秀勤務賞』を受けなくても常に『特別室』でのプレイが約束されたようなもので、受刑者達にとっては極めて魅力的な特典になるはずである。
 もちろんその特典の恩恵に預かれるのは一名しかいないが、全員がそれを目指すことで労働意欲向上に繋がると考えたのである。

 しかしこれだけでは二つ目の問題、つまりニンフ達への問題が解決されない。
 ニンフ達がどんなに過酷な性的奉仕を強要されても、自分を失わず自殺などへ気持ちが向かわないようにするには、何と言っても精神的支えが必要である。ただ、頼る者を奪われた新ニンフ達にとって、その役割を担ってくれる人はいない。そこで「彼女」のロストバージンの相手を恋人にし、精神的支柱にさせようと考えたのである。
 もちろんそれには基本的な大問題が残されていた。つまり肝心な「彼女」の方の気持ちである。いくら当局側が仕向けようとしても「彼女」がその男を心から愛し、恋人と思わなければ、そんな計画は成立しない。
 そこで考え出されたのが、「特殊倶楽部」送致前に、「彼女」たちに行う「最終精神操作」であった。専属のカウンセラーによる、洗脳と催眠療法を駆使した精神操作を通じて、「彼女」たちは3つの事柄を意識下に受け付けられる。
 一つ目は、「アナルバージン」を奪った男こそ、たった一人のよりどころであり、心から愛する恋人であるということ、二つ目は、その男は自分にとって絶対的な強者であり、その命令、指示には喜んで従うこと、そして三つ目は、その男のザーメンが自分にとって最上の「ご褒美」であり、アナルだけでなく口でも手でも胸でも、それを受け止める時こそ至福の喜びと感じること、である。
 慶花の専属カウンセラーである瑞穂は、三点目の精神操作に最に神経を払った。
 やり方を間違えると単なるザーメン依存症の淫乱女を作り出すことになってしまうからである。もちろん「ニンフ慶花」に求められているモデルがそれであるなら問題はないのだが、慶花に求められているモデルは「やむなく娼婦に身を落とした没落貴族の元令嬢」である。すべての男に無差別に本気になっているようでは困るのである。本気になるのは愛している彼だけ、他の客には本気を「演技」で示せるようなニンフに導かなければならないのだ。これには精神操作に長けた瑞穂でも、相当な時間を要する難事業だった。


 こうしてブロック5での約2か月半にも及ぶ訓練期間を終えた「ニンフ慶花」は「第3特殊倶楽部」へ送られることが決まった。
「第3特殊倶楽部」というのはあくまで通称で、「第3労働者収容所」内にある「特殊倶楽部」という意味であり、全国に十数カ所ある「特殊倶楽部」のうちの一つである。

 施設を旅立つ日の朝、慶花は真っ赤に泣き腫らした目をカバーするためにいつもより濃いめにメイクをした。
 慶花の涙の理由は施設や瑞穂との別れを惜しんでいるからではない。また、これからのニンフとしての生活に恐れや不安を感じているからでもない。いや、厳密に言えばそれもあるのだが、それ以上に大きいのは、前日睡眠薬で眠らされている間に施された「タトゥー」のことだった。
 右側のヒップの脇に小さな黒い文字で「SC-3」、そしてその下に小さな赤い文字で「NYMPH KEIKA」と彫られたタトゥーは縦3センチ、横4センチほどの小さなものだが、初めて目にした慶花には実際の大きさよりずっと大きく目立つ物に思え、ショックで口を開くことさえできなかった。
 「SC-3」が「第3特殊倶楽部」所属であることを意味し、さらに赤文字によって「ニンフ」であることを示す、そのタトゥーは一生慶花の身体から消えることはないのだ。例え法律が変わり普通の生活ができるようになったとしても、元ニンフであった事実は消し去ることができない。そう思うと涙が抑えれらなくなった。

 だが、嘆き悲しむ慶花に加奈子はさらなる残酷な言葉を投げかけた。
「そんなに悲しんでいるところに、言いにくいんだけど・・・、前のタトゥーも確かめた方がいいんじゃない?」
「ま、前の・・・タトゥー?」 
 慶花はそう言うと、視線を真下に落とした。タトゥーらしき跡は目に入らなかった。
「アハハ・・・巨乳が邪魔して下が見えないのね?ペニス・・・いえ、クリトリスを見てみて。」
 慶花は加奈子の言葉にドキッとし、思わず両乳房の間を両手で広げた。N1新薬の常用で、すでにEカップにまで膨らんだ巨乳によって遮られた真下への視界を広げるためだ。
「ええ? な、何これ・・?」
 慶花はそれを目にした瞬間、膝の力が抜け、ベッド脇に倒れ込んでしまった。
 何と、小指の先ほどの大きさしかない慶花の「クリトリス」に細かい黒い文字で彫り込まれていたのである。例えサイズは小さくとも、永久脱毛によってむき出しにされたその部分に視界を遮るものはなかった。
『元一流企業社長 水瀬慶太』の文字は接近すれば、誰でも読みとることができるだろう。

「な、なんで・・・なんでこんなことをしたんですかっ!?」
 慶花は思わず叫び声を上げた。その声は怒りの震えていた。
「仕方ないわ。決まりだもの。特殊倶楽部から、ニンフが逃亡した場合に備えて、現在と過去の身分をタトゥーとして入れておくことになっているのよ。こうしておけば逃亡したニンフだってすぐにわかるでしょ?フフフ・・・」
「だからって、何でこんな・・・」
 慶花はここまで言って泣き崩れた。本当は問い質したいことはあった。逃亡に備えるためなら現在の身分、つまり所属特殊倶楽部名とニンフ名だけで良いではないか、何故過去の身分までタトゥーとして身体に彫り込む必要があるのか、しかも、それをペニスに記すという屈辱的な方法を選択する理由がわからない。
 実はこのタトゥーには逃亡対策以外にも、明確な目的があった。いやそれこそが最大の目的だったと言っても過言ではない。逃亡対策は後付けで生まれた目的だったのだ。
 当局としては、ある時期になれば新ニンフの性転換手術を行いたいと考えている。当然客とのプレイのバリエーションを増やすためにも必要なことなのだ。だが、表面上は何事も「自由意思」である形を取っておく必要があるので、手術を強制するわけにはいかない。新ニンフ自身が手術を申し出るように導かなくてはならない。そこで考えたのがペニスに元の身分をタトゥーする方法だった。
 ペニスのタトゥーを目にした客の中には昔の身分をネタにからかったり、羞恥心を煽ったりする者もいるだろうし、慶花のように社会的立場の高かった者に対する劣等感から、殊更暴力的になったり、陵辱欲をかき立てられたりする者もいるだろう。客の言動がエスカレートし、それに耐えられなくなったニンフはペニスのタトゥーを消すことを求めるだろう。担当者はそれを拒絶するが、代案を示す。それがタトゥーだけでなくペニスごと除去する手術である。当然ながらニンフは拒否するだろうが、客の嗜虐的な要望が増えていくにつれ最終的にはみずから手術を望むようになるだろうというのが当局の考えたシナリオだった。

 そんな奸計が背後で計られていることも知らずに、慶花は時折頬に涙を流しつつも、出発時間に遅れないよう準備を急がなくてはならなかった。
 
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サテンドール

Author:サテンドール
=============================================
女性化小説なら国内・海外を問わず大好きです。

特に屈辱系・羞恥系・強制系・寝取られ系・立場逆転系・年齢退行系・SISSY系などなど・・・。

happy よりは、unhappy ending が好み。
(ちょっと、性格がゆがんでるのかも^^)

私事ですが、以前某サイトに 
「高野奈緒美」のペンネームで
『ある性転者の告白』という拙い小説を掲載させて頂いておりました。事情があって途中で掲載を止めましたが、その完結編も当ブログでご紹介できればと思っています。

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